2014年11月21日金曜日

手術当日@生還

たくさんのメッセージと応援クリックありがとうございました。
手術室で意識が戻った時に最初に発した言葉は、今何時ですか?、だった。
記念に傷の写真をもっと読むに貼っておきます。
派手にやられたぜ(^q^)



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2014年11月20日木曜日

入院 + 手術前日@wakemeup!!

11/19
入院をする前に会社に立ち寄り挨拶をした。
駅まで歩いて電車に乗ったものの具合が悪くなってしまい、3駅で降りて嘔吐した後にタクシーに乗り換えて病院に向かった。
入院手続きと採血を済ませて病棟に移動。
おかえりなさい、と歓迎?されて病室に案内された。
休む間もなく、あれよあれよという間に、体中が管だらけになった。
車椅子に乗せられて術前の検査を次々に行った。
呼吸テストでは、担当の方にそれで精一杯なの?、と呆れられ、心電図の検査ではXの項目が沢山出ていた。
その後は記憶が定かではなく、誰かのしっかりして、という言葉を最後に、意識がはっきりした時は11/20の朝方だった。
輸液のお陰でチャージ完了、驚く程に頭がしゃっきりwwwwwww

11/20
朝の回診は心臓についての話題になり、午後から専門医が精密検査をすると言われた。
術前説明を受けた時にカンファレンス結果を伝えられた。
体力・技術ともに厳しく難しいようだが、私達夫婦の要望を確認の為に再度伝えた。
場数をこなしてきた医師達も初めての試みのようで、チャレンジしてくれるだけでも御の字だ。
そのお陰か渡された同意書・説明書はは前回の手術時の4倍程ある(;´Д`)

妻同席の術前説明が終わった後に心臓の検査をした。
この調子で普段は過ごしているのか?、と聞かれて、はい、と答えると苦笑いをされた。
夕方に麻酔科の方が全麻の説明と同意書を取りにてくれた時に、フェンタニルが前回足りなかったので今回は多目にお願いします、とオーダーをした。
今回もがっつりキメるぜ(^Q^)
その後に循環器の医師と話して、手術に挑む為のリスクを嫌という程に説明をされた。
お慈悲で翌日の手術の許可を出してもらった。

色々と応対をしていると、仕事で関東に来ている大目玉さんからLINEで連絡があり、急遽お見舞いに来て頂く事になった。
ブログには残せない事を話し、手術が無事に終わった後にチャレンジしたい事等を話した。
私の新お気に入り看護師にお願いをして写真を撮ってもらい、握手をしてお見送りをした。
ありがとうございました!!!!!!!
地獄の沙汰までご一緒しましょう。


膵尾部を切除して再発が懸念された時から狙い続けた、というよりは、術後すぐに狙いを定めた今回の手術。
そんな馬鹿な、何を言っているんだ、と様々な人に何度も言われてきたが、私は今回もチャレンジする切符を手にする事ができた。
肺・肝臓・膵臓・転移したリンパ節・背骨、私を困らせる存在は何もいらない。
開腹をしてもバイパス程度の姑息的な処置しかできない確率の方が高いと思う。
しかし、夫婦で幾度も話し合い、互いが納得するゴールを目指す為に努力してきた。
結果がどうであれ、あの時こうしていれば、という言葉は誰からも出ないだろう。
できる事はやりきったが流石に疲れた。
結果がどうであれ変態を通り越した私はきっと再起するさ。

明日は朝一番で手術室に向かう。
今回の術後報告は自分で行うので、更新待ちをする方は無事を祈っていてくださいorz
これにて術前の更新は終了。
ごきげんよう。


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/Avicii - Wake Me Up 歌詞(和訳)

2014年11月18日火曜日

入院と手術が決まった@ゴリゴリ

今日の診察で明日に入院する事が決まった。
今日は珍しく妻も同行したが、このままでは間もなく死ぬとの事で、今日も医師からすぐに入院をするように促された。
しかし、娘とハグもしないで入院する訳にはいかなので帰宅してきた。
医師は私の心肺能力を懸念しており、体力・時間共に余裕が無いようだ。
入院をして術前検査等を済ませて早々に手術をする事になった。

