2014年9月22日月曜日

イバラの道@仕事 + がん研:漢方サポート科受診

起床後すぐに身支度を終えて約22日振りに出社した。
会社にいても倦怠感と眠たさで何の役にも立たず。
席を立って少し移動をしても足元がおぼつかず、頭の中がグラグラしていた。
10時頃に出社をして病院の予約1時間前迄の5時間が自分が椅子に座っていられる限界値だったorz

その後に、がん研に移動をして受診前に採血をしたが、血管が硬くて5回挿し直した。
自分のほうが上手いと思うからかしてくれ、と言うと、苦笑いをされて拒否された。
私の腕はヘロイン中毒者の様になってきた。
肘裏辺りは両腕ともニードルが入らず、点滴等によく使う場所から採血をした。
ゴタゴタがあってかなり待たされてしまったが、PHSの呼び出しで漢方サポート科の診察室に入った時の医師からの第一声は、腫瘍マーカーがかなり上がっている、だった。
いつもは、少し・ちょっと、という言葉を使う医師が、かなりというので20-30倍は覚悟をしたが10倍程度だった。
この事について医師から今後どうするつもりか?、と質問をされたが、事後報告にさせて下さい、と断りを入れて、退院してからの一連を報告した。
医師から外科部長の診察予約が入っているよ、と言われた。何なんだ(;´Д`)
何かを食べる度に胃がキリキリする事、胃・腹部膨満感が辛い事、内臓が弱っている為か背中と腰が半端無く痛くてギックリ腰状態等にある事と、自分なりの改善できるであろう方法及び薬を伝えて処方薬を見直して頂いた。
その後、少しの世間話をして、頑張りなさいよ、と言われて診察が終わった。

#処方薬

アコファイド・リパクレオン・カナマイシン・コレバイン・ガスコン錠・ロペミン・ツムラ補中益気油エキス顆粒・ツムラツムラ茯苓飲合半夏厚朴湯エキス顆粒(今回の漢方薬ツムラは消化器に的を絞った処方)

最悪でしょ。
一月で10倍。
理由は胆道の処置にもあると思われる。
今迄は血糖値を気にしていなかったが、低血糖に陥る頻度が上がれば血糖値も管理していく。

入院中は少量で砕けやすい物が多かった為か、食事量が少し増えると胃部・腹部膨満感で息苦しく、リバースをした後は食事量や口に入れる物を厳選していた。
自宅では基本的に私主体で家族の食事が献立されるが、何でも食べられるだろう、と甘く見ていた面もあり、少量だが好きな物・食べられそうな物を口に入れていた。
退院初日は殆ど食べず、2日目も食べられそうな物を僅か食べる程度だった。
去年の手術後に体験をしていたので、あまり構えずに時間が解決するさ(‘A`)y-~、と余裕をかましていた。
胃部膨満感は継続していて、鼓腸のせいか始終グルグルし続け腹部膨満感はあったものの、アヘンチンキとロペミンの作用が切れる頃から朝に掛けて何度かトイレに駆け込み、泥水のような排便があったので、死にそうな程苦しい、とまでは思わなかった。
3日目にそこそこの量を3食摂り、胃痛と下腹部(S字結腸分付近)の痛みが強くなり、腹水が溜まっていた時のようにお腹が冷たくて、膨満感はお腹が破裂するような痛みに変わり始めた。
妻からどれ位辛いの?、と質問をされたので、生まれてこの方ナンバー3だ、と答えると、手術より痛いのか?、と言われた。
もうだめぽ、死にたいお(´・ω・`)、このような時は寝るに限る、と思い、娘にまた明日会おうね、と伝えて、薬を飲んで横になった。
あまりにお腹が痛くて意識が朦朧とする中で下腹部を揉んで胃を少し押してみると、聞いた事のないような音を立て出した為、何があってもいいようにトイレに向かったが、便座カバーを上げた瞬間にマーライオンのように嘔吐してしまった。
その様を見ていた妻は、人からこんなに水分がでるものなのか、と驚いていた。

