2014年9月4日木曜日

巡り合わせ@黄疸・入院4-5日目

9/3
体温・朝36.2夜36.3、血圧・朝106/64夜117/73。
6時起床。

看護師の巡回に応じて、読書をしながら朝食を待った。
昨夜に話した主治医が一人で訪れ、新任の内科医と話たので後程にカンファレンス結果と今後の方針についてお話があります、と言われた。
朝食を摂りながら外科医集団の往診に応じ、久し振りにお会いした外科医から会釈をされてウインクをされた(;´Д`)いみふwwwwwww
大根おろしの利用方法がよくわからなかったorz

その後に新任の内科医と初対面をしたが、何とw#内容は伏せる。
別室に案内されてフランクに説明を受けた。
鼻チューブで胆汁を出せなかった理由は、内臓を切り取っている為に胃がブラブラしていて内視鏡を入れてもカーブ箇所の抑えが無く、ドレン経路が長くなり過ぎる為との事だった。
取り急ぎプラスチック製ステントを入れたものの、平均的には2ヶ月程で詰まりが生じて入れ替えの必要がある事、中には1年間は問題が無い方がいる事も説明をされた。
今後も化学療法を続けるのであれば無治療期間を回避する為にも、金属製ステントを入れた方が望ましいが、上記の胃がブラブラしている事を踏まえると、金属製ステントを入れると鋭角になる部分が生じる可能性がある。
しかし、閉塞場所が場所だけに少しずらして留置する事で回避できるかもしれない、発想通りの処置ができればステントが詰まる率も減るだろう、とアドバイスをされた。
技術的な事はよくわからないので、全て一任します、と返事をした。
その後に、誰とどの様に付き合いをして治療をするべきかの話題になった。
医師から、申し上げにくいが貴方に対して提案できる治療は今の所は無い、よって今後も◯◯さんが関係を持っている病院で化療を受けながら、胆膵に関しては外科から内科にシフトして観察等をしたいと思っている、というニュアンスの有難い申し出を受けた。
是非ともお願いします、と答えて話が終わった。
間もなく異動になる外科医から、新任の内科医へ無事シフトされた。
がん研の自由度というか、素晴らしい一面を垣間見れた瞬間だった。
大学病院ではこうも上手くは行かないだろう。
内視鏡と留置したステントの画像。
骨までシャブリたまえ。
#2日間に渡ったゴタゴタの結論:松田松陰様、貴方のお言葉のお陰で御座います。
>決心して断行すれば、何ものもそれを妨げることはできない。大事なことを思い切って行おうとすれば、まずできるかできないかということを忘れなさい。

その後に許可を貰い、病院周りを散歩した。
がん研は建物が格好いい。
向日葵は太陽の方向を向くというが、私の方を向いていた??wwwwwww
くだらねー。
私が好きな花は向日葵です。
9/3午前中の嗜み。
マクドナルドのハッシュドポテトが何気に好き。
食べた後に腹痛で苦しむ(;´Д`)
もう食べられないorz
+
シーチキンマヨの手巻き寿司と、お見舞いで頂いたワンタンスープ。

他の部位の痛みはあるものの、黄疸が生じてからの痛みと違和感はゼロに等しくなり、白目は相変わらず黄色いが、日光に当てると肌は少しずつ白くなり始めていた。
ベッドに戻り昼食が運ばれるまで眠った。
完食!!
カボチャのサラダが美味しかった。
体が酢飯を欲する。

昼食後も眠り続けて、シーツ交換で起こされ、集会所に移動してお見舞いで頂いたワンタンスープを味わった。
その後、読書をしながら今後について考え、予約したシャワータイムが終わった後に洗濯をした。
the.難民キャンプ。

夕食が運ばれてくるまで眠った。

完食!!
+
飲む苺ヨーグルトと、くるみクリームパン。

外科医と内科医と看護師の巡回に応じ、消灯前に就寝モードに入り一日が終わった。
寝ても覚めてもとにかく眠い。
今後の治療について考えるも完全に思考停止状態。
こういう時は何も考えないで食って寝るに限る。
たまには許されるだろう。
振り返ると退屈な一日だった。


9/4

体温・朝36.2夜36.3、血圧・朝102/65夜117/73。
4:30に起床したが、2度寝をして6時に起床。
看護師の巡回に応じた後に、体重を量ってみると何故か減っていたorz
病院食は平均1700kcal程で、その他に500-1000kcalを摂取し、排便は日に2-3度で吸収率が上がっている筈なのに何故だ(;´Д`)歩きまわっているからなのか。。。。。。。
朝食を食べて許可を貰い散歩に出掛けた。
完食したが、味気なかったor
自転車を借りようか迷ったが、とんでもない所まで行きそうな気がしてやめておいた。
電子マネーもクレカ扱いをするべきだ。
ぶいぶい言わせったかったぜ。



本屋に立ち寄り、100均でジュースと飴を購入して、小腹が空いたのでモスでおやつを食べた。
存在を忘れていたので、足を運んでみた。
照り焼きでしょ。
モスチキンは自重した。



はちみつれもんジュースと、パイナップルキャンディーを購入した。
娘にお化けの玩具を買おうと思ったが、嫌われそうなのでやめた。
哲学書が無い。
本屋にあらず。
娘に両方とも買おうかと思ったが、値段を見てやめた。

病院に戻る途中に低血糖症状が出た。
100均で買ったパイナップルキャンディーをボリボリ食べながら急ぎ足で病院に戻ると、内科医から明日は余裕があるのでステント入れ替えができるけどどうする?、と聞かれたが、予定を入れてしまったので月曜日でお願いします、と伝えた。
肝臓付近に痛みがあり、体が重く感じたので念の為に翌日予約分の採血を早めてもらった。
肝臓絶賛回復中。
血糖値が高いのは飴を食べたから。
黄疸の回復速度はこの程度なのか?
 


