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2014年8月4日月曜日

病院通い - 採血結果etc

8/1 三箇所の病院巡り・会社
寝起きに嘔吐。吐血なし。疲労感あり。
駅まで歩き、去年の手術に向けて入院した以来のゆりかもめ線。
電車内は夏休みのちびっ子と親で溢れかえっていた。
以前に声を掛けてくれた女性を発見して、挨拶をして世間話をしながら病院へ。
ハイチュウありがとうございました。

1件目 がん研
がん研で採血と漢方サポート科の診察。
採血結果は腫瘍マーカー以外は良好。
薬でコントロールしている現状を良好とするかは別問題だけれど(;´Д`)
経過報告をして、他の医療機関で受けている治療や使用している薬剤を報告。
予想していた通り、アクテムラについての話題になり、医師が辞書引きをしながら話す中、アクテムラを選択した理由と自分で認識している付随する問題点等を伝えた。
私のような状態の者がアクテムラを使う事は好ましくないのだが、今迄の自己回復力にすがっている旨を伝えると、過去の採血結果をチャートにしながらとにかく気をつけるように、と言われ、処方して欲しい薬等を伝えて診察が終わった。
医師のはからいで予約時間通りに診察を受けられるようにして頂いているが、遠方から一家総出で分厚い資料を持って質問に訪れる方も見受けられ、如何せん時間が読みにくい。
漢方について正直な所は全く重視していないが、この医師は薬学知識が半端なく、症状を聞いて的確な薬を処方してくれる上に、経験則から、わかる・わからない、効く・効かない等もはっきり言える立派な方なので、継続した付き合いをしたいのだが。。。。。。。
私が最も重視している検査項目はフエリチン。
毎日ゼローダを服用しながらもこの数値。
脳・肝臓・脊髄・第ニの脳と言われる腸、今以上に頑張れ。

2件目 眼科
がん研で済ませても良かったのだが、何かと時間と手間がかかる為、別の病院で処置を済ませた。
先々月から視力が著しく低下を始め、片目は眼鏡を掛けていても裸眼状態、片目は濁ってあまり見えなくなってきた。
片目をレーザーで処理、2週間後に経過観察をして問題がなさそうであれば、もう片目も別のアプローチで対処する事になった。
母方が糖尿家系の為、いずれこうなる事は想像はしていたものの、糖尿病の疑いが見受けられない状態から考察すると、体が崩壊を始めたのだろうか。
回復・進行共に何もかもが常識を外れた速度で進みてんてこ舞いだ。
例え目が見えなくなったとしても、三只眼吽迦羅の第三の目が火を噴くぜ(^q^)
ウーさん、抗癌剤ジャンキーの私も人間に戻してくださいorz


3件目 某大学病院
朝に医者の友人から連絡があり、たまには顔を見せろ、と言われて、ついでなので某大学病院へ電車で移動をした。
受付に診察ではなく来客扱いで、と伝えると、見慣れた看護師達が一斉に迎えてくれた(;´Д`)
女性のパワーにたじろく私、お構いなしにマシンガントークで生きてたの?、等の質問攻め。
出世してお偉いになり始めた友人の開口一番の言葉は、おー、抗癌剤でやられた色してるなー、まだ墓場は遠そうだなーw、だった。
経過を話し、今後どうするつもりだ?、もっと出世したいから服用している薬と化学療法の内訳を教えろよ、等の馬鹿話に付き合っていると、以前に関わった緩和の方が同席して良いか、を尋ねてきた。
了承すると、お元気そうで良かったです、の後は無言で、私と友人のやりとりをメモにとり続けていた。
友人から、痛みはどれ位なんだ?、と聞かれ、君の鳩尾を金属パットでフルスイングして、背中を火鉢で突付き回してやるから持ってこい、と言うと笑われた。
まだブロックは検討していないのか?、と聞かれ、付随する不確定要素は限界まで抱きたくない、と伝えると、何とも言えない表情をして黙ってしまった。
話が一通り終わり、会社に行きたいから帰るよ、と伝えると、いつでも来いよ、と言われて玄関まで見送られた。
少し離れた所に座り込み、緩和病棟に入院をする状態になる前に、チェンマイかムンバイ辺りに行き、◯っぱをキメてイーソン遺跡かガンジーで地球に帰るさ、私だって出来る事であれば楽になりたいさ、と思いながら、誰が見ても体調不良に見える自分の不甲斐無さにへこんだ。