当日は、胃幽門狭窄・十二指腸狭窄を疑ったが、流動食のようなものに変えて固形物を少し食べてを3回繰り返すと、感覚を取り戻したのか少しずつ食べる量が増え始め、泥水位になるまで排泄されないが、自分の体がペースを取り戻し始めたように感じた。
背中が有り得ない位に痛み何日か動けずに寝込んでしまったので打開策を考えたが、末梢循環に問題があると思いマッサージを頼んでコリをほぐすと、嘘のように体が楽になるので、経験上これはただ胃腸が悪い為と判断をした。
早急にクリアしたい課題は、胃部膨満感の解決(胃の活性?)、ガス産生過剰を抑える為に飲食の見直し、化学療法の3点だが9月中にクリアできれば恩の時だろうなー、と思う。


昨夜(9/22)は、秋の始まりを見たい、娘と妻に日本庭園の中で食事をさせてあげたい、と思い、家族以外とはチョイチョイ利用をしている、八王子のうかい鳥山に足を伸ばしてきた。
娘は落ち着かない様子でウロウロしていた。
最近は食事が終わるとトイレに行く、と言い、すぐに席を立ってうろつき回る。
人さらい。
ラフ過ぎるって?
そういう時もあるのさ('A`)y-~
いつもと違う環境・食材の美味さの為か、完食はできなかったが食を楽しむ程度は食べる事ができて、夜中・今朝と泥水の様な排便があり、寝起きに胃部・腹部膨満感に悩まされる事はなかった。
体重・体力が増える迄の食事量に辿り着くには、1ヶ月位は掛かりそうだが、化学療法や他症状で打ちのめされない限りは、再復活の兆しが見えそうだ。

会う人会う人にまた痩せたね、と言われる。
未だに退院をしてから満足に食事を摂ることもできず、体力は衰える一方だ。
こんなにも心は健全だというのに(;´Д`)
悔しい。ギギギギギ。
海に小石を投げ続けて山を作ろうとする様を見て、無駄な事はやめておけ、と自身ですら笑いたい状況だが、容易に諦めず、誰かに頼って誰かのせいにする事が無いように、どこまでも食い下がって一秒でも長くこの世に居座るぞ。
えいえいおー。

と、最後まで突き通して締めたい所だが、体調・採血・仕事と、どうしようもなくやるせなくて、私の事を知らない誰かに抱きしめられて泣きたい気分。
悲しいから涙が出るのではなくて、涙が出るから悲しいんだ、といつか見た言葉を信じて今日は眠る。


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2014年9月17日水曜日

てー!!@黄疸・退院17日目

9/17
6時起床。
体温35.5、血圧測定無し。
看護師と内科医の巡回に応じて、朝食の後にシャワーを浴びた。
食パン一枚とはんぺんを食べた。
ヨーグルト一気飲み。
帰り支度を早々に終えて、請求書が届くまで時間があったので、普段着に着替えて散歩をした。

部屋に戻ると師長が請求書を持参してくれた。
今回も無理を言ってすみませんでした、等と謝辞を述べて10分程話した。
いつでもいらしてください、可愛い奥様に宜しく、と言われた。
看護師に挨拶をしようとしたが、ミーティングをしていたので会釈だけして、早々に精算を済ませて病院の外に出た。
会社に向かおうとするも、体が重く背中も痛む為、様子を見て出社します、と伝えて、娘に土産を買って帰る事にした。
自宅最寄りの店舗に足を運んだ。
マッサージで体をほぐしてもらい、ココ壱で昼食を済ませて帰宅した。

重い荷物に疲れて((((;゚Д゚))))ガクガクブルブル しながら自宅に戻ると、娘が一目散に駆け寄ってきた。
家に入りなよ!、怖いのか-?、と言われた。
視線は私がぶら下げていた小袋に定まり続けていた。
中身が何か知りたくてたまらないようだった。
チョコだよ、と言うと、もう誰も彼女を止める事はできない。
袋から出してもらい目の前に箱を置いて陣取り、開けてくれ、と騒ぎ始めた。
開けてあげると喜びの声を発した。
ハート型のプレーンチョコを一口で食べた(;´Д`)
口の中一杯にチョコが入っている為か、物凄い笑顔で幸せそうだった。
真剣に味わい舌鼓を打つ様は小娘に見えなかった。
ハートのチョコレート3個とトリュフを一日掛けて食べた。
最高に至福の刻を過ごした事だろう。
一日見ていても飽きない。
可愛い。

