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2015年1月1日木曜日

2015年始まる@まだ生きている

前回の更新から目まぐるしい日々を過ごしている。
ツイッターに触り程度は残したが、アンモニアが脳に回り痴呆症のような症状に陥り、昨日辺りからやっと携帯やPCを触れる程度に回復をした。

病院と私とのやり取りでの大雑把な感触としては、死に向かってのカウントダウンが始まったと捉えて良いかもしれない。
しかし、私と妻は諦める姿勢は微塵も出す気配はなく、26日に退院をしてすぐに化学療法を受けた。
緩和ケア科の入棟面談・バイパスした箇所以外の不良・新たな問題等、もう少し体調が落ち着いてから記録を残す。

後数日で34歳を迎える。
スタート時に半年で死ぬ、と言われた事を考えると長生きをしているものだ。
今年も私を支え続けてくれた方々、本当にありがとうございました。
また、興味を持ってブログを読んでくださっている方々もありがとうございます。
私のこれからの記録が後に役立つ内容になるように、頭をしっかりさせてブログを綴りたいと思います。

皆様が良い一年を過ごせる事を心からお祈りいたします。
今年もよろしくどうぞ!!!!!!!
何事も諦めない事こそが成功の鍵だ!





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2014年8月4日月曜日

病院通い - 採血結果etc

8/1 三箇所の病院巡り・会社
寝起きに嘔吐。吐血なし。疲労感あり。
駅まで歩き、去年の手術に向けて入院した以来のゆりかもめ線。
電車内は夏休みのちびっ子と親で溢れかえっていた。
以前に声を掛けてくれた女性を発見して、挨拶をして世間話をしながら病院へ。
ハイチュウありがとうございました。

1件目 がん研
がん研で採血と漢方サポート科の診察。
採血結果は腫瘍マーカー以外は良好。
薬でコントロールしている現状を良好とするかは別問題だけれど(;´Д`)
経過報告をして、他の医療機関で受けている治療や使用している薬剤を報告。
予想していた通り、アクテムラについての話題になり、医師が辞書引きをしながら話す中、アクテムラを選択した理由と自分で認識している付随する問題点等を伝えた。
私のような状態の者がアクテムラを使う事は好ましくないのだが、今迄の自己回復力にすがっている旨を伝えると、過去の採血結果をチャートにしながらとにかく気をつけるように、と言われ、処方して欲しい薬等を伝えて診察が終わった。
医師のはからいで予約時間通りに診察を受けられるようにして頂いているが、遠方から一家総出で分厚い資料を持って質問に訪れる方も見受けられ、如何せん時間が読みにくい。
漢方について正直な所は全く重視していないが、この医師は薬学知識が半端なく、症状を聞いて的確な薬を処方してくれる上に、経験則から、わかる・わからない、効く・効かない等もはっきり言える立派な方なので、継続した付き合いをしたいのだが。。。。。。。
私が最も重視している検査項目はフエリチン。
毎日ゼローダを服用しながらもこの数値。
脳・肝臓・脊髄・第ニの脳と言われる腸、今以上に頑張れ。

2件目 眼科
がん研で済ませても良かったのだが、何かと時間と手間がかかる為、別の病院で処置を済ませた。
先々月から視力が著しく低下を始め、片目は眼鏡を掛けていても裸眼状態、片目は濁ってあまり見えなくなってきた。
片目をレーザーで処理、2週間後に経過観察をして問題がなさそうであれば、もう片目も別のアプローチで対処する事になった。
母方が糖尿家系の為、いずれこうなる事は想像はしていたものの、糖尿病の疑いが見受けられない状態から考察すると、体が崩壊を始めたのだろうか。
回復・進行共に何もかもが常識を外れた速度で進みてんてこ舞いだ。
例え目が見えなくなったとしても、三只眼吽迦羅の第三の目が火を噴くぜ(^q^)
ウーさん、抗癌剤ジャンキーの私も人間に戻してくださいorz