会社に寄る予定だったが、目はろくに見えず、疲れてフラフラする為、タクシーに乗り込み上司に今日は直帰する旨を伝えると、昨日の打ち合わせ内容の事を聞きたいようなニュアンスの、電話してくれない?、のLINEを見て、社畜精神でそのまま進路変更をして会社に向かった。
会社に着き、打ち合わせ内容を報告、今後どうしたいか・どうするべきかの考えを伝え、上司の目にかつて見た熱いものを少し感じた。
同時に、体の先行きが不透明な為、私お得意の手法が使えず悩んでいる事も伝えた。
なんだかんだで、ひっくり返せば一番イケイケで気持ちが若い上司が何とかするだろう、という事にして悩みは解消。
体調不良でペースダウンしている間に、外部から私の評価はNo.2から退けられてしまったが、今回の案件を機に復権を目指しつつ、時期No.2になる者と手足になる者の教育を頑張ろうと思った。
私に掛けて頂いた温情に全力でお返しできるように、この身が朽ち果てるまで社畜頑張るぞ/(^o^)\
>上司及びブログの存在を知る仕事仲間
若者はね、負ける事は考えないものよ・・・
一度や二度しくじっても、
最後には勝つと信じてる。
それが本当の若者よ
帰宅して私の好物の妻カレーを調子に乗っておかわりをしてまで食べたが、何かおかしい。
抗癌剤で真っ黒になった指先が赤く染まり始め、全身がチクチクし始めた。
妻に何を入れた、と問いただすと(;´Д`)
可愛らしい事を言いながら、きっと私を殺しにかかってきている、と思った。
胃の調子を悪くしてしまい、ここから体調不良に陥る。
#手術前から疑問に思い続けていて手術後の入院時に医師に聞いてもわからないで済まされていた、食後に左腕と左肩が痛む原因が胃にある事にやっと気付いた。調子の悪い時は本能的に胃に負担の掛かる物を避けていたが、落ち着いて探求と精査をすれば、もっと早くに解決策に到達できていた筈なのにorz
GEMで肝臓がやられた時は、右肩と右腕が痛んだ事も思い出した。
何度も拡散痛で迷路に迷い込んでいたのにまたしても(´д`)
私は胃薬にアコファイドを使用しており、痛みがでてすぐに即効性のある胃薬と併用する事で改善された。
食前に飲んでいても同症状が出ていた時もあったが、単純に胃の調子が最悪なだけだったのだろうか。。。。。。。
どなたか忘れてしまったが、同病で同じ症状に悩んでいたブロガーがいたと思うので参考にして頂きたい。
万人に当てはまる事ではないと思うが、担当医に症状・痛みの発生時期及び箇所等を伝え適切な治療を受け、少しでも苦痛が無くなる事を願う。

8/2 ( `_ゝ´)ムッ
寝起きに体の異変を感じる。
肝臓を中心に指先まで痺れて動かしにくく、右足の付け根が痛くて足を持ち上げないと動かせなかった。
頑張ってトイレに行き嘔吐。吐血あり。
娘が一目散に走り寄って来て大丈夫ー?一杯出たー?血ー出たー?、と聞きながら背中をさすり私の吐く姿を見て、凄いね-!凄いねー!血一杯でたねー、と言った。
吐き終わった娘の一言、お疲れ様ー。
救われた。
その反面で、長期に渡り留守をする事が多かった為か、出掛ける度に、また○○ちゃんのおうちに遊びにきてねー、プレゼント買ってきてねー、と言われる寂しさといったら(;´Д`)

用事があり電車で長距離一人長旅。
目的地に到着して、あまりの暑さにへばって隅っこに座っていると、警察官に囲まれて職務質問をされた。
初っ端から失礼な事を言われ、このご時世だけに丁寧な応対をして暗にあっち行け、と言ったつもりだが、何故か乱暴な言葉を投げかけられた。
夜遊びが大好きだったので職質慣れしている為、めんどくせーと思い、ポケットからお守り代わりのオキシコンチン・イーフェン、アヘンチンキが入ったボトル・財布からそれっぽい名前がついた病院の診察券・免許証・麻薬携帯輸出許可証のコピーを渡し、放っておいてくれ、と言うと、すぐに退散していった。

用事を済ませて帰宅して妻に上記を伝えるも、所轄に電話しろ、でスルー。
疲れてしまい、いつの間にか眠ってしまった。
夕食を摂り少し歩くと吐き気を催し、トイレで大量にリバース。
久し振りに食べた物を全て吐いた。
妻にマッサージをお願いして、膵臓と胃の裏付近の肩甲骨辺りに溜まったリンパ液らしきものを流してもらうと、体中に熱いものが巡っていった。
体が一気に軽くなり、そのまま眠ってしまった。


8/3
寝起きに体が動かず。
5分程だろうか、釘を打ち付けられたキリストの様に身動きがとれなかった。
しかし、片目が以前のように見えるようになっていた。心の中で小躍りをしたヽ(´Д`ヽ)(/´Д`)/
足を引き摺りながらトイレに行き嘔吐。吐血なし。
最近は胆汁は含まず胃液のみとなり、胆が落ち着いてきている事を確信した。
妻がルルロロのパンを買いに行く、と言っていたが、何故か義母に頼み全種類を買ってもらっていた(;´Д`)
久し振りに運転をして先週と同じSCに行き、昼食を摂って私だけ先に帰宅した。
調子にのり食べ過ぎてしまい、帰宅中に車内でゲロ袋にリバース。
しかし、好物の蟹クリームコロッケを出したくない、と思い、途中から飲み込む暴挙に出てしまいプライドを傷つけてしまったorz
帰宅して低血糖気味だと思いコーラを飲み、お腹が痛い(TдT)、と思いながら眠ってしまったようだ。
妻から度々電話があり、その度に不機嫌になりまた眠るを繰り返す。
玄関方向からハイテンションな娘の声が聞こえて目が覚めた。
義母がいるので我侭放題のやりたい放題。
まさに傍若無人。
プレゼントは無いのかー?、と義母に言い、それに応えるように出てくる洋服の数々。
孫LOVEパワー恐るべし。#Loro Pianaの生地で良いので私にもスーツを一本お願いしますorz
義母が相手をしてくれるので、その間に資料作りとブログを打ち込んだりと、用事を済ませる事ができた。
その後に体調は徐々に元に戻り、現段階の限界値まで復活した。
今はあまり興味無さげな、シルバニアファミリーの一員と握手。
妻の執念と義母の努力でゲットだルルロロパン。
左上・ルル&ロロ、右上ジャッキー、真中下ジャッキー&彼氏のデイビッド。