私は欲しいと思った物は手に入れる。

妥協はしない。
何を欲しててここまで耐えたかは私と神のみぞ知る事だろう。

今更誰とは言わないけれど、私が揺れている時に軌道修正してくれた方々、ありがとうございました。

貴方達が支えてくれたお陰で迷うことなく、自分が望む場所に辿りつけた。
これから怒涛の日々を過ごす事になると思うけれど、私らしいと笑って今後共宜しくお願いします。

>>blog readers
応援クリックありがとうございます。
死ぬ前の担ぎageにはまだ早いぜ('A`)y-~



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/サカナクション - アルクアラウンド 歌詞

2014年11月17日月曜日

10月半ば~11月中旬まとめ

大きなポイントだけ残しておく。

10/20
外科・内科・漢方サポート科の診察を受けて各々に経過報告をした。
外科部長の第一声は頑張りすぎてないか、だった。
外科医として場数を踏んでいる上の意見として、改めて緩和と終末医療について意見を頂戴した。
今後の治療についてどうするか、という話については、私の意見を汲みとって頂く事で終わった。
内科医からは狭窄を疑われ、ステントかバイパスを視野に入れた方がいい事と、異常な高血糖なので即入院を勧める、と言われた。
予定があるため11/3迄は無理な事を伝えると、その間に内視鏡だけでもやりましょう、と翌週に検査する事になり、何かあればいつでも電話をするように、と言われた。
高血糖対策で道具が欲しい、と伝えてインシュリン等を処方してもらい、次週に糖尿外来を受けるように言われた。
質疑応答の後に、バイパスをするならば、膵臓がまともに機能しないようであれば全摘・他のオーダーもありですか?、と投げかけると、外科に伝えておく、と言われて診察が終わった。
漢方サポート科の医師の診察内容は手術前提のものだった。
現状打破する為に必要と思われる薬を伝えて精査して処方して頂き、今後の話をしている中で、明日時間があるから私が胃カメラをやろうか、その方が内科も事前情報があって良いかもしれない、となった。

10/21
緑チューブを鼻から入れたが、胃から先に進んでいかなかった。
鼻から入れた緑チューブを1時間半もこねくり回されて地獄のような時間だった。
鼻チューブを入れた事がある方は想像してほしい。
もちろん麻酔無し、意識有りだぜ(;´Д`)
医師のプライドVS私の意地のバトルの結末は、医師のこんな事は初めてだ、との言葉で幕を閉じ、私の意地が勝った。
透視でリアルタイムで観察をしながらの検査だったので楽しかった。

10/29
麻酔で眠らされての内視鏡検査。
その後に糖尿外来の診察を受けた。
直近の採血結果を見ながら、コントロール云々の次元ではない事、すぐに入院するように促された。
自分で解決できるので大丈夫、と答えて、次回に血糖の推移をレポートにして渡す、と伝えた。
他は、手術をする為の条件等を提示された。
#この時点でインシュリン等を使いフルコントロールできるようになっていた。というより、ウィークポイントに気付いていたのでインシュリン注射が無くとも安定させる事がほぼできていて、インシュリンの量を調整して高血糖状態・低血糖状態の実験と確認をしていた。この診察を境にインシュリンは一度も注射をしていない。

11/1
10月中に入院できなかった一つの理由。
娘の幼稚園入試。
面接室に入った時点で私は合格を確信した。
まー当たり前だけどねー(‘A`)y-~
私の娘以上の2歳児はいないだろうwwwwwww
翌朝に速達で届いた一式の中に入っていた。

11/4
内科の医師から、内視鏡が胃から先に進まなかった事と、検査時に判明した新しい問題点と外科からのメッセージを伝えられた。
狭窄についてはバイパス手術を勧められた。
漢方サポート科の医師にもバイパス手術を勧められた。
医師が口を揃えて言った事は、何をして改善しているのか、だった。
タダでは教えられませんねーw、と冗談を言ってその場を濁した。
その後も医師と突っ込んだ話をして、提示された条件を全てクリアした私は選択権を握る事ができた。
ただし、バイパス以外は全ての話が死亡前提(;´Д`)
大人の事情があるので詳細はブログに残さない。
この日を境に体調悪化に拍車が掛かり始め、入院準備の為に病院に行く頻度が増えて今に至る。

採血結果の用紙が見当たらないので、マーカーと血糖値のチャートを残しておく。




毎日痛み等で気が狂いそうで、もっと早く入院をしてバイパス手術で食事だけでもできるようにしたかったが、以前の手術で胃が動かなかった前例がある為、入院期間を計れず全ての予定を済ませてからの入院となってしまった。

