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2014年12月4日木曜日

狂乱怒涛+余命@しかし心は救われた

体調は乱高下を続けている。
現在抱えている大きな問題は、心臓・高熱(37-40)・胆管炎・胆管炎・骨転移??からくる激痛だ。
前回の更新時はドレナージをする予定だったが、体調を見て見送る事になった。
少し調子が良いと思っていると、あっという間に体調が悪くなり、動けなくなって悶絶する日々を繰り返している。
高血糖はすっかり安定して、私の予想が的中する結果となった。
食事のせいかもしれないと疑っていた医師達は残念だったね。
自分を客観視する大切さがよくわかった2ヶ月だった。
辛かったけれど、とても良い経験をした。
フルコントロール。

12/01の夕方に体が硬直して動けなくなってしまい、同時に経験した事が無い激痛に襲われた。
痛みと硬直でキョンシーのような姿勢のまま横にされて、心拍計等の様々な機器を取り付けてモニターをされながら、症状が収まる30分近くの間を観察された。
医師は心臓を疑ったが、即時行った採血と心拍等のモニターの結果、早々に心臓の懸念は除外された。
十二指腸より少し上辺りが原因の激痛が続いている為、フェンタニルの持続点滴を継続しているのでシバリングも疑ったが、自分で採血結果を見ながら除外診断をすると胆管炎・膵炎の疑いが強いと思った。
12/03・04と同じ症状が出た。
背中右側の一部にギュッと締付けを感じた後に、多汗・硬直・激痛とコンビネーションでいたぶられたが、5分ほどで収まったものの、両日とも痛みのせいで嘔吐した。
現時点で原因不明。
医師は骨転移を疑っているようだ。
今回は私自身も答えに辿り着けていない。
この問題を抱え始めての採血結果は下記になる。


12/2に漢方サポート科と内科の診察を受けた。
漢方サポート科の医師は、医師と患者は情報を共有するべきだ、という素晴らしい概念を持っているので、外科医達が見せてくれないデータを惜しみなく時間も気にせず見せてくれて写真をバシバシ撮らせてくれて、欲しいデータは全て印刷してくれた。
私の質問にも心地良く答えてくれた。
退院が決まり次第、外来予約を入れて早急に来るように、と言われて診察が終わった。
今回、手術をして取り払った部分等もインパクトがあったが、バイパス手術を行った時の写真は参考になると思うので、もっと読む、に残しておく。
#
私の内蔵の画像なので見たくない人はこの時点で閉じるように。
人のブログを勝手に読んで、値踏・妄想をしている下衆イ輩がいるようだ。
私と妻も知らない我が家の内情を知っているそうなので怖いのですけれどwwwwwww
愛の無い人にこのブログは読まれたくないね。
何か言いたい事があれば直接私の居る場所に来る事。

内科では私が質問責めする形になったが、患者に寄り添ってくれる医師なので真剣に応じてくれた。
今後の治療予定や希望を伝えて、緩和ケア等の話の終わりに余命についての話題が出た。
私の状態であれば普通はもう何も手出しできず見守る段階かもしれない、と前置きをされて、平均的な数値として、今をスタートとして約三ヶ月、貴方は今後も積極的な治療をすると言っているので一年を目標として良いかもしれない、できる事を一緒に頑張ろう、と言われた。
多目に見積もってくれるもんだなー、と思いながら聞いていたが、一年しかないのか、と思う反面、後一年もあるのか、という思いもあり、黙っていると、また病室に行くので今後の治療は都度考えていきましょう、と診察が終わり、複雑な心境で診察室を後にした。
病室まで歩きながら、来月の誕生日で34歳は迎えられそうなので、次は34歳6ヶ月を目指すと決めた。
頭では理解しているけれど、連日の体調不良で滅多打ちにされていた私は、夜に妻にたいしておうちに帰りたいとlineを送った。妻の反応は相変わらず微妙にずれたもので、平常運転の彼女に少し救われ再度頑張ろうと思えた。
まー、私であれば何とかするでしょう('A`)y-~
たぶん。