3件目 某大学病院
朝に医者の友人から連絡があり、たまには顔を見せろ、と言われて、ついでなので某大学病院へ電車で移動をした。
受付に診察ではなく来客扱いで、と伝えると、見慣れた看護師達が一斉に迎えてくれた(;´Д`)
女性のパワーにたじろく私、お構いなしにマシンガントークで生きてたの?、等の質問攻め。
出世してお偉いになり始めた友人の開口一番の言葉は、おー、抗癌剤でやられた色してるなー、まだ墓場は遠そうだなーw、だった。
経過を話し、今後どうするつもりだ?、もっと出世したいから服用している薬と化学療法の内訳を教えろよ、等の馬鹿話に付き合っていると、以前に関わった緩和の方が同席して良いか、を尋ねてきた。
了承すると、お元気そうで良かったです、の後は無言で、私と友人のやりとりをメモにとり続けていた。
友人から、痛みはどれ位なんだ?、と聞かれ、君の鳩尾を金属パットでフルスイングして、背中を火鉢で突付き回してやるから持ってこい、と言うと笑われた。
まだブロックは検討していないのか?、と聞かれ、付随する不確定要素は限界まで抱きたくない、と伝えると、何とも言えない表情をして黙ってしまった。
話が一通り終わり、会社に行きたいから帰るよ、と伝えると、いつでも来いよ、と言われて玄関まで見送られた。
少し離れた所に座り込み、緩和病棟に入院をする状態になる前に、チェンマイかムンバイ辺りに行き、◯っぱをキメてイーソン遺跡かガンジーで地球に帰るさ、私だって出来る事であれば楽になりたいさ、と思いながら、誰が見ても体調不良に見える自分の不甲斐無さにへこんだ。

会社に寄る予定だったが、目はろくに見えず、疲れてフラフラする為、タクシーに乗り込み上司に今日は直帰する旨を伝えると、昨日の打ち合わせ内容の事を聞きたいようなニュアンスの、電話してくれない?、のLINEを見て、社畜精神でそのまま進路変更をして会社に向かった。
会社に着き、打ち合わせ内容を報告、今後どうしたいか・どうするべきかの考えを伝え、上司の目にかつて見た熱いものを少し感じた。
同時に、体の先行きが不透明な為、私お得意の手法が使えず悩んでいる事も伝えた。
なんだかんだで、ひっくり返せば一番イケイケで気持ちが若い上司が何とかするだろう、という事にして悩みは解消。
体調不良でペースダウンしている間に、外部から私の評価はNo.2から退けられてしまったが、今回の案件を機に復権を目指しつつ、時期No.2になる者と手足になる者の教育を頑張ろうと思った。
私に掛けて頂いた温情に全力でお返しできるように、この身が朽ち果てるまで社畜頑張るぞ/(^o^)\
>上司及びブログの存在を知る仕事仲間
若者はね、負ける事は考えないものよ・・・
一度や二度しくじっても、
最後には勝つと信じてる。
それが本当の若者よ
帰宅して私の好物の妻カレーを調子に乗っておかわりをしてまで食べたが、何かおかしい。
抗癌剤で真っ黒になった指先が赤く染まり始め、全身がチクチクし始めた。
妻に何を入れた、と問いただすと(;´Д`)
可愛らしい事を言いながら、きっと私を殺しにかかってきている、と思った。
胃の調子を悪くしてしまい、ここから体調不良に陥る。
#手術前から疑問に思い続けていて手術後の入院時に医師に聞いてもわからないで済まされていた、食後に左腕と左肩が痛む原因が胃にある事にやっと気付いた。調子の悪い時は本能的に胃に負担の掛かる物を避けていたが、落ち着いて探求と精査をすれば、もっと早くに解決策に到達できていた筈なのにorz
GEMで肝臓がやられた時は、右肩と右腕が痛んだ事も思い出した。
何度も拡散痛で迷路に迷い込んでいたのにまたしても(´д`)
私は胃薬にアコファイドを使用しており、痛みがでてすぐに即効性のある胃薬と併用する事で改善された。
食前に飲んでいても同症状が出ていた時もあったが、単純に胃の調子が最悪なだけだったのだろうか。。。。。。。
どなたか忘れてしまったが、同病で同じ症状に悩んでいたブロガーがいたと思うので参考にして頂きたい。
万人に当てはまる事ではないと思うが、担当医に症状・痛みの発生時期及び箇所等を伝え適切な治療を受け、少しでも苦痛が無くなる事を願う。

8/2 ( `_ゝ´)ムッ
寝起きに体の異変を感じる。
肝臓を中心に指先まで痺れて動かしにくく、右足の付け根が痛くて足を持ち上げないと動かせなかった。
頑張ってトイレに行き嘔吐。吐血あり。
娘が一目散に走り寄って来て大丈夫ー?一杯出たー?血ー出たー?、と聞きながら背中をさすり私の吐く姿を見て、凄いね-!凄いねー!血一杯でたねー、と言った。
吐き終わった娘の一言、お疲れ様ー。
救われた。
その反面で、長期に渡り留守をする事が多かった為か、出掛ける度に、また○○ちゃんのおうちに遊びにきてねー、プレゼント買ってきてねー、と言われる寂しさといったら(;´Д`)