この一週間は灼熱の中を歩きまわり、途中でリタイヤする事なく、体調の安定と体力回復を感じる事ができた。
去年に手術をしてからアヘンチンキを手放せない状態は続いているものの、毎食後の水様便は無くなり半日は溜め込む事ができるようになった。
まだまだ便が硬くなる兆しは見えないが、便秘によるリスクを考えると、案外この状態でも良いのかな、とも思ったり。
胸水は依然残ったままではあるが、腹水が溜まる事はなくなり一安心した。
腫瘍マーカー推移は想像の域を超える事がなく、今後の時間を計るツールとして今後も使えそうだ。
採血前10日は抗癌剤や抗生物質等を体に入れていない。
来月には撃墜してやるぜ('A`)y-~
再発・再燃をした先人達は、ある程度は維持ができても、早々にストッパーが外れてしまいがちだが、体力と投薬を十分に見定めて慎重に治療を選ぶと、私のような状態をキープしつつ反転も狙えるかもしれない、という実績作りになるのだろうか。
腫瘍マーカーの推移と体調をトレースすると、今の状態に慣れはじめた、結局は体力・気持ち勝負、と結論付いた。
ここ数ヶ月は体調の乱高下に自身の力では対応しきれず、輸血等で対処していた事はあったものの、先月から今月にかけては経口摂取の薬剤と化学療法の他は自力で回復ができた。
京大に行ったり何だりと打開策を見つけようとしたが、大人の事情で振り回されただけで、現状では突破口が見つからず、去年と同じように博打まがいの手段しか今の所は見つかっていない。
3-4月に掛けて何が理由で体調を崩してボロボロになってしまったのか未だ定かではないが、医師達の憶測は、安定期に入る前の変化についていけなかった・化学療法がきつすぎた、という事が正解なのかもしれない。そこに情緒不安定が覆い被さった事が痛恨の一撃になったのだろう。
早々に標準治療から漏れて、治験参加要項もクリアできず、もうできる事はないから後は自力で頑張れ、と始まった自己責任闘病も、私が苦手な憶測論ばかりだ。
医師の口からでてくる、君の年齢で膵臓癌。。。。、初動の腫瘍マーカーから手術に持ち込む例の少なさ、通常であれば行わなかった手術、若さで乗り切ると思って手術をした、バランスを取りながら若さで頑張ってくれ、化学療法しか道がないでしょ、若さ故か常識はずれの回復力と耐性がつく早さ、お手上げ、後は神頼み、口からでる言葉全てが人事だ。
経験をした事がない者に現状を理解して100%の改善を望む事はナンセンスと理解しているが、畑違いの
私にどうしろと言うのだorz
やさぐれちまうぜ('A`)y-~


人間の愚かさ故にとても残念な結果になってしまったが、ブログの冒頭に記したように世界は激動を始めた。
政治・経済・社会情勢とキナ臭い事ばかりだ。
情けない事だが
家族・仕事仲間を全力で守り続ける事はできないかもしれないけれど、残されるかもしれない者達の為にも、一秒でも長く生き残り掲げた目標を達成する事に専念したい。
今まで出来ていた事が少しずつできなくなってきており、焦燥感からかメンタルコンディションは万全ではないが、時には振り返り後ずさりをする勇気を持ち打開策を思索したい。
私の武器は、若さ・経験・頭に叩き込んだ2012年・2013年度版の今日の医療薬・Google先生に教えてもらった過去・立場上の問題がある故にそれとなく医者から教えてもらう情報・望むように手助けをしてくれる医療従事者達・私の姿勢を見続けていた方達の、お前なら大丈夫という言葉。
去年の手術からのリカバリーに精一杯で、希望通りの化学療法に到達する、言わば初動が遅れた事が最大の失態だ。
同じ失敗を繰り返さないように、
8月中にリハビリと守備を完璧にしつつ、9月から索敵殲滅作戦を開始する。病気になぶり殺しにされるのは御免だが、自分で選択した治療で死ぬのであれば、私自身も妻も本望だ。
私と同じような状態の者の記述や記録は国内で明らかなものは見つからないが、海外では私と同じような状態で生き残っている方がいる。
誰かにできる事であれば、きっと自分にもできる筈。
本当にできるのか?、できないかもしれない?、わかんねー(;´Д`)
このような時は前進あるのみ!!!!!!!