【食事について】
一回目の術後3日目から3分粥が始まった。
今の食事は5分粥食を更に半分にした量になった。
最初は3分粥(汁食)の1品か2品を良く噛み飲んで腹一杯になっていたが、今では5分粥全品を半分にしてしてもらって一日一回食べきれる程度にはなった。
3分粥食時は味気無くて食欲はなかったが、5分粥食に変わってからは少しずつ食欲が湧き食事時間が楽しみになってきた。
依然、胃と十二指腸間は狭窄しているようで、食後に体を傾けると胃と腸をバイパスした所でゴボゴボという音を立てながら流れていく。
入院前の約1ヶ月は口に入れた物から栄養分を吸い取っては嘔吐をする生活をしていた為か、今の状況ですら有り難い。
取り掛かりは胃の限界値がわからず、食べては吐いてを繰り返していたが、一日二食程度で腹に溜まってきた、と感じる前にストップすれば嘔吐する事はなくなった。
#
日々の体調変化への対応が精一杯で、なかなかお食事日記まで辿りつけない。
食事内容を参考にしている方もいると思う。
写真は撮りためているので後日うpする。


今時点では退院の目処が立っておらず、退院をする条件は下記になる。
1,食事を摂れるようになる事。
上記については、食事量は少ないが慣れの問題である為にクリア目前とする。
2,CL等を安定させて心臓をコントロールする事。
上記については、アーガメイトや内服薬で落ち着かせられると思うのでクリア目前とする。
超まずい。ねるねるねるねを10個位まとめて食べている感じ。
3,採血結果を見てわかる通り、胆・肝を落ち着かせる事。
4,痛みをコントロールする事。
上記については、骨転移・胆管炎なのかはっきりすれば今後どうするべきか枠組みを作っていける。
前者の場合は化学療法や外科任せとなるが、後者の場合は今抱えている問題を繰り返していては落ち着かない。原因を突き止めて数値を安定させて、退院後にすぐ化学療法で抑え込みに入ればもう少し見通しは明るくなると思われる。
原因を突き止める為には、内視鏡でステント部分等を探りにいかねばならないが、術後で胃が落ちつていない事・狭窄がどうなっているか次第になるので、私自身の独自の視点からもアタックしていかねばならない。

今回の入院で医師と看護師と私の距離が縮まった。
緩和・積極的な治療のバランスをうまくとり、少しでもQOLの良い状態が続くように皆で支援してくれる、と多数の方に言われた。
皆さん、自分の仕事に誇りを持ったプロフェッショナルで格好が良い。
癌に対しての治療は他の病院に負けない、という力強い言葉が心地よかった。


詳細は省くがブログを通じて知り合った方が2名、12/03にピンパルさんが再度見舞いにきてくれた。
写真を残しておく。
具合が悪くなってしまい、ピンパルさんを急遽帰してしまったので写真は後日に撮りたい。
MKさんとの会話で残しておきたい事があるので、これについては後日改めて更新する。
女性は遠慮をしないでプレゼントを持ってバンバン来てくださいねwwwwwww
男は面倒だから来ないでください。というか、来るな。
12/01 MKさん お会いしたのは3回目。
お見舞いの品・娘へのプレゼント等、ありがとうございました。
12/02 密会者 初回の手術時にお会いした方で2回目。
娘へのプレゼントありがとうございました。


話はガラっと変わるが、12/03夜に前回更新時のコメントを読んだ大目玉さんから電話が掛かってきた。
第一声が50万用意したぜ。
テラ格好良いっすwwwwwww
私は軽い冗談のつもりで書いた事と、大目玉さん出版まで辿り着いただけで充分です、そもそも以前お会いした時に寄付金にしようと話したではないか、と説明したが、約束は約束だから、と言ってくれて引き下がりそうになかった。
お言葉に甘えて、私は乞食では無いのでお金は頂けない、代わりに記念品を買って頂いて宜しいですか?、と答ると、勿論と快諾してくれた。
今後の事等も話したが、一番胸に響いた言葉は、今のhd君に言うのは適切ではない事は百も承知だけれど、本当なら飲みたかったよ、頑張れ、と言って頂いた事だ。
酒を再度飲みかわせるように懸命に治療に取り組みます。