その後、腰と背中辺りに激痛が走って、腰が抜けたような状態になってしまった。
横になる準備をしてもらい、久々に横になった低反発マットの寝心地に、気持ちいい、と声が出た。
背筋が無くなった上に、膵液漏れの炎症らしき症状も加算されて、自宅内の移動もままならない。
回復と体力増加のペースより、何かしらの症状で体力が落ちていくペースの方が早くなってきた。
排便のタイミングがおかしくなった為、アヘンチンキを少し飲みながら修正する事にした。
胃薬はアコファイドを毎食前に追加した。
業務??日報終わり。

来週中に化学療法で通院している病院を訪ねる予定。
予定が大幅に狂ってしまったが、早々にマーカーを基準値内迄落として、次の襲来に備えて準備したし。
まずは、飲食ができるように体調を戻して、入院で減った4kgの体重と失った体力を取り戻す。

さようなら、2014年の夏。

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/Metallica - Seek And Destroy (Skazi Remix)

2014年9月16日火曜日

はっしゃよーい、@黄疸・入院15-16日目

9/15体温・朝36.1夜36.6、血圧・朝96/69夜102/62
6時40分起床。


メールを送り再度横になった。
看護師の巡回に応じて、調子いいよ!、と伝えておいた。
貯食前に内科医も訪れてきたが同様に応えた。
白米以外は完食。

昼食まで眠り、食事を運んでくれた看護師に起こされた。
食パン一枚を残して他は完食。

遠方から来客があり、長い時間を話しに費やした。
部屋に戻って転寝をしていると食事が運ばれてきた。
ももの缶詰以外は完食。

食後に看護師の巡回に応じて、夜文の薬と眠剤を飲んで早々に寝た。
#始めて入院した時に眠り薬いりませんか?、と聞きまわっていた事には驚いたw
2時頃に下痢で殆どの物が出た。
通常のサイクルに戻り始めた。


9/18
体温・朝35.8夜37.1、血圧・朝112/62夜114/69
6時30分起床。
寝起き早々に採血をされた。
看護師の巡回に、また、調子いいよ!、と応えた。
その後に内科医がきて同様に応えた。
採血結果を見て明日退院するか決める、と言われた。
ゲームをしていると、朝食が運ばれてきた。
サラダ以外は完食。

朝食後は散歩をした、
一階ロビーに沢山人が居て驚いた。
地下P行列が敷地外までしている様を始めてみた。
お気に入りポジションで日光浴をして、病室に戻って読書等をしていると昼食が運ばれてきた。
パンの耳以外は完食。

午後から妻来襲。
いつ退院するの?、の問に対して、明日帰る、と答えると、理由は?、と聞かれた。
帰ると決めたから、と言うと、勝手に決めて思い込んでるだけじゃない!、と笑われた。
話している時に看護師が採血結果を持って来た。
イケイケ過ぎるでしょ。
どうよ。
解決。

同時に、翌日の退院許可を告げられた。
今日は退院できないのか?、と尋ねてみたが、流石にこれは無理だった。
別の医師に渡す案内状を読んだが、膵癌術後再発・閉塞性黄疸と病名が付いていた。
昼からずっとマッサージをしてもらって気持ちが良かった。
時間はあっという間に過ぎた。
早い。

病室に戻って帰り支度等をしていると、看護師からお土産に沢山の処方薬を頂いた。
一週間分で鞄が膨れ上がる。
今迄の経験を元に薬剤を指定して、薬剤師が考慮した上で処方して頂いた薬達。
院外処方薬を使えば2/3に圧縮できそう。
B4サイズで厚みは15cmほどある。

ノートPCと充電器以外は鞄に詰め込み、ブログを綴っていると夕食が運ばれてきた。
肉じゃがと豆腐を半分ほど残した。

食後に内科医が訪ねてきて、退院後の外来日について話し合った。
とても丁寧な対応をして頂き、こちらの無理なお願いに合わせた予約を入れさせてくれた。
その後、看護師の巡回に応じ、調子いいよ報告をして、明日の退院の手続きについて説明された。
今日も眠剤を飲んで早々に就寝する。