用事があり電車で長距離一人長旅。
目的地に到着して、あまりの暑さにへばって隅っこに座っていると、警察官に囲まれて職務質問をされた。
初っ端から失礼な事を言われ、このご時世だけに丁寧な応対をして暗にあっち行け、と言ったつもりだが、何故か乱暴な言葉を投げかけられた。
夜遊びが大好きだったので職質慣れしている為、めんどくせーと思い、ポケットからお守り代わりのオキシコンチン・イーフェン、アヘンチンキが入ったボトル・財布からそれっぽい名前がついた病院の診察券・免許証・麻薬携帯輸出許可証のコピーを渡し、放っておいてくれ、と言うと、すぐに退散していった。

用事を済ませて帰宅して妻に上記を伝えるも、所轄に電話しろ、でスルー。
疲れてしまい、いつの間にか眠ってしまった。
夕食を摂り少し歩くと吐き気を催し、トイレで大量にリバース。
久し振りに食べた物を全て吐いた。
妻にマッサージをお願いして、膵臓と胃の裏付近の肩甲骨辺りに溜まったリンパ液らしきものを流してもらうと、体中に熱いものが巡っていった。
体が一気に軽くなり、そのまま眠ってしまった。


8/3
寝起きに体が動かず。
5分程だろうか、釘を打ち付けられたキリストの様に身動きがとれなかった。
しかし、片目が以前のように見えるようになっていた。心の中で小躍りをしたヽ(´Д`ヽ)(/´Д`)/
足を引き摺りながらトイレに行き嘔吐。吐血なし。
最近は胆汁は含まず胃液のみとなり、胆が落ち着いてきている事を確信した。
妻がルルロロのパンを買いに行く、と言っていたが、何故か義母に頼み全種類を買ってもらっていた(;´Д`)
久し振りに運転をして先週と同じSCに行き、昼食を摂って私だけ先に帰宅した。
調子にのり食べ過ぎてしまい、帰宅中に車内でゲロ袋にリバース。
しかし、好物の蟹クリームコロッケを出したくない、と思い、途中から飲み込む暴挙に出てしまいプライドを傷つけてしまったorz
帰宅して低血糖気味だと思いコーラを飲み、お腹が痛い(TдT)、と思いながら眠ってしまったようだ。
妻から度々電話があり、その度に不機嫌になりまた眠るを繰り返す。
玄関方向からハイテンションな娘の声が聞こえて目が覚めた。
義母がいるので我侭放題のやりたい放題。
まさに傍若無人。
プレゼントは無いのかー?、と義母に言い、それに応えるように出てくる洋服の数々。
孫LOVEパワー恐るべし。#Loro Pianaの生地で良いので私にもスーツを一本お願いしますorz
義母が相手をしてくれるので、その間に資料作りとブログを打ち込んだりと、用事を済ませる事ができた。
その後に体調は徐々に元に戻り、現段階の限界値まで復活した。
今はあまり興味無さげな、シルバニアファミリーの一員と握手。
妻の執念と義母の努力でゲットだルルロロパン。
左上・ルル&ロロ、右上ジャッキー、真中下ジャッキー&彼氏のデイビッド。