御礼に今できる事を。
赤字過ぎるそうなので、大目玉さんの格好良い行動を讃え、一冊ポチッとお願いします。
闘病するにあたり大切な情報の一つは、心構えというか、壁にぶち当たった時のバックボーンだと私は思います。こればかりは経験しないと残せないからね。
格好をつけず(多分w)ありのままを記している、数少ない参考書の一つです。



1月に再開する事を約束した。
何をプレゼントして頂くかは、お会いする時のレポートで明かす。
その時は私に驚きと感動を与えてくれた、もう一名の格好良い人のエピソードを交えて更新する。
生きてるだけで丸儲けとはこのような事をいうのでしょか???????wwwwwww
お楽しみに!!!!!!!引っ張るよーwwwwwww

どうしようもない救いの無い数日を過ごしていて、心と体がボロボロの3日の午前中にトドメを刺された日だっただけに、私はとても幸せを感じでいます。
本当にありがとう。

遠くの親戚より近くの他人を痛感した。
ブログ冥利に尽きる(TдT)
#

約束を守る事よりも、自分の口から発した事をやり遂げなければ嘘吐き以下の外道だ。
できない事なら端から言うべきではない。
自分を騙して逃げるような人生に価値無し。


3歳になる娘の誕生日を祝う為に5日から2泊3日の外泊をする。
gdgdの状態且つ点滴をしたままの行動、はじめてのお使いのようでドキドキだ(;´Д`)
CLがこのまま下がらないようであれば、外出しても心肺停止の恐れがあるようなので、明日の採血結果で数値が改善されていなければ外泊ができない。
今後の事を考えてポート留置を検討しているが、外泊までには処置が間に合わず、取り急ぎ腕と別の場所にも皮下に針をさして持続的に点滴を続ける処置を行った。娘さんの誕生日との事なので、できるだけ帰宅できるように協力したい、と申し出てくれたので、多少数値が悪くても今回は外泊させてくれると思うが、救急車で病院に帰還する事が無いように願う。しっかり税金は収めてきた、というか今も収めているので、救急車をタクシー代わりに使いたいくらいだぜ('A`)y-~
ペペローションローターを肌身離さず持ち歩く変態の図。
乳首は見ちゃやーよ(>_<)


#

ブログを頻繁に更新する事は手間なので、これからもっと時間を大切にする為にブログ用twitterを始める事にした。
https://twitter.com/______hd_______ hdの前後はアンダーバーが7個ずつ。
twitter内容は自己紹介通りの内容だが、blogreadersと今を共有し合いたい思いが強くなり、ブログ用twitterを始めようと思ったので、興味のある方はフォローかブックマークをお願いします。
基本的にこちらからは、気が向いた時にしかフォロー・返信はしないのであしからずw
#どこかで暇になると、**にいるのでヤラナイカ発言をするかもしれません('A`)y-~


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2014年11月30日日曜日

銷魂@終わりの始まりだったのか

前回の2度目の手術時から体調が優れず、何度も心拍数が下がり死にかけた。
そして、前回の更新時に述べた痒みは、黄疸の症状のように感じていたが間違いないようだ。
酷い黄疸のかゆみを経験した者にしかわからない事だが、正に体中を虫が這いずり回るような症状で、かゆみを通り越して苦痛になり、脳や神経付近に達した時点で発狂しそうになる。
私は我慢強い方だと思うが、全身麻酔で意識を落とすか殺してくれ、と無意識で叫んだそうだ。

昨夜、心筋梗塞のような症状が出た後に、私は死にそうになった。
死を目前に迎えた人が、耐えられない苦痛と緩和の麻薬を味わった後に、凄く幸せそうな表情を浮かべた、という記述をよく見かけたが、自分がそれをこんなに早く味わうとは思わなかった。
当初はフェンタニルの使いすぎで筋肉が緊張した程度だと思っていたが、体が硬直して手足は冷えきり、体中の悪い箇所が全快で痛みを発した。
同時に看護師達は心拍計をつけて、移動式にレントゲン車が来て撮影をし、医師達が様々な処置をしてくれ、耐えろ・頑張れ、という言葉を聞きながら、心拍数が下がっていき体があり得ない早さで硬直をした。
その後はよく覚えていないが、体がバウンドして気付いた時にはフェンタニル等でキマリまくった多幸感一杯のお花畑状態で目が覚めた。
前日と今日の採血結果を比較してわかるように体調は激変した。