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/Juny The Dope Boy - Control Remix ft MC 漢, Dogma & Raw-T

♯歌詞全てに頷けるが、地獄の沙汰も金次第、世の中お金が全てと病気になって痛感した也。


2013年11月26日火曜日

原発探しと治療探しの旅+α / 再発確定

2013年11月18日(月)
化学療法を受けている病院に相談に行った。
予約時間より10分前に着くと、受付嬢からお元気そうで良かったです、心配していたんですよ、と言われた。
受付を済ませると出先から戻った医師と鉢合わせた。とても暖かい笑顔で迎えてくれた。
席に着き、今迄の経過・CA19-9の急上昇・体に感じる不調等を伝えると、今すぐにでも化学療法をしたい所だけどどうする?、と問われた。
予定があるので29日迄待って欲しい、それまでに化学療法に耐えられる体を作ってくる、と伝えると、わかったよ、と残念そうに言われた。
10分程質疑応答をしていたが、化学療法について話し合う抗癌剤オタク2人は看護師から見ればとても滑稽に見えた事だろう。
散々話し合ったものの、取り敢えず腫瘍マーカーを基準値内に持って行こう、と着地地点はオーソドックスなものになった。
1.FOLFIRINOX@(オキサリプラチンでアレルギー反応が出てしまったが、別の同系統の薬で代用)
2.FOLFIRI+アブラキサン
+ハーセプチン
+ゾメタ(血液検査結果により採用を検討する)

#2が濃厚。

TS-1は飲み続けているのですが、今の状態だと無駄だと思うので止めてもいいか?、の問に対して、もういいよ、とシンプルな答えが返ってきた。

今日は採血をして帰るように言われ、久しぶりに独特な空気を醸し出す看護師達に囲まれて、相変わらず挿しにくい血管、等と言われながら3回目のチャレンジでやっと血液の採取ができた。
かなり遠回りをして考えをまとめて帰宅した。

2013年11月19日(火)

社畜。
去年は娘ちゃん…の誕生日に出席をした、私が属する業界のイノベーター集団の集いに出席をした。
今年も出席できた事を嬉しく思う。
受付でお偉い様方達に暖かい言葉で迎えられ、お気遣いまでして頂き改めて感謝した。
先方の担当者は私の腹黒さを十分理解してくれたようだ。これはありがたい。
去年より体調が良い。途中で退席する事は無く無事に務め上げる事ができた。


去年の出席者は160名程、今年は200名程。
この数字から見出せるものは??

会社に立ち寄ると久しぶりの面々に会った。
1ヶ月半前にあった者にさえ更に痩せたと言われた。
挨拶もそこそこに自分のデスクから必要なものを取り出し帰宅した。

帰宅すると娘ちゃんが食事をしていた。
スーツ姿で帰宅した私を見て、おしごとおつかれさま、と言ってくれた。
去年に作ったスーツはサイズが合わなくなってしまった。
リフォームするより新しく作った方が安上がりになりそうだ

この一式はもう着る事が無いので記念撮影。
cu zegna.

2013年11月20日(水)
私用で一日外出をした。
空き時間がある時はひたすら治療について調べて考え続ける。
結論は出ず。

2013年11月21日(木) 再発確定日

イケイケ医師を尋ねた。
約8ヶ月ぶりの顔合わせだった。
イケイケ医師が私を見た瞬間の言葉は、生きてましたか、痩せたね、大丈夫?、でも僕と変わらない位だからまだまだいけるよwwwwwww、だった。
席に着き、術後からの経過報告と質疑応答をした。
資料を持参し忘れてしまい、ブログを読みながら詳細を伝えた。
一通り質疑応答が終わると、今日は何で来たの?、と聞かれた。この病院は横の繋がりが薄いようだ。
造影CTをすぐに頼める且つ、全国規模でカンファレンスをしてくれる大きな病院が他に無い事、今後の専門的な治療以外はイケイケ医師に面倒を見てもらいたい事、薬の処方をがん研からこちらにシフトして欲しい旨を伝えた。
全て快諾してくれて、CTの予約画面を開いてくれたが、予約が一杯のようでPCからでは差し込めなかったようだ。
放射線科に電話をして、体調が悪い人がいるので緊急で差し込んで欲しい、30分程度は待てると思うから、と相変わらずのゴリ押しですぐにCTを撮ってくれる事になった。
火曜日迄にカンファレンスをしておくので、最終時間に予約を入れておくから適当に来てくれ、データを焼いて待ってるよ、と言われた。
時間までどこかに座って待っていて、と言われ席を立ち、感謝します、これから宜しくお願いします、と伝えると、娘さん元気?、もう少しで2歳だったかな?、うるさくて仕方がない頃だね、頑張って、と言われた。

総合病院なので余計な病気を貰わない為に、一度車に戻って考え事をして時間を待った。

放射線科の受付に行くと、あら、お久しぶり、と言われて受付を済ませた。
私の動向をさぐるLineに返信をすると、娘ちゃんは近くの施設で遊んでいたようだ。
もう少しで終わるから車で一緒に帰ろう、と伝えるとすぐに放射線科に来た。
娘ちゃんはいつもと違う環境で独特な雰囲気がある場所に少し戸惑いを見せたが、ベビーカーから降ろすと同時に走りだした(;´Д`)
やたらとテンションが高くて、床を触ったり、床に座ろうとしたり、普段はしないような事をするので、潔癖気味の私は気が気でない時間を過ごした。