その後に、助言をくれた看護師に謝罪をされたが、お陰様で短時間で関係を構築できた、感謝しているよ、と伝えた。
看護師はにっこりして、安心しました、ありがとうございます、今後は言動に気をつけます、と言われた。
いやー、何だか悪い事をしてしまったなー、と思ったが、このような積み重ねが医療現場の体制を変えていくのだろう、と思い、結果オーライにして忘れる事にした。
その後、散歩疲れで昼食まで眠った。
完食!!
酢飯(゚д゚)ウマー

昼食後にpcを触っていると、ブログを読んでくださっているmkさんがお約束通りの時間にお見舞いにきてくれた。
最上階の中庭に移動をして話していると色々共通点があり、気付くと3時間近く経っていたw
御縁とは素晴らしいものですなー。
夫婦は持ちつ持たれつを忘れまい、と心を改めました。
娘へのお土産、お見舞いを頂戴しまして、誠にありがとうございました。
御主人様GJ!いずれ盃を交わしましょう!!

夕食まで調べ物をして、ブログのコメント返信・友人へのメール返信をした。
食事中に、私へ情報を伝えてくれた看護師が訪ねてきて、明日の予定を伝えてくれた。
その後に、軽はずみな言動について改めて深くお詫びします、と再度言ってきたので、私には必要な情報なので詫びる必要は無い、前例を残してやったと思う位で良い、上から何か言われるのであれば私が話すのですぐに言ってください、と言うと、ありがとうございます、◯◯さんには院外の治療もあるので、すぐに情報開示した方が良いと思っています、今後は言葉を選んでお伝えします、と言われた。
姿勢・目線・対応、流石、私のお気に入り看護師の一番弟子、ゆとりと言われる世代のプロだ。
完食!!
がん研の鳥料理は美味しい。

夕食後に友人がお見舞いに来てくれて、超ありがたいお土産を頂戴した。本気でありがとうwww
内科医と看護師の巡回に応じて一日が終わった。

悩み続けているが、ステント除去迄を考えるとTSが望ましいと思うものの、膵臓全摘と胆管バイパスを目指すのであればMSでも良さそうな。
膵臓全摘は年齢を考慮すると望ましくない上に、諸刃の剣になる可能性が高い。
今更だが、勿体ぶらずに端から膵臓を全摘しておけばよかったのだろうか。わかんねー(;´Д`)
化学療法で何時まで抑え込み続けられるか、と言いたい所だが使える薬剤も限られている。
手に届く範囲内のあらゆる薬剤を投与して、再度マーカー値を基準値まで下げて、後は宜しくで、膵臓全摘・胆道バイパス・リンパ節・背中周辺・動脈辺りの対策に挑む事になるのか。
そもそも、全摘を目指すというのもアレだ。内臓を切り取るなんてフツーにイカれてる。
現状維持をして骨髄抑制等で化学療法ストップ、若しくは効果無く、体力が低下してしまい何も手を出せず朽ち果てて逝くのか。
CTにはあまり映らないのに、PETではチラリと映る問題箇所周辺の課題発生、体力の低下を感じながらオワタ感満点の生殺し状態だ。
はー、orz
だがしかし、諦めぬ。

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2014年9月2日火曜日

黄疸処置@黄疸・入院2日目 - 入院3日目

9/1
体温・朝36.4夜36、血圧・朝115/66夜112/70。
6時起床。
身繕いを済ませて看護師の巡回に応じる。
お茶や水等の糖分を含んだ飲料以外を選択するように言われ、再度絶食を伝えられた。
その後、3冊持ってきた内の1冊、伊坂幸太郎著:死神の精度を読みながら、医師の巡回を待った。

伊坂幸太郎氏の殆どの著書に感じる、時間軸を操り伏線を張る事で読み手を引き込む手法はあまり目立たなかったが、他の著書にリンクする伏線はありつつもシンプルで二次元的な短篇集は2時間程で読み終わった。
折角なので、終末のフールも持参すればよかった(;´Д`)
気に入ったフレーズ。
>死ぬことよりも、負けることの方が怖い
>逃げるよりはましだ。本望だよ。

9時頃だろうか、外科医集団と一緒に斎浦先生も来た。
会話内容は伏せるが相変わらずだったw
その後に入れ替わりで内科集団が来て予定等を説明していったが、スローペースのスケジューリングに少しイラっとした。
その後に薬剤師が来て、化学療法内容・薬の服用タイミング・希望する薬の有無等の質疑応答を済ませた。