11/29
11/30-1
11/30-2


今日はマンモグラフィだけとなったが、どうやらステントを入れた部分が膨張して胆管が詰まっているようだ。
胆管周辺の腫瘍が動脈を圧迫して、弱りきった心臓に悪さを起こしているのかもしれない、という所が今の所見だ。
明日も採血をして改善されないようであれば、閉塞気味の十二指腸からはアクセスできない為、横っ腹に穴を開けて胆汁をドレナージする処置をする予定だ。
これにより大幅に改善されるとは毛頭思わない。
今回入院した目的の一つとしてあった、肝臓付近の主要切除及び胆管のバイパスが成し得なかった事が全ての原因だろう。

このブログを読む人達に私がどれ程の知識を持ち、どのような気持ちで今迄耐えてきたかは想像できないだろう。

私はいつだかに、私は知りすぎた、という言葉を残した。
それは、医学書での勉強、医者友達との意見交換、学会の出席、google先生、同病者や似た病気の方々の軌跡を辿ってきたからこそ、医師と対等に話す事ができて、多少のゴリ押しや駆け引きがあったものの、双方納得した上で治療に取り組む事ができた。
希望等といった甘いものは端から眼中に無く、中途半端な絶望という物が先立った賜物だろう。
これにより怖いもの知らずになり、今迄何だってひるむ事なく、ある意味で楽しんで挑戦できてきた。

化学療法で使える薬がなくなり、今回の入院で私は勝負に出た。
この勝負は私に希望を与えかけた。
絶望しかしらない者が希望を掴みかけた時に、奈落の底へ突き落とされる今は、希望を失う恐怖感が強くなってきた。
何でこう思ったのかタイプしながら考えているが、単純に自分の身体が危険を察知しているのだろう。

私が大嫌いな運任せになるが、ここから這い上がる術はまだ幾つかある。
誰にも結果はわからないが、諦めたらそこでお終いだ。
よって私は諦める事はしない。
今回の絶望・恐怖感・希望等も人間らしくていいじゃない、と思う余裕がまだある。
時間が経つにつれて心が落ち着き、悔しい・何でだ!、という思いが募る。
何度失敗しても心臓が動く限りは、何度でも立ち上がって刃向かい続けるぜ('A`)y-~
上等だYO!!!!!!!


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2014年9月17日水曜日

てー!!@黄疸・退院17日目

9/17
6時起床。
体温35.5、血圧測定無し。
看護師と内科医の巡回に応じて、朝食の後にシャワーを浴びた。
食パン一枚とはんぺんを食べた。
ヨーグルト一気飲み。
帰り支度を早々に終えて、請求書が届くまで時間があったので、普段着に着替えて散歩をした。

部屋に戻ると師長が請求書を持参してくれた。
今回も無理を言ってすみませんでした、等と謝辞を述べて10分程話した。
いつでもいらしてください、可愛い奥様に宜しく、と言われた。
看護師に挨拶をしようとしたが、ミーティングをしていたので会釈だけして、早々に精算を済ませて病院の外に出た。
会社に向かおうとするも、体が重く背中も痛む為、様子を見て出社します、と伝えて、娘に土産を買って帰る事にした。
自宅最寄りの店舗に足を運んだ。
マッサージで体をほぐしてもらい、ココ壱で昼食を済ませて帰宅した。

重い荷物に疲れて((((;゚Д゚))))ガクガクブルブル しながら自宅に戻ると、娘が一目散に駆け寄ってきた。
家に入りなよ!、怖いのか-?、と言われた。
視線は私がぶら下げていた小袋に定まり続けていた。
中身が何か知りたくてたまらないようだった。
チョコだよ、と言うと、もう誰も彼女を止める事はできない。
袋から出してもらい目の前に箱を置いて陣取り、開けてくれ、と騒ぎ始めた。
開けてあげると喜びの声を発した。
ハート型のプレーンチョコを一口で食べた(;´Д`)
口の中一杯にチョコが入っている為か、物凄い笑顔で幸せそうだった。
真剣に味わい舌鼓を打つ様は小娘に見えなかった。
ハートのチョコレート3個とトリュフを一日掛けて食べた。
最高に至福の刻を過ごした事だろう。
一日見ていても飽きない。
可愛い。