CT室に入るように案内をされて、顔なじみの初老の優しい医師に2点をお願いをした。

・胸水・腹水の有無
・肝臓・膵臓付近以外は答えを急がないので再発場所がどこか探して欲しい
撮影後に15分程待って頂けるのであれば、簡単ではあるがお伝えできると思います、と言われた。
造影剤用の太い針で5箇所も刺されたorz
造影剤を注入されると同時に吐き気が込み上げてきた。
娘ちゃんの卵アレルギーは私のせいなのだろうか、と考えながら耐え続けた。
CTが終わり、星形のキーホルダーの取り付け方を娘ちゃんに教えながら廊下で待っていると、医師が私を探しに来てくれて簡単な説明をしてくれた。
・胸水・腹水は無い。
・以前も問題だった血管付近の影=腫瘍が変わらず存在している。(=削いだ筈の部分が復活??)
聞いた瞬間にハイ終了、と思うと同時に、水が溜まっていないのなら勝算が無い訳ではないか、と少し気分を持ち直した。
よく見ておくので火曜日に主治医から説明を受けてください、と言われ、精算等を済ませて病院を後にした。
帰宅して体調不良と気の落ち込みでダウンした。

*2013年11月26日(火)追記
CT結果
SMA付近が低濃度で囲まれる=浸潤疑い、1月のPETで判断。
リンパ節転移疑い(確実なのは2箇所?パラパラあると表現をされた)、1月のPETで判断。
**血管切除部分が**(メモが読めない)、1月のPETで判断。
肝臓・肺は明らかな転移は無く綺麗な状態。
腹水・胸水無し。
切除した膵尾尾部周辺の隙間は腸で埋まっている。
腹部の全体的な評価は良好でかなり綺麗な状態。
事前情報があって注意をして見ないと見落とすレベル。
化学療法で経過観察を推奨。
*規則変更の為、レポートは印刷不可、病院間でのデータ共有は可能。
*CT画像は別の医師に読影をしてもらい、内容を再確認した上で該当部分の掲載を検討する。


サービスショット。まだ脂肪がある。骨の髄までしゃぶらせてあげましょう。
苺を食らわば皿まで。

2013年11月22日(金)

夜中に嘔吐をして若干の発熱を感じた。
全開も骨シンチ前に体調を崩した事を思い出し、先日のCT結果もあるので起床して体調が優れなければ骨シンチを見送る事にして床についた。
起床しても気分・体調共に優れず、がん研の骨シンチと漢方サポート科の受診をキャンセルした。
翌日に備えて体を休めた。

2013年11月23日(土)
大阪に行った。
予定をこなして情報収集と分析に励む。
帰りの新幹線でパソコンを開いたままジャガリコを握って眠ってしまった。
帰宅する頃には体は疲れ果て冷えきってしまい、背中が異常に熱い事を感じた。
14時間近く眠った。

2013年11月24日(日)
睡眠を取り過ぎて脱水・消化液の逆流等で、寝起きから体調が悪かった。
胃の中の液体を吐き出し、アヘンチンキ・アコファイド・リパクレオン・カナマイシンを流し込み、朝食を無理矢理摂って体をリカバリーした。
このリカバリー作業はほぼ毎日の事だが、以前は半日掛かっていたものが、ここ最近は2時間程で動けるようになってきた。
用事を済ませて集会に向かった。
普段は食事量を自制しているが、コース料理は酢のもの以外をほぼ完食して、酒もそこそこは飲む事ができた。
4月以来はじめてビールを美味いと感じた。

#統括
腫瘍マーカーの結果を受けて再発を疑い、約1週間程でレールを引く用意ができた。
国内にある様々な治療・施設等の情報を集めなおしつつ復習をしながら、自分にとって何が一番必要かをよく考えて精査した。
化学療法、血管内治療、樹状細胞療法、陽子線等のデメリットから逆算して辿り着いた現時点の答えは、全身化学療法で一度リセットする事だ。
リセットが終わり体が慣れ次第、自分に残されているであろう時間を正確に計れそうであれば、全身化学療法にプラスオンしても問題が少なそうな治療を選択しようと思う。
自分が思っていたより速いペースで胃腸は回復を始め、一日中動きまわっても途中でへこたれる事がなくなった。
アヘンチンキに頼らなければならないような下痢や嘔吐も無くなり、一日1回飲めば他の薬で何とか保たせる事もできる。
体重は増えないものの、9月頃に比べると約2倍量は活動ができるようになった。
そろそろ食事回数を増やす頃になってきたようだ。

膵臓癌を一度抱えた者が再発をした場合=5年以内の死
この常識を覆す事ができるかはわからない。
今は先駆者が見当たらない治療を選択せざるを得ない状況で、正直な所はいつまで私の気持ちと体が持つのかわからず、ストイックな生活に戻るのはもう嫌だ、と気持ちが先行してしまっている。
弱音をはいても解決はしない。
負け戦とわかっているのに戦う性分ではないが、勝てる可能性が0でない以上は挑戦する。
生き続ける為に目標を立てるのではなく、掲げた目標の為に生きる、と決意をした。
これで私はより濃密な時間を過ごせるはずだ。
前回は体力に余裕があり気力で乗り切れたが、今回は知恵だけで乗り切らなければならない。
自分にそれができるのか些か疑問だがやるしかない。