予定の中で特に割合を占めたものは娘の事だった。
娘のこれからの人生≫自分達の命=私達夫婦共通の意見。
健やかに大きく羽ばたくように。
妻から娘に継承された着物。

#11/20記


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2014年11月16日日曜日

瀕死@9月下旬~10月中旬まとめ

9/23に会社のBBQに参加して、皆に励まして頂き、まだ必要とされている事を感じた。
愛の告白?をされたり、よーしやるぞー、と思った矢先に撃沈してしまった。
24日から胃の調子が悪くなり、寝ても覚めても胃酸に悩まされ食事量が減り始めた。
9/26に化学療法を受けてからは体調悪化に拍車が掛かり、口に物を入れるだけで気持ちが悪くなりそこからは一気に落ちていった。
化学療法の副作用とは違う症状と眼圧上昇等から高血糖を疑い、糖分・油分を抑えた食事を採用したが何を食べてもすぐに嘔吐して、高血糖由来の喉の乾きで水分を摂っても胃から先に流れていく気配が無く胃は腫れ上がり、胃の限界値を越えては嘔吐を繰り返した。
嘔吐を繰り返すことで胃がやられて吐血と下血が激しくなった。並行して胃の痛みと胃酸過多によるムカつき、各部の痛み等で生きた心地がしない日が続いた。
十二指腸が狭窄していると早々に判断したものの、胆管のステント留置からの経緯を見ると些か疑問点があり、医師に解決を望んでも体力不足で延命の治療に走るか、理屈では納得できない症状にステント及びバイパス手術を適用になる事は容易に想像できた。
自己回復をする意欲と体感がある中では時期早々と思い、自力で原因追求と回復を目指す道を選んだ。

しかし、高血糖由来の倦怠感が酷く、体調の変化についていけず。
後に見た採血結果の通り乱高下を繰り返していたようだ。
意識は朦朧とし、一日中横になり、食事は殆どとれない日々が続き、声はかすれて発する事もままならなくなり、生活が一変した。
自力で立ち上がる事もままならず介助をしてもらっていたが、この頃には娘からは目に映るけれどそこにはいない人のような扱いをされ、妻からは、お願いだから死なないで、と言われる有り様。
高血糖と栄養不良で目の前がかすみ、日を増す毎に衰弱していき、起き上がろうと思って体を起こそうとした瞬間に気を失ったり大変だった。
この間は胃を休める為に必要な時間と思い食事は諦めて、高血糖と体調不良の原因と改善策を考え続けた。
狭窄であれば胃を押す事で多少は流れると思い、食後や水分摂取後は胃を押して無理矢理流そうと試みて反動で吐いてみたり(;´Д`)

試行錯誤する中で、5-7hスパンで狭窄している部分が緩んで流れていく事に気付いた。
このタイミングに合わせて食事時間と水分摂取量を調整して、最低限必要であろう400kcal/dayの摂取を目指した。
3日程このサイクルを繰り返す事で、自力で立ち上がり家の中を動き回る程度はできるようになったが、足の筋力が無くなり自宅から出る事が出来なくなっていた。
この時点では確定診断ができず打開策が無かった為、折角の高血糖なので問題を解決する為に過去の採血データ・日記を漁り精査を始めたところ、私のウィークポイントに気付いた。
このウィークポイントを排除し、食事内容や自分の癖を見直して不足分を補う事で、毎食後嘔吐は変わらず体調は安定しないものの、高血糖症状からは少しずつ脱し始め、減り続ける体重は反転してキープ程度はできるようになった。しかし、反動の低血糖症状が日に何度も現れる日が続き、体調不良に覆いかぶさって生き地獄を味わった。
この頃に意を決してコンビニまで歩いたが、帰宅途中の坂を半分程上がった所で足が震えて動けなくなった。
悔しいやら情けないやらでその場に座り込みガン泣きしてしまった。
この悔しさをバネに階段の昇り降りで基礎体力を取り戻し始め、自力である程度は動けるようになった。