その後、腰と背中辺りに激痛が走って、腰が抜けたような状態になってしまった。
横になる準備をしてもらい、久々に横になった低反発マットの寝心地に、気持ちいい、と声が出た。
背筋が無くなった上に、膵液漏れの炎症らしき症状も加算されて、自宅内の移動もままならない。
回復と体力増加のペースより、何かしらの症状で体力が落ちていくペースの方が早くなってきた。
排便のタイミングがおかしくなった為、アヘンチンキを少し飲みながら修正する事にした。
胃薬はアコファイドを毎食前に追加した。
業務??日報終わり。

来週中に化学療法で通院している病院を訪ねる予定。
予定が大幅に狂ってしまったが、早々にマーカーを基準値内迄落として、次の襲来に備えて準備したし。
まずは、飲食ができるように体調を戻して、入院で減った4kgの体重と失った体力を取り戻す。

さようなら、2014年の夏。

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/Metallica - Seek And Destroy (Skazi Remix)

2014年9月16日火曜日

はっしゃよーい、@黄疸・入院15-16日目

9/15体温・朝36.1夜36.6、血圧・朝96/69夜102/62
6時40分起床。


メールを送り再度横になった。
看護師の巡回に応じて、調子いいよ!、と伝えておいた。
貯食前に内科医も訪れてきたが同様に応えた。
白米以外は完食。

昼食まで眠り、食事を運んでくれた看護師に起こされた。
食パン一枚を残して他は完食。

遠方から来客があり、長い時間を話しに費やした。
部屋に戻って転寝をしていると食事が運ばれてきた。
ももの缶詰以外は完食。

食後に看護師の巡回に応じて、夜文の薬と眠剤を飲んで早々に寝た。
#始めて入院した時に眠り薬いりませんか?、と聞きまわっていた事には驚いたw
2時頃に下痢で殆どの物が出た。
通常のサイクルに戻り始めた。


9/18
体温・朝35.8夜37.1、血圧・朝112/62夜114/69
6時30分起床。
寝起き早々に採血をされた。
看護師の巡回に、また、調子いいよ!、と応えた。
その後に内科医がきて同様に応えた。
採血結果を見て明日退院するか決める、と言われた。
ゲームをしていると、朝食が運ばれてきた。
サラダ以外は完食。

朝食後は散歩をした、
一階ロビーに沢山人が居て驚いた。
地下P行列が敷地外までしている様を始めてみた。
お気に入りポジションで日光浴をして、病室に戻って読書等をしていると昼食が運ばれてきた。
パンの耳以外は完食。

午後から妻来襲。
いつ退院するの?、の問に対して、明日帰る、と答えると、理由は?、と聞かれた。
帰ると決めたから、と言うと、勝手に決めて思い込んでるだけじゃない!、と笑われた。
話している時に看護師が採血結果を持って来た。
イケイケ過ぎるでしょ。
どうよ。
解決。

同時に、翌日の退院許可を告げられた。
今日は退院できないのか?、と尋ねてみたが、流石にこれは無理だった。
別の医師に渡す案内状を読んだが、膵癌術後再発・閉塞性黄疸と病名が付いていた。
昼からずっとマッサージをしてもらって気持ちが良かった。
時間はあっという間に過ぎた。
早い。

病室に戻って帰り支度等をしていると、看護師からお土産に沢山の処方薬を頂いた。
一週間分で鞄が膨れ上がる。
今迄の経験を元に薬剤を指定して、薬剤師が考慮した上で処方して頂いた薬達。
院外処方薬を使えば2/3に圧縮できそう。
B4サイズで厚みは15cmほどある。