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2014年9月14日日曜日

矜持@黄疸・入院13-14日目

9/13
体温・朝39.0夜36.2、血圧・朝124/64夜117/65
6時起床。

目覚めが悪く、体が非常にだるかった。
熱があるなー、と思いながら体温を計ると、1度目は40,3、2度目は39.5、3度目は39.0。
ストップロスを巻き込んだような変化に、この体温計め、と思いながら看護師の巡回に応じた。
熱を心配されたが、山場と思うので大丈夫、昼でも体温が下がらないようでれば相談します、と伝えた。
おかずだけ食べた。

昼食まで寝て熱は38度台まで下がった。
おかずだけ食べた。

昼食後に着替えて散歩に出掛けた。
筋力の衰えを感じながらフラつきながらも日光浴を楽しんだ。
サイゼリヤに行き、念願のドリアといいたかった所だが消化を考えてグラタンを食べた。
#チーズが駄目なようだ。
ビックサイトは閑散日のようで昼食時にも関わらず人が少なかった。
部屋に戻り昼寝をした。

夕食を運んでくれた看護師に肩を叩いて起こされた。
体温は正常値になった。
ロールキャベツと果物と葛湯を食べた。
抹茶くず湯粉あめが美味しかった。

ここまで一日吐く事は無かったが、寝際に腹が張った感覚と苦しさに悩まされてトイレに行った。
下痢と大量リバースで一日かけて胃に入れたものが殆ど出た。
相変わらず胃の傍若無人振りが強烈だ。
2-3日食べないで消化器を使わないと、元に戻るまでに倍の時間を要する。
はー。

一日中夢現だったような気がする。
誰か見舞いにきていたような。。。
腹部の張りを気兼ねする事無く水分を採れるようになった。
眠剤を飲んで早々に寝た。


9/14
体温・朝35.4夜36.8、血圧・朝101/71夜95/62
6時起床。

寝起きの体調は良好。
看護師が来る前に病室を抜けだして、朝の散歩を楽しんだ。
病室に戻って看護師の往診に応じて、昨夜にリバースした事を伝え、いつもの事なのですが念の為に報告しておきます、と言うと、内科医が来るまで朝食をお預けされる事になった。
同室の方達の食事タイムが始まったので、洗濯機を回して散歩に出掛けた。
病室に戻り洗濯物を干して、メール等の対応をしていると、今日も娘が見舞いに来てくれる事になった。
昼食前に内科の方が訪れ、昨夜の嘔吐の聞き取りと触診をされた。
食事を膵臓食から一般食に変更して経過観察をする事になった。
おかゆとゼリー以外は完食。

午後一に娘が来た。
tyvm.
がん研横にある東京臨海広域防災公園で椅子に座り、バーベキューやピクニックをしている親子と自分達の姿を重ねた。
妻と娘が不憫過ぎる(´・ω・`)
この手は好まなくてね。
やつれたね、と言われた。
入院してから3kg痩せたと答えると、黄色は抜けたが血色が悪く死体のような色だ、と言われた(;´Д`)
ゾンビ系FPSで一番にヘッドショットされる自信があるぜ('A`)y-~
娘から、一緒に帰らないのかー?、まだ一緒に遊ぶ、という泣かせる台詞を頂戴した。
今はエゴイスティックの塊で申し訳ない、としか言えない。
娘と過ごした甘い時間でチャージができた。
入院前にした娘とのお約束事は、間もなく達成されようとしているようだ。
達成できた暁には、チョコ好きの娘にGODIVAのトリュフをプレゼントすると約束している(*´д`*)

今日の娘の姿・表情がDEMELのチョコレートパッケージを連想させた。
実物を初めて見た時はパッケージに萌えて、空箱を頂きたいのですが、と言ってしまった。
甘塩っぱい思い出。