クソゲーが始まった。
頑張って攻略しよう。

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2013年8月10日土曜日

160日ぶりに化学療法を再開したが / 高熱で熱帯夜

8/8
化学療法を受けている病院の医師から、悪い知らせが1点と、良い知らせが2点あると言われた。
悪い知らせは、術後の挨拶に行った時にも話題にのぼったもので、I型コラーゲンCテロの数値が高いので骨に集積している疑いがある、今はまだ骨転移という段階ではないが、念の為に予防的な処置をした方がいいだろう、と言われた。
良い知らせは、腫瘍マーカーは基準値内で安定している事と、分子標的薬が使える事だった。
膵臓癌患者の2-3%しか反応しないHER2蛋白定量(+、20.5)が反応したようだ。
前者はゾメタ、後者はハーセプチンを提案された。
抗癌剤は前回の話し合いでGEM+TS-1+アルファ(アブラキサンが有力だった)を予定していた。
今回の報告を軸に抗癌剤について医師と話した結果は、医師はGEM低量単独をプッシュ、私はTS-1単独をプッシュした。
術後はTS-1の方が良い結果が出ているのに、何でGEMをプッシュするのですか?、と聞くと、下痢が辛いでしょう、できるものならGEM+TS1+アルファでやりたいですよ、と言われた。
君は何でTS-1をプッシュするの?、と聞かれたので、これ以上の下痢は有り得ないし、今はまだ体力が無い上にGEMにトラウマがあるので、良いレポートが出ていてコントロールがしやすいTS-1+アルファにしたい、もう少し体力が戻ればGEM併用を再検討したい、と答えた。
その後、話は脱線したが、これから2週間に1度、ゾメタハーセプチンを点滴、TS-1・20mg1錠を1日3回の7日で一週休薬に決まった。
何でこうも未承認薬を使わねばならないのかorz
落ちこぼれ体質を恨む。

点滴は2時間程で終わり、点滴中は特に違和感を感じなかったが、会計を終えて休んでいると、胸が締め付けられる感じと、顎から鼻にかけて後ろに引っ張られるような違和感を10分ほど感じた。
帰宅してすぐに目が赤い事を指摘されて、何か悪い事をしてきたのか?、と聞かれた。
鏡を見ると目は真っ赤で、時間が経つにつれて眼圧が高くなり、まともに目を開けていられない程に痛くなりだした。
その後に発熱が始まり、翌日夜中まで上記と共に続いた。
朝方には発熱で限界点を超えたようで錯乱した。
いつからかはっきりしないが、高熱の為か油切れのロボットのように、ギシギシとした感じで体中が痛くて動けなくなり、平熱になるまで鈍痛が続いた。
一日中エアコンで室温管理をしているが、発熱のせいで体中が熱く、風にあたるとチクチク刺されるような感覚があったり、タオルケットから出ると大量の汗が一気に乾かされて凄く寒かった。
動けるようになって測った体温は37.6で、今迄の経験からMAX39度半ば程まで上がったように感じる。
点滴から27時間程が経過して日が暮れた頃、動けるまで熱が下がり私がモゾモゾしだすと、娘ちゃんが近寄ってきた。
彼女の中には私が眼鏡を外して横になる=相手にしてくれない、という図式があるようで、たまに朝寝坊をした私を起こすように、眼鏡をチェストの上から取って私が掛けられる状態にして、はいどうじょ、と渡してきた。
この辺から体調は点滴前の状態に戻り始めて、彼女はそれを見抜いたかのようにテンションを上げて、ここぞとばかりに私にまとわりつきだした。相変わらず可愛い。

ゾメタの副作用が殆どのようだが、心臓に持病があるのでハーセプチンの副作用予防に定期的に検査をする事にした。
骨転移の疑いについてまだ想像の域でしかないが怪しいと感じる部分は、何か異常があると常々感じていたのは左腕だ。
これはいつかの記事にも記載したが、膵臓付近が痛いと思い病院に通い始めた頃から、比例するように左腕がしびれたり痛みだした。
手術後の胸水を抜く前に医師達に相談をしたが真剣には相手をしてもらえず、胸水を抜けば少しは楽になるかも、と言われた程度だった。
腕だけの問題なら最悪の場合は切り落とせば済む話なので諦めもつくが、これ以外の場所(特に下半身の神経周辺)だと大きな問題だ。胸水が溜まった事を念頭に、膵臓から左腕にかけての臓器とリンパ節等を特に注視して左半身に重点を置いて近いうちに別の病院で検査をする。
副作用はFOLFIRINOXに比べると足元にも及ばないものだが、この体力不足の状態では地味に辛かった。
TS-1の副作用は前回同様に気付きもしないレベルで、強いてあげるのであれば、TS-1の服用再開迄は限界に近い便意があっても腹痛に耐えながら少しは我慢できていたものが、限界に近付くと我慢ができなくて少し漏らしてしまうようになった程度だ。これは多くの方に見られる下痢の症状に該当するものだろう。
また肌色が死体のような色になっていくのだろうか。。
前者は用事がある時、睡眠前等にはTS-1を避ければすむ話だが、オムツ以外の前向きな姿勢をとれるように試行錯誤したい。
後者は入院をしている間に一皮むけて肌は綺麗になったので考えないようにする。