ノートPCと充電器以外は鞄に詰め込み、ブログを綴っていると夕食が運ばれてきた。
肉じゃがと豆腐を半分ほど残した。

食後に内科医が訪ねてきて、退院後の外来日について話し合った。
とても丁寧な対応をして頂き、こちらの無理なお願いに合わせた予約を入れさせてくれた。
その後、看護師の巡回に応じ、調子いいよ報告をして、明日の退院の手続きについて説明された。
今日も眠剤を飲んで早々に就寝する。

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2014年9月14日日曜日

矜持@黄疸・入院13-14日目

9/13
体温・朝39.0夜36.2、血圧・朝124/64夜117/65
6時起床。

目覚めが悪く、体が非常にだるかった。
熱があるなー、と思いながら体温を計ると、1度目は40,3、2度目は39.5、3度目は39.0。
ストップロスを巻き込んだような変化に、この体温計め、と思いながら看護師の巡回に応じた。
熱を心配されたが、山場と思うので大丈夫、昼でも体温が下がらないようでれば相談します、と伝えた。
おかずだけ食べた。

昼食まで寝て熱は38度台まで下がった。
おかずだけ食べた。

昼食後に着替えて散歩に出掛けた。
筋力の衰えを感じながらフラつきながらも日光浴を楽しんだ。
サイゼリヤに行き、念願のドリアといいたかった所だが消化を考えてグラタンを食べた。
#チーズが駄目なようだ。
ビックサイトは閑散日のようで昼食時にも関わらず人が少なかった。
部屋に戻り昼寝をした。

夕食を運んでくれた看護師に肩を叩いて起こされた。
体温は正常値になった。
ロールキャベツと果物と葛湯を食べた。
抹茶くず湯粉あめが美味しかった。

ここまで一日吐く事は無かったが、寝際に腹が張った感覚と苦しさに悩まされてトイレに行った。
下痢と大量リバースで一日かけて胃に入れたものが殆ど出た。
相変わらず胃の傍若無人振りが強烈だ。
2-3日食べないで消化器を使わないと、元に戻るまでに倍の時間を要する。
はー。

一日中夢現だったような気がする。
誰か見舞いにきていたような。。。
腹部の張りを気兼ねする事無く水分を採れるようになった。
眠剤を飲んで早々に寝た。


9/14
体温・朝35.4夜36.8、血圧・朝101/71夜95/62
6時起床。

寝起きの体調は良好。
看護師が来る前に病室を抜けだして、朝の散歩を楽しんだ。
病室に戻って看護師の往診に応じて、昨夜にリバースした事を伝え、いつもの事なのですが念の為に報告しておきます、と言うと、内科医が来るまで朝食をお預けされる事になった。
同室の方達の食事タイムが始まったので、洗濯機を回して散歩に出掛けた。
病室に戻り洗濯物を干して、メール等の対応をしていると、今日も娘が見舞いに来てくれる事になった。
昼食前に内科の方が訪れ、昨夜の嘔吐の聞き取りと触診をされた。
食事を膵臓食から一般食に変更して経過観察をする事になった。
おかゆとゼリー以外は完食。

午後一に娘が来た。
tyvm.
がん研横にある東京臨海広域防災公園で椅子に座り、バーベキューやピクニックをしている親子と自分達の姿を重ねた。
妻と娘が不憫過ぎる(´・ω・`)
この手は好まなくてね。
やつれたね、と言われた。
入院してから3kg痩せたと答えると、黄色は抜けたが血色が悪く死体のような色だ、と言われた(;´Д`)
ゾンビ系FPSで一番にヘッドショットされる自信があるぜ('A`)y-~
娘から、一緒に帰らないのかー?、まだ一緒に遊ぶ、という泣かせる台詞を頂戴した。
今はエゴイスティックの塊で申し訳ない、としか言えない。
娘と過ごした甘い時間でチャージができた。
入院前にした娘とのお約束事は、間もなく達成されようとしているようだ。
達成できた暁には、チョコ好きの娘にGODIVAのトリュフをプレゼントすると約束している(*´д`*)

今日の娘の姿・表情がDEMELのチョコレートパッケージを連想させた。
実物を初めて見た時はパッケージに萌えて、空箱を頂きたいのですが、と言ってしまった。
甘塩っぱい思い出。