10月半ば迄に通院した痕跡はあるが記憶が定かでは無い。
家から出る事が難しく、がん研迄は行く事ができなかったので予約は全てキャンセルしたようだが、誰かと接触して造影CTは一度行っている。
入院を促された時のメモには、長期入院になる事と対処療法しかやらない、ホスピス等と連携を取っていく、となっていて、ああそうか、もう一般的には死ぬ側なのかと思ったが、今までの過程で生じた疑問を解決できておらず納得できない私は帰宅する事を選択したようだ。
この時点では手術の話はまだ出ていない。

振り返ると意地でしかなかった約1ヶ月だが、私は標準治療から漏れた時点でレールの上を歩かないと決めた。
このブログを読む娘と後続者には馬鹿で不器用な男に映るかもしれないけれど、命をかけて一度掲げた方針を簡単に変えるような不安定で信頼を置けないような男にはなりたくない。何より妻が愛した男の姿と違う。
例え選択を誤ったとしても、孤独感を募らせてしまう事になっても、自分が一度決めた事。
苦しい時こそ歯を食い縛れ。
これが私の美学。 

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10月半ばから現在迄はもう少し落ち着いてから更新する。
どれだけ痩せたか記念に写真を残しておく。

2014年11月10日月曜日

連絡

沢山の非公開希望の応援メッセージありがとうございました。
また、ご丁寧な探りメールを頂いている方々に返信できず申し訳なく思います。
瀕死の状態から少し回復をして手術に向けて入院準備中です。
9月末からの流れを近々まとめたいと思います。

私と連絡がとれなくなって困っている方へ。
LINEのIDを乗っ取りされてしまいました。既存のIDを削除して同IDで再登録していますが、検索をOFFにしているので再登録希望者はメールを下さい。
キャリア変更をしてキャリアメールが無くなりましたので、私への連絡はgmailか直電かTelegramでお願いします。
Telegramは電話帳登録で自動的に共有されると思います。
登録してメッセージを頂いても反応が鈍いと思いますが空気を読んでください。

もう駄目そう、と医師達に思わていたけれど、予定をこなすため為に無い知恵を絞って取り敢えずは自力で命を繋いでいます。
40kgを切りそうな私がこれからどうなるか。
想像するだけで萎えるぜ('A`)y-~

#この記事は次回更新時に削除します。
#コメントを頂戴したので残しておく。11/16


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2014年9月22日月曜日

イバラの道@仕事 + がん研:漢方サポート科受診

起床後すぐに身支度を終えて約22日振りに出社した。
会社にいても倦怠感と眠たさで何の役にも立たず。
席を立って少し移動をしても足元がおぼつかず、頭の中がグラグラしていた。
10時頃に出社をして病院の予約1時間前迄の5時間が自分が椅子に座っていられる限界値だったorz

その後に、がん研に移動をして受診前に採血をしたが、血管が硬くて5回挿し直した。
自分のほうが上手いと思うからかしてくれ、と言うと、苦笑いをされて拒否された。
私の腕はヘロイン中毒者の様になってきた。
肘裏辺りは両腕ともニードルが入らず、点滴等によく使う場所から採血をした。
ゴタゴタがあってかなり待たされてしまったが、PHSの呼び出しで漢方サポート科の診察室に入った時の医師からの第一声は、腫瘍マーカーがかなり上がっている、だった。
いつもは、少し・ちょっと、という言葉を使う医師が、かなりというので20-30倍は覚悟をしたが10倍程度だった。
この事について医師から今後どうするつもりか?、と質問をされたが、事後報告にさせて下さい、と断りを入れて、退院してからの一連を報告した。
医師から外科部長の診察予約が入っているよ、と言われた。何なんだ(;´Д`)
何かを食べる度に胃がキリキリする事、胃・腹部膨満感が辛い事、内臓が弱っている為か背中と腰が半端無く痛くてギックリ腰状態等にある事と、自分なりの改善できるであろう方法及び薬を伝えて処方薬を見直して頂いた。
その後、少しの世間話をして、頑張りなさいよ、と言われて診察が終わった。

#処方薬

アコファイド・リパクレオン・カナマイシン・コレバイン・ガスコン錠・ロペミン・ツムラ補中益気油エキス顆粒・ツムラツムラ茯苓飲合半夏厚朴湯エキス顆粒(今回の漢方薬ツムラは消化器に的を絞った処方)