はー。また未知との戦いだ。。
しかし、化学療法ができなくてモヤモヤしていた気持ちが晴れた。
体に悪いとわかっていてもイケナイ薬に手を出してしまう、立派な抗癌剤ジャンキーに帰り咲いた。




8/9
がん研の外科医の診察を受けた。
医師からは、前より顔色が良くて元気そうだね、良かったよ、と言われた。
化学療法を再開した事を伝えて、前回のおさらいと今後の方針を話し合った。
検査と経過観察はがん研で行い、化学療法は引き続き別の病院で行いたい、と言うと快諾してくれた。
採血結果は良好だったが、プレアルブミンの値が低い事を指摘された。
しかし、アルブミン値はチャートを見ると上昇を続けているので、腸が吸収できていてベースがしっかりしている証だから良しとしよう、腫瘍マーカーは緩やかに上昇を続けているが、まだ焦る段階ではないし、私達が提案したかった治療をご自分で選択されているので、今後も注視していきましょう、と言われた。
骨転移について相談をするとPET-CTをやってみよう、と提案された。
いつが良い?、と聞いてきた程なので、今はそれほど問題ではないのだろう。
視点を変えてみると、今はもっと大きな問題が目の前にある、と言われているように受け取れた。
9月・12月とCTを撮る事になった。



院内にあるコンビニ前の椅子に座って、ポカリスエットを片手に朝食代わりにたけのこの里を食べていると、入院中に仲良くしていた私服姿の看護師に声を掛けられた。
退院して何キロ痩せたの?格好良くなったね(笑)、元気そうには見えないから元気?とは聞かないけど(笑)、お菓子食べていいの?、と言われた。
お礼に、夜勤上がりで疲れているだろうに相変わらず綺麗だねー、自分の体が良いと思ったら何でもするようにしている、今日会えたのも何かの縁だからデートしない?体にいいと思うんだ、と軽く言うと、今時デートって(笑)、と始まり、10分程雑談をして別れ際にLineのIDとメールアドレスを教えてくれた。
キタコレ!!、とIDを登録してみると、入院中にLineで繋がった看護師の一部とこの娘も繋がったorz
こうなってしまうとやる気は失せて、よろしくねー、の挨拶も絶賛スルー中。
世の中うまくできているもので、なかなか悪い事はできないものだなぁ。
*教訓:今後はメールアドレスの交換だけにしよう。アドレスまで教えてくれる娘は脈ありだ。それに知らない方が良い事もある。
娘ちゃんに悪い気がしたので、罪滅ぼしの為に病院のコンビニでお土産を買った。


娘ちゃん小喜び。
ベネッセのしまじろう教材のような、グッと心を掴む何かが足りない。
がん研に行った時は必ずレジ前の子供用品売場にしゃがみこみ、娘ちゃんが喜びそうな物が無いか漁っている。

やっと一息つけると思ったが、そうは問屋が卸さなかった。
掛かり付けの病院が一箇所だけだった場合は、骨と臓器への転移が明らかになった状態からの対応になったのだろうか。
がん研の担当医の態度から接するに把握していなかったように思うが、まさか、わかっていたけど手術する為に内緒にしていたんだよねテヘペロ☆なんて言いださないだろうな(-_-;)
早期発見早期治療の為には、掛かり付けの病院が2-3無いと安心できない事と、CT等の人の感覚による作業は勿論の事、何かしらの事実がそこにあると教えてくれる数値の大切さを改めて感じた。
腫瘍マーカーが基準値内にある事と、肝臓も数値・機能共に今は問題無いからと、気持ちは勝手に落ち着いていたが、肝臓と肺を通り越してまさかの骨転移疑い(;´Д`)
これは私にとって腹膜播種(まだ無い)を告げられる程の衝撃だった。
しかし、私の思いとは裏腹に反抗期に突入して悪性に育ったとしても、すぐに命に関わらず、必死に治療を探さなくても対処ができる事であるのなら今更どうでもいい。
万が一、悪い結果を招くのであれば、娘ちゃんがJKになり何度目かの反抗期に突入した時に、ノリの良い日本人気質で、相乗りする程度の成長速度であってほしいものだ。
これ位の緊迫感がある方が、だらしのない自分にはちょうどいいのだろう、と解釈した。
若くして膵臓癌になるような運の悪い奴(体に欠陥がある)がこのまま逃げ切れるとは思っていなかったが、せめてこれ以上の問題が起きない事を願うばかりだ。
何にせよ、体調を戻して化学療法を再開する短期目標をクリアできて、予防治療までできている事は有難い。
病院帰りに会社に立ち寄ったが、私抜きでは厳しそうな局面に突入し始めた。
夏も遊びもこれからが本番!?!?!?!?!?
今こそ私の出番だwwwwwwwww
俗にいう神様が存在するのかわからないけれど、自分の中にいる困った時だけ現れる都合の良い神様、色々とチャンスを与えてくれてありがとう!!!!!こういってはアレだが、今後とも何卒宜しくお願い致しますorz