部屋に戻って一眠りした後にブログを綴っていると夕飯が運ばれてきた。
魚とほうれん草と味噌汁の具を食べた。
明日から一般食が始まる。

この調子を維持できれば、膵炎・ステントはクリアできそうだ。
ステント如きいつでもやり直しが効くだろう、と思うかもしれないが、私は一度失敗すれば体力及び時間のリスクを踏まえて、二度とこの病院では鉄製ステントを入れる事ができない。
他の病院でも膵炎と肝臓悪化を恐れて、プラスチック製ステントの入れ替えがやっとだろう。
取り敢えずは、肝臓(黄疸含む)に怯える事がなくなり、プラスチック製ステントが詰まる毎に、化学療法をお預けにされるリスクが一つ回避できそうだ、といった所か。
術後の回復期の締めに出された課題か、終わりの始まりなのか定かでは無いが、事後対策となったものの比較的に体調の良い時に、今回の課題にチャレンジできた幸運に拍手を送りたい。
これからの課題も、この調子で頑張りたい。

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/Pharrell Williams - Happy 歌詞

2014年9月12日金曜日

朝令暮改@黄疸・入院11-12日目

9/11
体温・朝35.8夜36.2、血圧・朝105/74夜117/65
6時起床。

寝起きから膵炎の症状で背中裏と右下腹部が傷んだ。
熱を計っても体温は低いが、体が火照る感じがしたので炎症値が上がったのだろう、と予測した。
看護の巡回時に痛みは昨日と変わらないか、強くなっているかもしれない、と伝えた。
内科医もその場に来て、採血をして考えよう、と言われた。

体が置くたくて、雨が降っていた事もあり眠り続けた。
夕方に内科の方が来て、翌日にERCPで現状確認と、必要であればステント交換か取り外しをする、と言われた。
その後も眠り続けた。
体温・血圧測定、点滴交換以外は、殆ど一日眠り続けていたように思う。
看護師から、ずっと眠っていますけど体調悪い所でもありますか?、と聞かれた。
二進も三進も行かない時は寝るに限る。

9/12
体温・朝35.8夜35.1、血圧・朝97/71夜99/56
8時起床。

夜から朝にかけて担当してくれた看護師が、HCUで長く担当していてくれていた方なので、癖等をわかっていてくれているので対応がとてもありがたい。
看護師の巡回に応じて採血をされていると、内科医集団が来て今日の処置について迷っていると言われた。
寝起きでよく理解できないので、採血結果が出てからもう一度話を伺わせてください、と伝えて二度寝した。

数時間後に内科医が訪れ、AMYは頭打ちをして下がり続けているように見えるが、LIPが上がり続けているので、膵管等に問題があるのは明確だ。
他の数値が改善され始めたので勿体無いが、ステントをプラスチック製にするか迷っている、と言われた。
WBCとCRPは上昇を続けているがWBCが下降を始めているので、食事を再開してもう少し経過観察をお願いできませんか?、先生の仰るとおり勿体無いです、と伝えた。
了承して頂いたものの、改善されなければ、ステントが膵管を圧迫していて詰まっている可能性があるので、プラスチック製ステントへの取替か、ステントの取り外しとなる。
来週の火曜日まで経過観察をして、良好であれば水曜日に退院する事になった。


点滴が一本終わったと同時にルートを外してもらって少し散歩をした。
今の私には、この景色が精一杯の自由。
娘お気に入りの噴水。

病室に戻り、昼食を心待ちにして、リミッターが掛かったデザリングでネットブラウジング。
遅すぎて眠くなる(;´Д`)
完食したが半分ほどリバース。

その後は来客の相手をした後にシャワータイムを終えて、気分転換の散歩にでた。
道中で買ってしまった。
男子の心も釘付け。
最強のタッグ見参。
きのこ山軍、たけのこの里のinnovatorに敗れる。
大好きなたけのこの里に、クッキー、ストロベリー、非の打ち所無し、天晴たけのこの里軍圧勝也。