痒み止めに服用しているアタラックスの作用で一日中眠く、妻や友人からのメール・LINEの着信バイブで寝起きを繰り返した。
11時頃だろうか、師長が訪ねてきて、黄色いわねー、と言いながら私を観察した後に、申し訳ないけど大変な患者さんがいるから個室を開けて頂けないか?、と言われた。
大部屋の窓際(5,000円/day)に移動をして、今週中には退院予定の方がいるので差額不要のベッドに移動できるようにします、との事だった。
師長にはいつも我侭を聞いて頂き、融通して頂いているので快諾して、すぐに荷物をまとめていつでも移動できるように準備を済ませた。

準備を済ませてベッドに座るとそのまま眠っていたようだ。
13:30頃に看護師に肩を叩いて起こされ、検査及び処置の準備ができたので行きましょうか、と言われ、撮影・処置を行う部屋に移動をした。
検査着に着替えて、検査及び処置をするベッドに座り、喉用の麻酔薬を口に含んだまま点滴用のルート取りを眺めた。
麻酔薬を飲み込むように指示をされて、ベッドに横になりルートから鎮静剤が入っていく様を眺めながら、鼻チューブを出す場合は左側からお願いします、と伝えて返事をして頂いた所迄は覚えているが、いつの間にか落ちたようで、気付くと処置が終わっていた。
あれ?鼻からチューブが出ていない、と思いながら腹部を触るも、穴を開けてドレンチューブが出ている訳でもなく、あーステントか、と思いながらストレッチャーで引越し先のベッドを運ばれた。
看護師にお願いをして、バッグから携帯を出してもらい、妻に終わったよ、と報告しようと思いLINEを開くと、娘が相変わらずの調子で妻が憤慨している内容が送られてきていた。
娘よ、自重しろ、と思った。

看護師にステント留置ですか?、と尋ねると、そうみたいです、他に詳しい事はわかりません、今から3時間は安静にしていてください、トイレに行きたい場合もナースコールを押してください、と言われた。
妻には、簡易的なステントを入れたようだ、と報告をして、少しのやり取りの後に寝落ちしたようだ。
移動開始から部屋に戻るまでの時間は1.5h程だった。

17:50頃に内科の医師が来て説明を受けた。
胆道のカーブがきつくて、ドレンではずれる可能性がある為、取り急ぎ黄疸を解消する為にプラスチック製のステントを入れた。
翌日にカンファレンスを行い、今後どうするかを検討します、と言われた。

その後にブログを修正してブログ村の設定をいじっていたと思うのだが、記憶が曖昧過ぎる。
LINEを見ると妻とはやりとりをしていたようだが、私からの返信時間に開きがある。
一日中寝起きを繰り返していたので、麻酔が効いて眠っているのか?、と妻からの問に、私から20時頃、肝不全の心配が無くなり安心したようだ、このまま寝ます、と返信をして終わっていた。

1時頃に足の先から首元まで虫が這いずりまわるような痒みで目が覚めた。
今迄で最高の痒みだったorz
特にマイサム自身というかゴールデンボール周辺の痒みが。。。どうにもできないジレンマwwwwwww溜まっている筈は無いのだが(・∀・)ニヤニヤ
タイミングよく巡回時間が重なってベッドを訪れた看護師に、トイレの付き添いと、薬の服用許可をお願いした。
同室の方達から発せられる、痛い、熱い、眠れない、熱がまた上がった、お腹が張って苦しい等の言葉を聞く度に体のどこかが痒くなり、ヘッドフォンをしてお気に入りの音楽を聞きながら眠った。


9/2
体温・朝35.8夜36.4、血圧・朝104/68夜121/74。
6時起床。
黄疸が酷くなるにつれて感じていた、ヘソから指2本分の高さ・背中右側中心部分の奥から押し出すような鈍痛が無くなっていた。
その代わりに、腹部から喉元まで細い異物で押されているような感覚がある。

看護師の朝の巡回に時に話していると、差額無しのベッド移動へある事と、新任の内科医が、がん研で採用していない化学療法をしている私を煙たがっている事を知った。
消化しきれなかったので、統括している責任のある立場の方に意見を伺った。
結果:貴方の主治医は外科医、気にしないでスルーしてください。担当医とよく話し合い事情説明に伺わせます。
#宇宙にたった一つの受精卵からできた命を蔑ろにする軽率な発言は控えろ、と言いたい。

10時に部屋移動をした後に、ビカネイト輸液の投与を開始。
同時に採血結果が出て食事制限解除となった。
結果は上々。
どうよ、この回復力!!

その足でコンビニに行き、ゆかりと手巻寿司を購入してベッドに戻った。
その後に外科医が二人来て問診をされ、昼食が運ばれて来るまで座ったまま眠っていた。
折角買った、ゆかりを使う隙間も無かったΣΣ(゚д゚lll)ズガーン!!
完食!!