この一週間は灼熱の中を歩きまわり、途中でリタイヤする事なく、体調の安定と体力回復を感じる事ができた。
去年に手術をしてからアヘンチンキを手放せない状態は続いているものの、毎食後の水様便は無くなり半日は溜め込む事ができるようになった。
まだまだ便が硬くなる兆しは見えないが、便秘によるリスクを考えると、案外この状態でも良いのかな、とも思ったり。
胸水は依然残ったままではあるが、腹水が溜まる事はなくなり一安心した。
腫瘍マーカー推移は想像の域を超える事がなく、今後の時間を計るツールとして今後も使えそうだ。
採血前10日は抗癌剤や抗生物質等を体に入れていない。
来月には撃墜してやるぜ('A`)y-~
再発・再燃をした先人達は、ある程度は維持ができても、早々にストッパーが外れてしまいがちだが、体力と投薬を十分に見定めて慎重に治療を選ぶと、私のような状態をキープしつつ反転も狙えるかもしれない、という実績作りになるのだろうか。
腫瘍マーカーの推移と体調をトレースすると、今の状態に慣れはじめた、結局は体力・気持ち勝負、と結論付いた。
ここ数ヶ月は体調の乱高下に自身の力では対応しきれず、輸血等で対処していた事はあったものの、先月から今月にかけては経口摂取の薬剤と化学療法の他は自力で回復ができた。
京大に行ったり何だりと打開策を見つけようとしたが、大人の事情で振り回されただけで、現状では突破口が見つからず、去年と同じように博打まがいの手段しか今の所は見つかっていない。
3-4月に掛けて何が理由で体調を崩してボロボロになってしまったのか未だ定かではないが、医師達の憶測は、安定期に入る前の変化についていけなかった・化学療法がきつすぎた、という事が正解なのかもしれない。そこに情緒不安定が覆い被さった事が痛恨の一撃になったのだろう。
早々に標準治療から漏れて、治験参加要項もクリアできず、もうできる事はないから後は自力で頑張れ、と始まった自己責任闘病も、私が苦手な憶測論ばかりだ。
医師の口からでてくる、君の年齢で膵臓癌。。。。、初動の腫瘍マーカーから手術に持ち込む例の少なさ、通常であれば行わなかった手術、若さで乗り切ると思って手術をした、バランスを取りながら若さで頑張ってくれ、化学療法しか道がないでしょ、若さ故か常識はずれの回復力と耐性がつく早さ、お手上げ、後は神頼み、口からでる言葉全てが人事だ。
経験をした事がない者に現状を理解して100%の改善を望む事はナンセンスと理解しているが、畑違いの
私にどうしろと言うのだorz
やさぐれちまうぜ('A`)y-~


人間の愚かさ故にとても残念な結果になってしまったが、ブログの冒頭に記したように世界は激動を始めた。
政治・経済・社会情勢とキナ臭い事ばかりだ。
情けない事だが
家族・仕事仲間を全力で守り続ける事はできないかもしれないけれど、残されるかもしれない者達の為にも、一秒でも長く生き残り掲げた目標を達成する事に専念したい。
今まで出来ていた事が少しずつできなくなってきており、焦燥感からかメンタルコンディションは万全ではないが、時には振り返り後ずさりをする勇気を持ち打開策を思索したい。
私の武器は、若さ・経験・頭に叩き込んだ2012年・2013年度版の今日の医療薬・Google先生に教えてもらった過去・立場上の問題がある故にそれとなく医者から教えてもらう情報・望むように手助けをしてくれる医療従事者達・私の姿勢を見続けていた方達の、お前なら大丈夫という言葉。
去年の手術からのリカバリーに精一杯で、希望通りの化学療法に到達する、言わば初動が遅れた事が最大の失態だ。
同じ失敗を繰り返さないように、
8月中にリハビリと守備を完璧にしつつ、9月から索敵殲滅作戦を開始する。病気になぶり殺しにされるのは御免だが、自分で選択した治療で死ぬのであれば、私自身も妻も本望だ。
私と同じような状態の者の記述や記録は国内で明らかなものは見つからないが、海外では私と同じような状態で生き残っている方がいる。
誰かにできる事であれば、きっと自分にもできる筈。
本当にできるのか?、できないかもしれない?、わかんねー(;´Д`)
このような時は前進あるのみ!!!!!!!

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8月の更新はこれにて終了??戻ってくる場所があるようにバナークリックを宜しくお願いしますwwwwwww


/Juny The Dope Boy - Control Remix ft MC 漢, Dogma & Raw-T

♯歌詞全てに頷けるが、地獄の沙汰も金次第、世の中お金が全てと病気になって痛感した也。


2014年7月29日火曜日

御礼 - 日常の一コマ

ブログ読者の現金な皆様、生暖かく出迎えて頂きましてありがとうございました。
応援クリックをして頂きまして心より感謝します。
そして、いつもクリックを続けてくれていたお二方、顔は見えないけれど性別問わず超愛していますwwwラァブwwww
一度の更新でこれだけクリックが続いた事は手術以来。
間もなく死ぬと思い担ぎ上げているのか??
残念!!絶賛回復中!!!!!!!