その後にベッドでgdgdしていると夕食。
ゼリーはついていなかった(´・ω・`)
3割程残したが殆どリバース。
昨夜に胃の違和感を感じて点滴をしてもらったのが救いだ。
食後に痛まないだけでも良しとしよう。
最初から絶食期間中は胃薬を点滴しておけば良かった。
9月は化学療法をできそうにないが、体は回復しようと一生懸命だ。
これ位の膵炎であれば、日常生活をこなしながら対応ができそうなものの、膵臓を患ってからずっとこの繰り返しだ。
はー、うまくいかねーorz

退院した暁には蓼科にでも行って気持ちを安らげたい。
数日間眠り続けて回復に専念する事にした。
T細胞、B細胞、私は寝るので頑張ってください(^q^)

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2014年9月10日水曜日

鳥籠@黄疸・入院10日目

体温・朝35.8夜35.9、血圧・朝105/74夜108/74
6時起床。

看護師の巡回に応じて、昨日の腹痛が収束しつつある事を伝えた。
採血後に、ロキソニンでも飲みますか?、と問われ、折角なのでと1錠飲んだ。。
内科医の巡回に応じて痛みが無くなってきた事と、下腹部の違和感も解消手前と伝えると、明日も採血をしてどうするか判断をしましょう、と言われた。

朝から院内を徘徊して、5階の中庭で日光浴をした。
どうせなら体に紫外線をたくさん浴びさせようと思い、点滴がタイミングよく一本終わったのでルートを外してもらった。
ついでに、本日も絶食継続と点滴が沢山ある事をを伝えられたorz
一階に移動をして、平日の日中は殆ど人がこない場所にてパン一で日光浴
気持ちよかった。
 外は自由。

午後にシャワーを浴びて洗濯をした。
洗濯物を干し終わった後に内科の方が訪れ、採血結果に変化が無いので金曜日まで絶食をして改めて採血をしましょう、と言われた。
退院について聞くと、今週は無いですね、ときっぱり言われたぜ('A`)y-~
はー、またしても膵液に悩まされるとは(;´Д`)
膵炎。
リパーゼとカリウムやばいでしょ。
腎臓が一生懸命に働いてくれている事に感謝する。
WBCとCRPがノリノリ。どうなる私!?
金曜日が運命の日だ。

その後、娘が見舞いにきてくれた。
Lineで呼び出され、最上階の中庭に行くと昼食の最中だった。
最初は照れくさそうにしていたが、ルートの針を擦りながら、
いきなりルートを引き千切ろうとした!!怖い!!
自分では黄色が抜けて肌色が良くなった気がするけれど、日光の下で見ると黄色は殆ど抜けていないそうで、肝臓の悪い人の肌色と言われた。
死体のような色から人間色に返り咲くには、まだまだ道程が長そうだ。
始終、二人して私の前で飲み食いをして、見せつけているのか、と思った。
娘にファミマの自家製?チョコドーナツを勧めてみた。
御満悦のようだった。
夕日が沈みかけた頃に帰っていった。
tyvm.
#ゆりかもめ線の先頭車両でGOGO!をしていたそうだ。萌える。
GOGO!JAGURA!

病室に戻って読書をした。
看護師と内科医の巡回に応じて、点滴を交換して一日が終了した。
看護師にロキソニンの効力が無くなった時間でも痛みが無い事を告げ、NAとKの数値が気になっていたので看護師と話すと、私の場合は6を超えると心臓発作等が心配になるので、少しでも体調不良を感じればナースコールを押すように言われた。
せめて、体の伝達部だけでもしっかりしてくれよ、と思うorz

その後も読書を続けて、去年の手術から3回目の読み直しが終わり、やっと自分なりに解釈ができた。
病気を患う等の窮地に追い込まれて読むと改めて学ぶ事ができた。
良書だ。
LOVEだよLOVE。

最低でも後2日は、点滴と縦縞模様のツンツルテンパジャマ(サイズS )に束縛された生活が続く。
ジャストサイズの鳥籠に詰め込まれたヒクイドリのような気分だ。
早く自由になりたい。

今日も眠剤を飲んで強制的に寝る。
ある意味で特権だ('A`)y-~
おやすみ。


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