昼食後も座ったまま眠り続け、14時30分頃に点滴が終わりルートを外してもらい、一時の自由を味わう為に散歩の許可を貰って、ワシントンホテル方向に歩いた。
デイリーに売っているカニ竹輪を味わい、ビッグサイトから歩いてくる人を眺めつつ、太陽の光で体を消毒した。
太陽が暖かくて眩しくてとても心地が良かった。
写っているビル1階の
サイゼのドリアを食べてみたい。
竹輪(゚д゚)ウマー

17:10に主治医が来て、今後の治療方針について話し合いをした。
#主治医とは基本的に定期的なCT撮影と診断結果を伝えられる時以外は関わっていない。
画像上で明らかに大きな異常・異質?は認められないが、極めて大きな問題が起きている事は間違いない。
問題が生じた部位に対して先手を打って治療をしていたと受け止めているが、◯◯さんが、どこまで原因追求をしたいか、どのように解決をしたいかを汲み取ってカンファレンスを行いたい、と言われた。
大まかに述べると2つの課題に分けられるが、この会話には朝の衝突の問題も含まれているものだった。
私はこれに対し、好んでエビデンスの存在しない化学療法を受けている訳ではなく、許可を得た上で治療をして経過観察をして頂いている。
リスクは全て自分で受け止めて消化しているが、今後は内科医とどのように接する事が望ましいのか知りたい。
使う薬は尽く耐性が付いていき、結果は腫瘍マーカーと体調に反映されている。
まずは、どこにどのような問題があるのか、解決するアプローチ策があるのか知りたいが、処置した結果から想像はつくので無理は言わない。
と伝えた。

その後は、夕食までLINEやメール等の返信・ブログ綴り・投稿されたコメントを読んだりして、夕食後に看護師の巡回に応じた。
芋のレモン煮がなかなか美味しかった。
味噌汁がぬるい!!おじいちゃんみたいw
完食!!
今回はよほど美味しそうな物が無い限りはお任せをする。
何でも食べられるか実験中成。

20:30頃に主治医が病室に来て、21:15頃まで別室で話した。
貴方は知識があり、何事も受け止められる方と思うので、今回の黄疸に限った意見を率直に言います、と前置きをされて、貴方のような患者をたくさん見てきたが、再発をして根治を目指す外科的切除適応者は数万人に一人しかおらず、現状ではバイパス程度の姑息的治療しかできない。
無理に外科的切除をしても悪い結果を招く可能性のほうが高い。
新任の内科医と関係性を深めて、今後の治療方針を決めた方が良いと思う、と言われた。
今付き合っている病院での積極的な治療を捨てて、緩和及び姑息的治療に励め、という事ですか?、と質問をすると、そういう訳では無く、内科医と密になるべきだと思う、という何とも的を得ない返事をされた。
他にも色々と話したが、私は今の関係性を望ましく思っている・何故に別の病院でエビデンスの無い化療をしているか、今迄の経緯を含めて建設的な話ができるように内科医と再度カンファレンスを行い、3歳に満たない子供を抱えている事を踏まえて、今後どうするべきか明確に教えてください、お手数をお掛けしますが宜しくお願いします、と言って話が終わった。
日本最古の専門病院の歴史を誇り、ある程度の自由がある病院でこの有り様。
この横の繋がりの無さ、医者独特の縦割り感、簡単に言うとチグハグ感、全てに疑問を感じた時間だった。
異動時期のポジションを守る為であれば、患者に支離滅裂と思われても良いというスタンスなのか?
よくわかんねー(;´Д`)
結果:現状は打つ手無く、化学療法頼みとなった。

先行きは不透明だが不安感は無く、恐怖は常に無知から生じる、を実感している。
振り子の原理で、悪い方向に振れた後には、必ず良い方向にも触れる。
再度、数%入りを果たせばいいだけの話だ。

感謝すべき方は沢山いるけれど事始めに、私が不安にならないように一日中気を掛けてくれる妻へ心から感謝する。
医療従事者のくだらない縦割り社会に振り回され、人間の尊厳を守る基本姿勢すら見受けられず、幾度も暗礁に乗り上げてきたが、私は今回も乗り越える、多分。
私は何事にも屈する事無く、自分が納得する勝利は自分で掴む、気でいる。
泥船に乗った気分でいて欲しい。
約束できる事は、途中で投げだなさい・諦めない・自分に負けない。
今はこれだけしか言えない、以上。

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/LA・LA・LA LOVE SONG - 久保田利伸 with Bank Band LIVE 歌詞

2014年8月31日日曜日

入院前夜から入院迄 - 無事に収監された@黄疸・入院1日目

昨夜は兼ねてからの約束で、退社された方の人生相談?と食事に行った。
何度かお誘いはあったものの、体調不良や予定が合わずお流れになり、約1年半振りに再会した。
相談内容は相変わらずのオイタ好きの賜物?wだったが、何かあればバックアップしますから大丈夫ですよ、と伝えて、鶏肉専門の飲食店で互いの現状報告等をしながら、お付き合いでコップに1mm位サワーを入れて作ってもらったシークワーサーサワーを片手にモリモリ食べて話が弾んだ。

途中でブログの存在を知らない筈の友人から連絡があり、ブログ見たんすけど今から出てこれないすか?、と言われた。
先約があるので終わってからでも良ければ、と伝えると、わかりました、どこに居ますか?、と言われて答えると、◯◯◯◯に適当に来てください。場所取りしておきます、と言われた。
そのままカラオケまで付き合い退院したらオイタをして遊びましょう、と約束をして解散した後に、指定場所に行くと、
都内某所
悪友達が集まっていた。
入店をしてすぐに名前を叫ばれたので動画撮影中止。