どんなに強く望んでも、ごく普通の体という金では買えない素晴らしいものが二度と手に入らない事は百も承知だ。
術後は死に向かって歩くのではなく、走っていかないといけない事を感じていた。
体と心を休ませようなんて甘い考えは一切捨てた。
亀より遅くてひんしゅくを買うかもしれないが、何事も(特に欲求)自分本位ヨロシクで出せる限りの全力疾走でいくぜ('A`)y-~
頑張れ!!へこたれるな!!私ならできる!!何とかしよう!!絶対に!!何よりも安全第一に!!
明日、明後日と時間が経つに連れ、少しでも良い事があるに連れて、いつも通り嫌な部分は忘れているさwwww

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/Rip Slyme - 熱帯夜 歌詞 ちょっとHなのでお子様やその手の物が嫌いな人は再生しない事★

2012年11月20日火曜日

イケイケ医師に経過報告 / 造影CT予約 + 寄道

総合病院なので相変わらず年配者が多く、予約時間の1時間後に案内された。
今の日本を築き上げた方達の御膝下でヌクヌクしているだけの腑抜けですから幾らでも待ちますとも。
苦労をしてきたのだから少しでも長く生き延びてください。

医師のいる部屋に入ると、顔を見るなり元気そうですね、と言われた。
経過を事細かく報告すると凄いと連呼し、腫瘍マーカーの推移には特に驚きながらタイプしていた。
風邪が完治しないので抗生物質の処方をお願いすると、お守り代わりの漢方まで探して処方してくれた。
こちらから指定しないでも望む物を考えて出してくれる姿勢は素晴らしい。

2012.12.25(火)に造影CTの予約を入れた。結果は27日。
何でクリスマス??と尋ねられ、今まで頑張ったからプレゼント代わりのゲン担ぎと答えた。
体の事だけでなく背景まで心配してくれる、この医師の元で治療を一貫したかった。

サンタクロースがいるか子供に問われたら?という質問に対して、絵本やコカ・コーラのCMで見るような、トナカイを引き連れた髭を生やして煙突から侵入して無償でプレゼントを置いていくサンタクロースは見た事がないけど、大切な人を喜ばそうとしたり幸せにしてあげようと思う気持ちが人をサンタクロースにさせると思うから、サンタクロースはいると思う、という素晴らしい意見を見た事がある。
いつも小悪魔のような笑顔を見せる撮影技師が、私のサンタとサタンのどちらになるのか。。
CTを撮る前に上目遣いで嘆願しよう。
努力が報われる事を祈る。

直帰せずに会社に向かう。
面白い話、景気の良い話、大丈夫?と笑えるような話、魅力のある人故の失敗談、と心が踊る話を聞けた。
私からは暗くなるような話題しか出ず、こんな人間ではなかったのにと少し落ち込む。
今日は3つ嬉しい事があった。
私が入社時に立てた一番の目標を3月に達成してくれようとしている事。
私が勝手に兄のように慕う上司の夢であり私の願いが達成された事。
子供のように嬉しそうな喋り口調を見て、久しぶりに心から笑顔になれた。
何時でも自分の事は後回しにしている大人の男の姿を私は追い続けてきました。
おめでとう!!!!!!!!!!!!!
一つは内緒。形になればブログにのせる。

今日は本当にいい日だ。
この調子で何もかもが良い方向に転がって欲しい。

ラスト・スパート頑張ろう!!

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2012年9月13日木曜日

どん底に突き落としてくれた医師に救いを求めた

行動第一弾。
体に抱えている問題を潰す為に行動に移る。

ジェムザール投与前から認識している肝臓の違和感だが、痛みと日々の症状に自分では対処しきれなくなってきた。
先日の診察で解決の兆しが見えなく、日々悪化する一方の状態に先手を打つべく、私をどん底に突き落としてくれた信頼できる医師を尋ねた。

開口一番の手術できましたか?の問いに、
この病院の判断と同じで手術はできなかった。
今は手術に持ち込む為という名目で、抗癌剤の投与を受けている。
単純CTを昨日撮り、転移はないようだが、大きさは変わっていないと診断された旨を伝えた。

残念そうな表情で、体調も良くなっているようだが、今日は何の為に来たのか?の問いに、
紹介された病院に症状を伝えても優位性の違いの為か、こちらの望むペースで対応してもらえない。
事後処置では必ず問題が生じるので先手を打ちたい。
用意した資料を見ながら、ジェムザールの投与回数とTS-1への切り替えへの経緯、腫瘍マーカー値の推移、尿、便の状態、肝臓の状態、体で起こっている細かな事を伝え、AL-P・GOT・GPTの推移から予想される胆管と肝臓の障害について解決したいと伝えた。
自分でこれ以上は対処できないので助けて欲しいと言うと、私にできる事なら何でも協力しますと力強くこたえてくれた。

尿検と血液検査をすぐにやりましょう、単純CTなら今日できるけどどうする?との問いに、昨日は単純CTでの判断だったので、造影でお願いしたいと伝えると、明日の午後に予約を入れてくれた。
診断は1週間後なのでカンファレンスを行うのだろう。

他にも色々と話したが、私より強気でイケイケな医師に少し胸キュンしてしまった。
帰り際に、少し不安そうな表情で、確か小さいお子さんいたよねと尋ねられたが、9カ月になりましたとこたえても話題は続かなかった。その真意は??。。。