御礼と言ってはアレですが、日常をブログに残す事を極力控えていたので、今回は誰得出血大サービスで日常の一コマを3日間に渡り残したいと思います。
ブログの性質上、どうしても上澄みをすくい上げての掲載になってしまいますが、私のような状態の者がどのような生活を送っているかは、同病の方には参考になるかもしれません??ならないかな(;´Д`)

7/25
日が昇る前に目覚め、毎朝恒例の水様便。
トイレから出て咳き込むと鉄の味がして胃液がこみ上げてきたので、トイレに戻り血混じりの胃液等を軽く嘔吐する。
筋力の低下が著しく、寝たきり防止策に徒歩移動と筋トレで下半身を鍛えている為、薬を飲んで朝の散歩を兼ねて自宅近くのコンビニに行き、飲む苺ヨーグルトとサラダ巻きと煙が出る棒を購入する。
コンビニから出て、苺ヨーグルトをチューっ、と一気飲みをしながら、ああ今日はブラックフライデーだ、と思う。
気合を入れて帰ろうとするものの貧血でフラフラする。
健康であれば5分の距離を、途中でマンションの隠れ番人と話したり休みながら、30分程掛けて帰宅した。
帰宅してノートPCの電源を入れ、ブログの反応をチェックして歓喜wwwwwww
そのままCNN等のニュースサイトを徘徊し、音楽を聞きながら仕事で使う資料作成をしていると娘が起床した。
起きた瞬間にダッシュをして近寄ってきて、hdちーお水ー、と言われる。
早々にシャワーを浴びて、病院に向けて出発する。

途中で一悶着あったものの、無事に病院に到着する。
午前中から化学療法用の既成事実を作る為にゴニョゴニョして、午後から化学療法を受ける。
化学療法を受けている病院で、8月は予定がある故に積極的な治療を除外する旨を伝えて、その間に使いたい薬リストを伝えて理由等を説明する。
採血結果CA19-9を見ると前回比10%増だった。
その前は400%増だったので、リスクはあるものの狙い通りの結果だった。
他の数値も前回比で満足するもので全て思惑通り。
来月頭のがん研での採血では、腫瘍マーカー以外は健康体に近い数値を叩き出し驚かれる事だろう。
マーカーの推移と体調変化を照らし合わせながら、今日はどうする、次はどうする、と言いながら、月曜日に出社予定なので今日は軽目にしておくと伝え、点滴する薬はAvastin、3週間連続でゼローダ服用をオーダーした。
9月はFOLFIRINOX(少し改造)+Abraxane+Avastinを2週おき、+Xelodaを3週連続のプラン立てをした。
抗CCP抗体(基準値4.5/採血結果98.6U/ml)の数値が高い、今日も打っておきますか?、と聞かれて、リウマチ用のアクテムラも帰り際に注射をする事になった。
化学療法が終わり、アクテムラを打つに際に、私は皮下注射であれば痛いとも思わないのに、いたいよーいたいよーちからぬいてー、と2人の看護師に囲まれる(;´Д`)
帰り際に3名の看護師と立ち話をして、よくここまで回復したね、また9月に会おうね、と言われて病院を後にした。去年も同じような事を言われたような。デジャヴ?

外に出て煙が出る棒に火をつけながら、うはー二度とやりたくねー二度と来たくねー、と思いながら一服すると盛大にゲロ袋に嘔吐した。
まだ煙草吸ってるのかって?
あたぼうよ!!!!!!!惚れた女と好きな事には命かけるぜ!!!!!!!
エレクトと煙草は私の命のバロメーター。

最寄り駅までグーグルマップのナビでは10分の距離だが、30分近くかけて駅まで歩き、ホームで電車を待っていると、会社の先輩から着信があった。
こういう案件があるんだけどどうする?、と言われ、イケイケドンドンガンガン行こうぜ、と話していると電車が来たので、折り返すね、と伝えて電車に乗り、イヤホンをつけてお気に入りのSBTKRT(サブトラクト)を聞きながらアンドロイドのゲームに熱中する。
厨二心を擽る台詞が読みたくてはまってしまった(;´Д`)

たまに顔を上げて見渡すと、学生や女性の綺羅びやかな事。
一言も発する事無く、溢れる生命力を魅せつける姿が眩しすぎた。
最寄り駅から地上に出た瞬間に熱風で気持ちが悪くなり、立ちくらみで座り込みゲロ袋に盛大に嘔吐する。

帰宅してもう駄目ぽ、と座り込むと、殺人鬼のようなオーラをかもしだしているのか、娘があまり近寄らない。
間合いをはかっていた娘に隙を見せた途端に、一緒に遊ぼう、と近寄ってきた。
同時にやっと体の異常に頭が気付いたのか、一気に体の節々が痛くなり、内臓がうねるような感覚と鳩尾をフルスイングされているような状態で、目の前はお星様がたくさん(;´Д`)
娘には、そんなものはお構いなし\(^o^)/
本を読んでくれと催促されて読むも、前後関係がわからない程に頭が混乱して、何の話しをしているかもわかない私に飽きたのか、娘はどこかへ行ってしまった。
お薬投下で現実逃避開始。
ここから記憶が曖昧でよく思い出せないが、最期に交流を持ったのは大目玉さんで、LINEの返信をするも気分がのらない旨を伝えて、早々に寝落ちしたようだ。