悪友の一人の女性へ、近況報告代わりにブログの存在を知らせていたのだが、女性らしい気を利かせた????お喋りで、共通の交友関係にある者達へスピーカーをしていた事が判明した。
私は交友関係が幅広い事が誇りというか自慢でもあり、当日集まってくれた人は、本職・芸術系の職種・彫師・かつてのDJ仲間・クラブ遊び仲間・生粋のジャンキーと、救い様がない駄目な大人達が集まっていた。といっても、ある意味で私も仲間なのだが(;´Д`)
結婚してからもチョイチョイ付き合いはしていたものの、娘が生まれてからは疎遠になっていき、LINE・メール、たまにイベントのお誘いで連絡を取る程度になっていた。
しかし、皆は私のブログを見続けていたようで、挨拶をしてカウンターに座ると、マイクを持ったDJ仲間が、○○さんの明日からのお務めを祝してウェーイ!!、と乱痴気騒ぎが始まった/(^o^)\
最初は15人程だったのに、気付くと40人程に増えていて、箱はパンパンになっていた。
#過去に仲間内で最も害の無い者に妻を会わせた事がある。
衝突を避けて誰にでも愛嬌を振りまき初対面の人には高評価をされる事の多い彼女が、ドン引きして固まっていた程の異端ぶり。(今ではあの男の子可愛いと言ってうつつを抜かしているが。)

爆音の中で皆と挨拶や互いの近況報告をしていると、久し振りにブースに立った兄貴を見たいコールで、先に回していた人に挨拶を交わし、サポートをお願いして、私の好みとは違う音楽ファイルを漁り目星を付けて、原始的な本能に響くような選曲をして1時間近く遊ばせてもらった。
#動画は友人が撮影、音楽に合わせて縦揺れしている。
手元を写してくれと言ったのに、光が上手く当たる所に立たなかったせいで何が何だかわからない。
実名を呼ばれまくリングで、この程度しかうpできる動画が無かったorz
#別アングルから上がり状態を撮影してもらった。
自分のチョイスとプレイでAGEAGEになるのは嬉しい。

本職から銀座の店を開けて待たせているから行こう、と誘われたが、数時間後に入院するから勘弁してよw妻に怒られるよ、と言うと、丸くなったなー、と残念そうに言われ、皆に帰るね、と挨拶をすると、お務めご苦労様です!!、と皆に敬礼と握手をしてもらい、T君にベロチューをされてやっと開放してもらえた?w
外に出ると新聞配達のバイクがブイブイ言わせていた。
集まってくれた、みなさんありがとー。
超楽しかった。

私はもう33歳だけど、まだ33歳で、普通にその辺にいる一般男性。
先が見えているからこそ、私だって遊びたい・飲みたい・踊りたい・仕事で目標を達成したい。
何も考えないで息抜きすればいいじゃん?、と言ってくれた君達に感謝する。
私の周囲は、お前は仙人になれ、とでも言うような、無茶ぶりをする方達ばかりなので救われたよw
お酒は一滴も飲めなかったけれど、33歳を皆と楽しめて良かった!!出所したら大箱で遊ぼう!!!ウェーイ!!
赤目でグリグリながらも55分遅れで無事に収監されました!!
目の前に酒があっても飲めないとはorz
カシスオレンジのカシス抜き、カルーアミルクのカルーア抜きを飲んだw
本当かって?
採血結果が全てを語っている。
フィリピン産?
トウモロコシをガーリックで炒ってあるもので美味しい。
お土産に開封済みの物をもらったw
わっぱ回されました(;´Д`)
シャワー等様に、すぐ外せるようにユルユルにしてもらっている。
写真で見ると明らかに肌が黄色い。。。。。。。
近い将来に娘がこの文章を見て悲観するかもしれない。
しかし、これが父であり私であり私の好きな漢の姿だ。
私は真面目君な良い子ちゃんが大嫌いなんでね。
ただし、私と同じようなタイプの男には近付かないように(‘A`)y-~
君を真っ直ぐに見てくれる男であれば、頭が回らなくてもお金がなくても良い。
君が足りないものを補えばいいだけの単純な話だ。
妻と義母には逆らえない駄目親父より。


泥棒のように家の鍵を開けて、ゆっくりと静かに侵入した。
妻は何も言わず迎えてくれた。
腹が空いていて食べ過ぎたせいか、肝臓付近が腫れているように感じた為、ルルドでマッサージをしたのだが、そのままソファーで寝てしまったようだ。
寝心地が悪くて娘の隣に移動をして横になり、1時間近く彼女を眺めていたと思う。
背中とお腹が痛み出したので丸まっていると、妻が寝ぼけながらか不明だが背中をグイグイと押してマッサージをしてくれた。
ありがとう、と言った後の記憶がないので寝落ちしたのだろう。
2時間程眠っただろうか、黄疸の痒みというのか、体の中を何かが這いずりまわる様な気持ちが悪い痒みで目が覚めて、丸くなりウンウン唸っていると娘が起動した。
◯◯ち、いたー。と言った後に、再度スリープモードに入った。
帰宅する迄の自分を振り返って、駄目親父過ぎて申し訳なかったorz