部屋に戻って一眠りした後にブログを綴っていると夕飯が運ばれてきた。
魚とほうれん草と味噌汁の具を食べた。
明日から一般食が始まる。

この調子を維持できれば、膵炎・ステントはクリアできそうだ。
ステント如きいつでもやり直しが効くだろう、と思うかもしれないが、私は一度失敗すれば体力及び時間のリスクを踏まえて、二度とこの病院では鉄製ステントを入れる事ができない。
他の病院でも膵炎と肝臓悪化を恐れて、プラスチック製ステントの入れ替えがやっとだろう。
取り敢えずは、肝臓(黄疸含む)に怯える事がなくなり、プラスチック製ステントが詰まる毎に、化学療法をお預けにされるリスクが一つ回避できそうだ、といった所か。
術後の回復期の締めに出された課題か、終わりの始まりなのか定かでは無いが、事後対策となったものの比較的に体調の良い時に、今回の課題にチャレンジできた幸運に拍手を送りたい。
これからの課題も、この調子で頑張りたい。

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/Pharrell Williams - Happy 歌詞

2014年9月12日金曜日

朝令暮改@黄疸・入院11-12日目

9/11
体温・朝35.8夜36.2、血圧・朝105/74夜117/65
6時起床。

寝起きから膵炎の症状で背中裏と右下腹部が傷んだ。
熱を計っても体温は低いが、体が火照る感じがしたので炎症値が上がったのだろう、と予測した。
看護の巡回時に痛みは昨日と変わらないか、強くなっているかもしれない、と伝えた。
内科医もその場に来て、採血をして考えよう、と言われた。

体が置くたくて、雨が降っていた事もあり眠り続けた。
夕方に内科の方が来て、翌日にERCPで現状確認と、必要であればステント交換か取り外しをする、と言われた。
その後も眠り続けた。
体温・血圧測定、点滴交換以外は、殆ど一日眠り続けていたように思う。
看護師から、ずっと眠っていますけど体調悪い所でもありますか?、と聞かれた。
二進も三進も行かない時は寝るに限る。

9/12
体温・朝35.8夜35.1、血圧・朝97/71夜99/56
8時起床。

夜から朝にかけて担当してくれた看護師が、HCUで長く担当していてくれていた方なので、癖等をわかっていてくれているので対応がとてもありがたい。
看護師の巡回に応じて採血をされていると、内科医集団が来て今日の処置について迷っていると言われた。
寝起きでよく理解できないので、採血結果が出てからもう一度話を伺わせてください、と伝えて二度寝した。

数時間後に内科医が訪れ、AMYは頭打ちをして下がり続けているように見えるが、LIPが上がり続けているので、膵管等に問題があるのは明確だ。
他の数値が改善され始めたので勿体無いが、ステントをプラスチック製にするか迷っている、と言われた。
WBCとCRPは上昇を続けているがWBCが下降を始めているので、食事を再開してもう少し経過観察をお願いできませんか?、先生の仰るとおり勿体無いです、と伝えた。
了承して頂いたものの、改善されなければ、ステントが膵管を圧迫していて詰まっている可能性があるので、プラスチック製ステントへの取替か、ステントの取り外しとなる。
来週の火曜日まで経過観察をして、良好であれば水曜日に退院する事になった。


点滴が一本終わったと同時にルートを外してもらって少し散歩をした。
今の私には、この景色が精一杯の自由。
娘お気に入りの噴水。

病室に戻り、昼食を心待ちにして、リミッターが掛かったデザリングでネットブラウジング。
遅すぎて眠くなる(;´Д`)
完食したが半分ほどリバース。

その後は来客の相手をした後にシャワータイムを終えて、気分転換の散歩にでた。
道中で買ってしまった。
男子の心も釘付け。
最強のタッグ見参。
きのこ山軍、たけのこの里のinnovatorに敗れる。
大好きなたけのこの里に、クッキー、ストロベリー、非の打ち所無し、天晴たけのこの里軍圧勝也。

その後にベッドでgdgdしていると夕食。
ゼリーはついていなかった(´・ω・`)
3割程残したが殆どリバース。
昨夜に胃の違和感を感じて点滴をしてもらったのが救いだ。
食後に痛まないだけでも良しとしよう。
最初から絶食期間中は胃薬を点滴しておけば良かった。
9月は化学療法をできそうにないが、体は回復しようと一生懸命だ。
これ位の膵炎であれば、日常生活をこなしながら対応ができそうなものの、膵臓を患ってからずっとこの繰り返しだ。
はー、うまくいかねーorz

退院した暁には蓼科にでも行って気持ちを安らげたい。
数日間眠り続けて回復に専念する事にした。
T細胞、B細胞、私は寝るので頑張ってください(^q^)