最悪でしょ。
一月で10倍。
理由は胆道の処置にもあると思われる。
今迄は血糖値を気にしていなかったが、低血糖に陥る頻度が上がれば血糖値も管理していく。

入院中は少量で砕けやすい物が多かった為か、食事量が少し増えると胃部・腹部膨満感で息苦しく、リバースをした後は食事量や口に入れる物を厳選していた。
自宅では基本的に私主体で家族の食事が献立されるが、何でも食べられるだろう、と甘く見ていた面もあり、少量だが好きな物・食べられそうな物を口に入れていた。
退院初日は殆ど食べず、2日目も食べられそうな物を僅か食べる程度だった。
去年の手術後に体験をしていたので、あまり構えずに時間が解決するさ(‘A`)y-~、と余裕をかましていた。
胃部膨満感は継続していて、鼓腸のせいか始終グルグルし続け腹部膨満感はあったものの、アヘンチンキとロペミンの作用が切れる頃から朝に掛けて何度かトイレに駆け込み、泥水のような排便があったので、死にそうな程苦しい、とまでは思わなかった。
3日目にそこそこの量を3食摂り、胃痛と下腹部(S字結腸分付近)の痛みが強くなり、腹水が溜まっていた時のようにお腹が冷たくて、膨満感はお腹が破裂するような痛みに変わり始めた。
妻からどれ位辛いの?、と質問をされたので、生まれてこの方ナンバー3だ、と答えると、手術より痛いのか?、と言われた。
もうだめぽ、死にたいお(´・ω・`)、このような時は寝るに限る、と思い、娘にまた明日会おうね、と伝えて、薬を飲んで横になった。
あまりにお腹が痛くて意識が朦朧とする中で下腹部を揉んで胃を少し押してみると、聞いた事のないような音を立て出した為、何があってもいいようにトイレに向かったが、便座カバーを上げた瞬間にマーライオンのように嘔吐してしまった。
その様を見ていた妻は、人からこんなに水分がでるものなのか、と驚いていた。

当日は、胃幽門狭窄・十二指腸狭窄を疑ったが、流動食のようなものに変えて固形物を少し食べてを3回繰り返すと、感覚を取り戻したのか少しずつ食べる量が増え始め、泥水位になるまで排泄されないが、自分の体がペースを取り戻し始めたように感じた。
背中が有り得ない位に痛み何日か動けずに寝込んでしまったので打開策を考えたが、末梢循環に問題があると思いマッサージを頼んでコリをほぐすと、嘘のように体が楽になるので、経験上これはただ胃腸が悪い為と判断をした。
早急にクリアしたい課題は、胃部膨満感の解決(胃の活性?)、ガス産生過剰を抑える為に飲食の見直し、化学療法の3点だが9月中にクリアできれば恩の時だろうなー、と思う。


昨夜(9/22)は、秋の始まりを見たい、娘と妻に日本庭園の中で食事をさせてあげたい、と思い、家族以外とはチョイチョイ利用をしている、八王子のうかい鳥山に足を伸ばしてきた。
娘は落ち着かない様子でウロウロしていた。
最近は食事が終わるとトイレに行く、と言い、すぐに席を立ってうろつき回る。
人さらい。
ラフ過ぎるって?
そういう時もあるのさ('A`)y-~
いつもと違う環境・食材の美味さの為か、完食はできなかったが食を楽しむ程度は食べる事ができて、夜中・今朝と泥水の様な排便があり、寝起きに胃部・腹部膨満感に悩まされる事はなかった。
体重・体力が増える迄の食事量に辿り着くには、1ヶ月位は掛かりそうだが、化学療法や他症状で打ちのめされない限りは、再復活の兆しが見えそうだ。

会う人会う人にまた痩せたね、と言われる。
未だに退院をしてから満足に食事を摂ることもできず、体力は衰える一方だ。
こんなにも心は健全だというのに(;´Д`)
悔しい。ギギギギギ。
海に小石を投げ続けて山を作ろうとする様を見て、無駄な事はやめておけ、と自身ですら笑いたい状況だが、容易に諦めず、誰かに頼って誰かのせいにする事が無いように、どこまでも食い下がって一秒でも長くこの世に居座るぞ。
えいえいおー。

と、最後まで突き通して締めたい所だが、体調・採血・仕事と、どうしようもなくやるせなくて、私の事を知らない誰かに抱きしめられて泣きたい気分。
悲しいから涙が出るのではなくて、涙が出るから悲しいんだ、といつか見た言葉を信じて今日は眠る。


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