その後、妻が起床して、入院が決まった日にお願いをしていた、すき焼きを作ってくれた。
私が半分近く食べたように思う。
4人用位の土鍋の筈だが、食欲があり過ぎる(;´Д`)
野菜は下に沈んでいる。
糸コンと葛切りは、娘と私の好物。

昨夜から娘は違和感を感じていて、朝から落ち着かず私が行く所について周り、寝室のベッドに腰を掛けてシャツを畳んでいると隣に座って、◯◯ちいなくなるのさみしいよー、と行って私を撃沈させた。
抱きしめて、頬や手の甲にたくさん口付けをして、ママ達のお話と言う事をちゃんと聞くんだよ、◯◯ちが帰るまでに、アレとコレができるようになっておいてね、と言うと、わかった!!、と力強く返事をしてくれた。
粗方済ませていた入院用の一式を鞄に詰めて、外出する妻の身繕いが終るのを待った。
妻にシャツが無いと言うと、自分であそこに置いたじゃないと怒られ、今日か明日にお見舞いにいくからと言われたので、迷惑だから来なくて良い、と言うと、妻にそんな性格だから病気になるのよ、ダンボール捨てて行って、と言われてヽ(`Д´)ノプンプンしながら出発した。

新橋乗り換えでゆりかもめ線を目指しながら、病院に到着してお茶をする為の友として三軒巡ってシュークリームを買った。
ゆりかもめ線は台場付近まで激混みで、ヘッドフォンを付けて周囲の音をシャットアウトした。
念願叶ってゆりかもめ線の先頭に乗ることができたw
11時迄に来院するように、と入院手続き書に記載されてた。
用意が遅かった妻のせい?
いや、私が新橋でオヤツを迷ったせいだ(;´Д`)
病院に着いて病棟の受付に着いて挨拶をすると、お帰りなさい、と迎えられた。
ただいま宜しくね、と言って個室へ案内をされたが、お気に入りの看護師が異動をしていて、お気に入りの医師が退職した事を知った。
後者は風の噂で聞いていたが、前者はorz過ぎる。
今回の担当は、膵臓の手術をした時に、お気に入りの看護師の弟子としてついてまわっていた方で、始めての採血が私だった、という縁の深い女性。

今日と明日の説明を受けて、身長・体重・血圧(昼上121昼下74夜上128夜下81)・体温(昼夜36.7)を測定して、採血をするように言われています、と言われて血を盗られた。
お気に入りの看護師であれば、血を差し出した、の表現になるのに。ギギギギギ
個室良いでしょう?、◯◯さんは個室の方がお似合いですよ、と小馬鹿にされたのか営業をされたのかよくわからなかった。
個室は高いけれど、集団生活及び行動が大の苦手な私には最高だ。
余計な音が殆ど聞こえず、誰も室内の空気を乱さない。
退院まで特別措置扱いをして、この部屋に置いてくれないかな(;´Д`)
というか、電動ベッド最高!!!!!!!意味も無く動かして遊んだ。

昼食前に医師が部屋を訪れ、明日の処置及び検査についての説明を受けた。
その後に昼食。
酢飯が食べたくなりシーチキンマヨの手巻きをコンビニで購入した。
午後ティーストレートは私のお気に入り。

完食!
+
小腹が空いたので、おやつ代わりにコンビニで握り寿司を買って食べた。
昼食後に届いた採血結果。
回復を始めている。
生命力の強さ。

夜遊び何のそのwwwwwww
夕食。
完食!

今回は手術をしない限りは普通食との事なので、食事を用意する側の方の為に、メニュー一覧と日々の食事を掲載したいと思う。
黄疸の症状があっても、食事を摂れるのであれば通常食との事だ。
参考にされたし。
それと、今回は業務日報代わりにブログを更新します、と上司に伝えているので、病院食日記が始まるよー。
#9/1は絶食。9/2の昼食からリスタート予定。


明日は黄疸を解消する為の処置(ERCP+ENBD・ENPD)をする。
その後に黄疸が落ち着き次第、検査と並行してステント留置で終了か、再発していても切除できそうであれば胆管等を腸にバイパスをする手術と、他の部分も処置をすると思われる。
早ければ(結果が、1良い場合2悪い場合)10日程で退院、遅い場合は(転移したもの等を切れる場合)2ヶ月近くの入院となる。
前者の1良い場合は、現時点の大きな疑問点で、薬を服用したり何も処置をしていない割にCRPの数値が低い事。これが功を成す事を願う。
前者の2悪い場合は、3ヶ月~1年で死亡する事を念頭に置いて行動していく。
#期待薄だが化学療法が上手くいき、現状維持ができるのであれば、年齢的に2年位はいけるのか?
遅い場合は、地獄の日々に逆戻りして負のスパイラルに陥る可能性あり。
#摂食障害からの回復に半年は掛かると思われ、その間の体力不足で化学療法に耐えられない?