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2014年9月10日水曜日

鳥籠@黄疸・入院10日目

体温・朝35.8夜35.9、血圧・朝105/74夜108/74
6時起床。

看護師の巡回に応じて、昨日の腹痛が収束しつつある事を伝えた。
採血後に、ロキソニンでも飲みますか?、と問われ、折角なのでと1錠飲んだ。。
内科医の巡回に応じて痛みが無くなってきた事と、下腹部の違和感も解消手前と伝えると、明日も採血をしてどうするか判断をしましょう、と言われた。

朝から院内を徘徊して、5階の中庭で日光浴をした。
どうせなら体に紫外線をたくさん浴びさせようと思い、点滴がタイミングよく一本終わったのでルートを外してもらった。
ついでに、本日も絶食継続と点滴が沢山ある事をを伝えられたorz
一階に移動をして、平日の日中は殆ど人がこない場所にてパン一で日光浴
気持ちよかった。
 外は自由。

午後にシャワーを浴びて洗濯をした。
洗濯物を干し終わった後に内科の方が訪れ、採血結果に変化が無いので金曜日まで絶食をして改めて採血をしましょう、と言われた。
退院について聞くと、今週は無いですね、ときっぱり言われたぜ('A`)y-~
はー、またしても膵液に悩まされるとは(;´Д`)
膵炎。
リパーゼとカリウムやばいでしょ。
腎臓が一生懸命に働いてくれている事に感謝する。
WBCとCRPがノリノリ。どうなる私!?
金曜日が運命の日だ。

その後、娘が見舞いにきてくれた。
Lineで呼び出され、最上階の中庭に行くと昼食の最中だった。
最初は照れくさそうにしていたが、ルートの針を擦りながら、
いきなりルートを引き千切ろうとした!!怖い!!
自分では黄色が抜けて肌色が良くなった気がするけれど、日光の下で見ると黄色は殆ど抜けていないそうで、肝臓の悪い人の肌色と言われた。
死体のような色から人間色に返り咲くには、まだまだ道程が長そうだ。
始終、二人して私の前で飲み食いをして、見せつけているのか、と思った。
娘にファミマの自家製?チョコドーナツを勧めてみた。
御満悦のようだった。
夕日が沈みかけた頃に帰っていった。
tyvm.
#ゆりかもめ線の先頭車両でGOGO!をしていたそうだ。萌える。
GOGO!JAGURA!

病室に戻って読書をした。
看護師と内科医の巡回に応じて、点滴を交換して一日が終了した。
看護師にロキソニンの効力が無くなった時間でも痛みが無い事を告げ、NAとKの数値が気になっていたので看護師と話すと、私の場合は6を超えると心臓発作等が心配になるので、少しでも体調不良を感じればナースコールを押すように言われた。
せめて、体の伝達部だけでもしっかりしてくれよ、と思うorz

その後も読書を続けて、去年の手術から3回目の読み直しが終わり、やっと自分なりに解釈ができた。
病気を患う等の窮地に追い込まれて読むと改めて学ぶ事ができた。
良書だ。
LOVEだよLOVE。

最低でも後2日は、点滴と縦縞模様のツンツルテンパジャマ(サイズS )に束縛された生活が続く。
ジャストサイズの鳥籠に詰め込まれたヒクイドリのような気分だ。
早く自由になりたい。

今日も眠剤を飲んで強制的に寝る。
ある意味で特権だ('A`)y-~
おやすみ。


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2014年9月9日火曜日

寝人@黄疸・入院7日目-9日目

9/7
体温・夜35.8、血圧・夜115/72
16:30に病院に戻った。
看護師の巡回に応じて、夕食後は早々に就寝した。
完食!!
食事内容は少し変更している。



9/8
体温・朝36.2夜36.3、血圧・朝102/65夜117/73
06:00起床。
看護師の巡回に応じて、その後に内科の方が治療の説明にきた。
絶食再開。
院内を少し散歩してベッドに座っていると、処置室に行こうと看護師に言われた。
一番のりの処置のようだった。
ルートから鎮静剤を入れた後に記憶が途絶え、鎮静剤切れ間近・処置終了間際に目が覚めて苦しい時間を味わった。
1時間程でステント入れ替えは終わったようだ。
内科医から、翌日の検査結果が問題なければ、10日に退院しても良い、と言われた。
往診、点滴の交換や体温・血圧測定で起こさたが、携帯を充電器に繋げる事すら面倒に感じて一日中眠り続けた。