興味3/4、期待1/4。
鼻チューブは本気で嫌だが、栄養状態が良いので排泄した胆汁を飲まなくて良さそうな事は救いだ。
明日の検査結果が良い事を願う。
今日は娘が朝にBSで聞いていたAve Mariaで締める。
これはきっと何かの縁だ。
ora pro nobis peccatoribus…

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検査結果が良い事を願ってくださいorz


/Ave Maria - Tomás Luis de Victoria

2014年8月30日土曜日

黄疸の経過 - 夏の思い出

黄疸については、同病の方も参考になると思うので残しておく。

8/28も黄疸が引く事は無く、寝起きから脳症のような症状があった為、自力での回復は望めないと判断を下した。
9月は予定が詰まっているので、化学療法を第一優先にしてスケジュールを立てていたが、黄疸を解決しないと投薬はできないだろう、と思いながらも、化学療法を受けている病院へ電話をした。
黄疸が出ているが化学療法を受けられるか?、の問いに対し、解決してから来院するように言われた。
そのまま、がん研に電話をして消化器外来に回してもらい、事情を説明して電話で問診をされた。
今から来院できないか?、と言われたが、諸事情で無理、と言うと、担当医が手術中の為、確認を取って折り返す、と言われた。
40分位で折り返しの連絡があり、去年の手術前に丁寧なやり取りをしてくれた医師からの伝言を伝えられ、翌日できるだけ早く来るように言われ、腫瘍マーカーを含めた採血をお願いして電話を切った。

8/29
所要を済ませて、採血時間に合わせて病院へ向かった。
採血後に消化器外来受付付近に近付くと、看護師が私の名前を呼び歩いていた。
手を上げて合図をすると、大丈夫ですか?具合が悪いようでしたら別室へ案内しますが?、と言われたが、ここで待ちます、と伝えると、何かありましたらすぐに呼んでください、と言われて診察時間を待った。
どうやら医師が気を利かせてくれたようだった。
その後に別の看護師が来て、酸素・血圧・体温を測定して問診があった。
痛みについて聞かれたが、どこが痛いかわからない、今日は痛み止めを飲んでいない、と伝えて、服用している薬を説明すると(;´Д`)のような表情をされた。
同時に痛みレベルを示す表情マークのついた定規のようなものを出されて、どこですか?と聞かれ、わかりません、と率直に答えると再度(;´Д`)のような表情をされた。
わからないものはわからないのだから仕方が無い。
PCを触りながら本を読んで待っていると、予約時間を10分程過ぎた頃にPHSが鳴り、中待合室に入るとすぐに診察室に案内された。
地下Pに居ても呼び出しが届くようにしてくれば楽なのに。
外科の担当医に症状を伝えて近況報告をして、すぐに採血結果を印刷してもらった。
肝臓や胆嚢に関わる数値より先に腫瘍マーカーに目がいった。
腫瘍マーカーのCEAとCA19-9は、ビリルビン上昇と共に上る事もあると見た記憶があるので、化学療法で抑えこみ程度は出来ている事がわかった事が不幸中の幸いだ。
41-449 42-706 43-250 44-83 45-138
 



医師に飲酒が原因の可能性はあるか?、と確認をしたが飲酒が原因ではない、それ程に肝臓が弱っていれば、この程度の数値におさまらない、多分、肝不全で今頃入院している、と言われた。
OFF会の飲酒が原因であれば、家族の前から行方不明になって、ブログをそっ閉じする所だったぜwwwwwww
CTの予約を入れたり忙しそうな医師を尻目に、採血結果と睨めっこをしながら、問題箇所にマーキングをしていき、頭の中の引き出しを全開にして答えを探した。
肝門の周りに腫瘍が出来て胆管かリンパ節に転移?、等の良からぬ事ばかり考えた。
CTの予約が取れたのですぐに撮って来るように言われ、CT用の問診票と承諾書を渡されて看護師付き添いで移動をした。
画像診断?の受付に行き書類を提出し、中待合室に入るとすぐに呼ばれて撮影となった。
造影剤を入れる針を3回挿しなおして撮影が終わり、小腹が空いたのでコンビニに行こうと思った瞬間にPHSで外科医の元に戻るように指示をされた。

中待合室で待つこと15分。
診察室に通されると医師がCT結果をマウスでタイミングを変えながら見ていた。
立ったまま眺めていると、肝内の胆管がいきなり無くなった事に気付き、閉塞ですか?、と聞くと、肝内胆管の拡張と下部胆管閉塞だね、と言われた。
レポートは?、と聞くと、まだ上がってきていないようだ、と言われたが、ステント留置は避けられないと判断した。
ステント留置の他に切除できる部分があれば一緒にお願いできますか?、と聞くと、入院をして検査をして判断をしましょう。それにしても、肝臓に明らかな転移が無い方が不思議だ、ただ場所が場所だけに転移は覚悟しないとね、と言われて、他にも処置についてゴニョゴニョを話した。

いつから入院をすれば良いですか?、土曜日は夜に予定があるので、出来れば月曜日にお願いしたい、と伝えると、ビリルビン値が高いので肝不全が怖いが食事は採れているから気をつけて頂ければ月曜日でも良いかな?、君なら判断がつくでしょう、と言いながら、ステント留置の処置を出来る日がいつか内科の医師に確認をとり始めた。
結果、内科の都合を優先して、月曜日のステント留置、日曜日入院と決まった。
病室はどうする?、と聞かれて、0円ベッドでお願いします、と言ったが、結局空き部屋が無く、くいさがったものの個室に入る事になった。一泊3万円也。
高すぎるぜ。
娘に絵本を何冊買えるんだ。
その辺の洒落たホテルに泊まれる金額だから、がん研付近のホテルから通院したい位だ(;´Д`)

その後に入院申し込みを済ませて、画像診断のレポートと院内処方でアタラックスを貰い、会社に立ち寄って上司に報告をして連帯保証人欄に記入をして頂いた。
珍しく揚げ物を食べたいと体が欲したので、てんやでがっつり食べて帰宅した。
まだ今の所はグレーだ!!!!!!!


7月下旬頃から体力・気力が回復を始め、同時に去年の手術後から抱えていた酷い下痢も通常の内服薬でコントロールできるようになり、下痢止めとして処方されていた麻薬のアヘンチンキの服用をやめた。
手術後から胆汁のコントロールが上手くできておらず胆汁と胃液の嘔吐を繰り返していたが、数カ所の病院で解決策を探るもこれといった手は無く、ステントを留置する位しか答えがみつからなかった。
アヘンチンキと嘔吐でコントロールができて、一般食を摂れているのであれば急を要す事ではないと判断をしていた。
8月に移り、排便に関してはアヘンチンキの服用が完全に必要が無くなり、下痢は続いているものの、以前のように食べてすぐ排泄するような事は無くなりサイクルができていた。
反して、アヘンチンキの服用をやめると同時に、黄疸の症状が出始めていたが数日で症状が治まるを繰り返していた。
近い内に大きな岐路に立たされそうだ、と感じていた矢先にこれだ。
食事も少しずつ摂取量が増え始め、8月半ばには同年代の男性程は食べられる事ができるようになり、歩く速度も人並みに戻って、やる気満々になったばかりだったのに。。。。。。。
希望の光が見えたと思ったら、また暗いトンネルに再突入だ。
うまくいかねー、はーorz

私は病気を患ってから、持ち前の情報収集力で国内外問わず、自分が対応できる言語であれば、胆膵に関わる治療と軌跡を調べてきた。
世の中には知らなければ良い事もあるというが、私は知りすぎてしまったが故に自分の置かれた状況がどのようなものかわかっているつもりだ。
満塁逆転ホームランを打てるような、幸運に恵まれた人間であれば、このような病を患う事も無かっただろう。
しかし、最後まで希望を捨てず、これからの一連が少しでも良い方向に転ぶ事を願うばかりだ。
体力低下後に、黄疸症状が出て手出しができに状態に陥らなかっただでも儲けものだ。


28日の夜、体中が痛み、痒みと普段の3/4程しか回らない頭で考え事をしながら横になっていると、もう休みたい、と口に出してしまった。
病気を患らった事で、事ある毎に妻に対して言い訳をしているように感じる面もあって、治療内容や心境はブログを通してしか伝えていないに等しい。
私の口から出たこの言葉が、どれだけ彼女を傷付けて不安にさせただろうか、と思っていたが、翌日の病院リアルレポのやり取りではいつもの感じだった。30日にはゴミ捨てに行けと怒られたりと、全く心配無用だw
といっても、彼女の真意を他人の私が汲み取る事はできない。
お互い大人なのだから、今後も自己責任の上で生活を送っていこうと思う。
KY妻対私の攻防戦。


もう少しで夏が終る。
来年も娘とセミの鳴き声を聞いて、セミの抜け殻を拾って彼女につけてからかったり、一緒に花火を見る事ができるように最善を尽くしたい。
下記は夏の思い出の一コマ。
とても不安そうな表情をしているが、後に彼女にとって良い思い出になったようだ。
超穴場・水上の花火大会。
開場と同時に駐車場に入れば、車の中からでも間近に花火を見ることができる。
会場から1
50m程先で打ち上げているのだろうか。
人が少ない割に、花火の打上数が多い。
販売している飲食物も衛生的。
in8/16
なつこさんの前にずっと陣取っていた。
握手をしてもらったり、アナと雪の女王の歌を目の前で聞けてご満悦。
二人で歩いていて、また来ようね、と娘に言われたが、私が半泣きで答えないでいると、大丈夫よ、と言って私のズボンをぎゅっと掴んでいた。
二人で水風船を取ったり夏祭りを楽しみ、良い思い出になった。
甥っ子君も楽しんでいたようでよかった。

kさん、ありがとうございました。

今年、花火を見に行く事ができなかった人にお裾分け。
スマホ動画なので画質が悪し。多分、PCからのみ観覧可能。
た~まや~。




娘だけには弱音を吐き続ける情けない駄目親父だが、今迄通り、大丈夫よ、と言い続けてもらい、寝る前は頭や顎を撫で続けてもらえるように、自分の頭と信頼した医療従事者達に身を委ねたいと思う。
何度目かわからないが、無感動の領域に突入して内面的な死滅が再度始まりそうだ。
無関心且つ無感覚になり私自身が体と心を分離する事で、以前と同じようにゲーム感覚でストイックに治療に励み、仕事も感情抜きで淡々と目標をクリアしていこうとするだろう。

人間に戻りたい、と常々思っていたが、私にはその権利すら無いようだ。
上等だ。
心と体と病の三つ巴の勝負、この馬鹿頭で受けてたとうではないか(‘A`)y-~

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検査結果が良い事を願ってくださいorz


/GREAT3 - モナリザ 歌詞