9/9 
体温・朝35.8夜36.3、血圧・朝94/60夜110/71
6:30起床。
看護師に起こされた。
問診と採血に応じて、右下腹部の不調を伝えた。
服を着替えて散歩をしたが、体が重くて肝臓付近が圧迫される違和感があった。
歩いていると少しずつ慣れていったが、いつもの感覚とは違い、病室に戻るもgdgd。
休んでいると看護師から、レントゲンを撮りにいくように指示をされた。
病室に戻る途中に医師から声を掛けられて、腹部に不調が無いか尋ねられた。
同時に、採血結果のAMY・リパーゼ値が上がった故、念の為に絶食延長と翌日も採血をするように言い渡された。

アミラーゼとリパーゼ、ゴリゴリ過ぎるでしょ。
CRPが若干上昇しているので気掛かりだ。
 皿うどんを食そうと思っていたのにorz



病室に戻ってから絶食等の対応の為に、翌朝まで5本点滴する事になった。
夕方頃に昨日の処置について内科医から説明を受けた。
膵液漏れは現時点で許容範囲内だが、前科がある為に注意深く観察しているようだ。
膵臓を切り取って少なくなった容量分まで考慮して、出血リスクを回避した処置をしたそうだ。
理屈しかわからないけれど、嬉しそうに話していたので格好良くキマって、悪い事は起きていないのだろう、と感じ取れた。
右画像のステントの細くなっている2箇所が問題部分。
数日で膨らむと言っていたが過程を見たい。
MATRIXのSentinelのようだ。
終わりの始まり。

その後は看護師の巡回に応じ、読書をして一日が終わった。
点滴等で自由が効かず、体が重くて動く気にならない。
気付けば一日中眠っているが、今日は起きていたくないので、今回入院して初眠剤投入。
退屈な一日、おやすみ。

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2014年9月5日金曜日

暫時休憩@黄疸・入院6日目

体温・朝36.2、血圧・朝108/66
6時起床。
看護師の巡回に応じて早朝散歩。
コンビニでシーチキンマヨを購入してベッドに戻って朝食。
上手く撮れなかったので朝食分の画像は無し。
#メニュー
卵みそ(スクランブルエッグのような物)、変わり金平(きんぴらごぼうに春雨in)、白す佃煮(シラスの甘い佃煮)、味噌汁(具材はお麩とキャベツ)、白米、牛乳、お茶+ゆかり、シーチキンマヨの手巻き寿司
完食!!

朝食後に、外科医と内科医の巡回に応じた。
外科医に多少走ったり跳ねる運動をしても大丈夫ですか?、と聞くと、証拠がある訳ではないが問題は無いと思う、と返答をされた。
内科医に肝臓付近の違和感を伝えた所、レントゲンを撮りますか?、と言われた。
場所を押して伝えた所、ステントの違和感のようだった。
手を掛けすぎとも言えそうだが、手厚いサポートという言葉が合うのだろうか。
私が普段通っている病院と正反対の印象を受ける。

本日一番乗りでシャワーを浴びて身繕いをした後に、日中を担当する看護師と挨拶をして体温と血圧測定・体調報告をした。
集会所で折り紙をしていると、同室の方に声を掛けられた。
病棟のフロアを散歩しながら激励しあった。
一人で少し散歩をした後は昼まで眠り、昼食を届けにきてくれた方に反応して目が覚めた。
完食!!

その後、漢方サポート外来を受診した。
医師に、アヘンチンキの服用をする必要性が無くなった事を告げ、現在抱えている症状を申告して服用中の薬を見直して頂き、ステントの交換が終わって必要な薬だけを内科に処方してもらい、外来ですぐに来るように言われた。
見た目は元気そうに見えるそうだ。

病室に戻って帰り支度を終えた。
今の私には窮屈で休まらないので、週末は自宅をベースにする。
このまま会社に寄り、色々な話を聞かせてもらい心の療養をしたい。
明日は娘と遊ぼう。

日曜日の17時迄に戻る。

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