7/26
4時頃に目を覚まし、はー体痛い気持ち悪い、と思いながらトイレに向かい水様便を出す。
前夜にアヘンチンキを増量し忘れていた為、歯止めが効かず腸内バランスが崩れて気持ちが悪くなり、トイレを流しながらそのまま嘔吐する。
フラフラしながら冷蔵庫に行き、CCレモンを飲んで、口に薬を放り込み二度寝した。

ルルロロのイベントが川崎市のSCである為、初めてこの手のイベントに行ける為か張り切った娘に8時頃に叩き起こされる。
通常であれば化学療法翌日はほぼ絶食だが、行こうね、と約束をしたので、腹を括って気合を入れて食事を摂る。
LINEで前夜の無礼を大目玉さんに謝り、友人達にも一通り返信をすませる。
妻から今日行けるの?(押し付ける気は無いだろうな(^ム^))、と声を掛けられるが、大丈夫行こう、と伝えて外出の用意をした。

数カ月ぶりに私・妻・娘の3人で、混雑した場所に出かけた。
3人にとって色々と初めての日でもあった。
外に出るとカンカン照りで、普通に歩いているつもりだが、頭が前後にガクガクして視線が定まらず。
日々弱る視力のせいか、暑さのせいか、痛みのせいか、顔が歪む。
目の前にいた子連れのママさん達が私を見るも、妙な顔をして目を背け、歩道を歩いていて目の前からくる男性もあからさまに車道に移った。
妻に、何か変な所あるか?、と聞くと、近寄ってはいけない人の目をしてる、と言われたorz
しっかりしろ、と自分に言い聞かせて、ベビーカーを杖変わりにバス停まで歩いた。
途中に少しだけ坂があるのだがギブアップ。

バス停に着くと同時にバスが到着した。
普段は都心部の移動で公共の交通機関をほぼ利用しないので、初めて娘とのるバスにテンションが上がりだす。
バスの中で年配の女性に娘が話しかけられモジモジしていた。
私はシカト。
目的地に着いてバスを降りると同時に、目の前が歪みグラっとした。
妻に座ってろと促されたが、大丈夫、と伝えてSCに入ると惣菜屋がたくさんあり、美味しそうな物が心をくすぐる。
同時に老若問わず色とりどりの女性が(;´Д`)最近の女性はけしからん、実にけしからんよ。

ルルロロのパンを購入する為にパン屋に行くも、早々に売り切れたようで、娘はルルロロのパン、ルルロロのパン、と御機嫌が斜め下へ。
あざらしの形をしたあざらしパンで手打ちを頼むも、納得してくれず私お得意のたぶらかしトークで、生ジュースで手打ちして頂いた。
駄目だ、このままでは制御できない程にぐずりだす、と思って必死に娘を口説いていた姿を見ていた隣の店舗のお姉さんに、笑顔で話し掛けられてフランスパンブリュレを頂いた。
美味しかったので購入、まんまとやられたぜ。
妻が遅い、と思っていると、いつならパンを買えるか等を質問していたようだった。
娘より君が欲しいのだろ、と思いながら説明をスルー。

生ジュースを買い、イベント開始時間が近付いてきたのでイベント会場の中央広場に移動した。
そこは灼熱地獄だった。
無理、どうやっても無理、でも今更言えない、目の前がグラグラして太陽が3つに見えた。
妻からの大丈夫か?、の問いに、思わず、ええ大丈夫です、と素で答えた。
娘の為だ、死ぬ気で行くぜ、と思い、場所取りをかねてしゃがみ込むも、私の後ろに小さな子がいて可哀想だったので、キャミ姿の可愛いお母さんらしき人に向かって、紳士ぶってどぞー、と譲った。

ルルロロの姉御分のジャッキーが遠くから行進してきて、妻のテンションが一気に上がった。
娘もテンションアップ。
しかし私が一番テンションアップ!!!!!!!
ルルロロに興味はないが、ジャッキーの人間??性は大好きだ!!!!!!!
娘にごめん、と言い、勇ましく行進するジャッキーの元へフラフラしながら近寄り激写した。
ジャッキー!!!!!!!、と声を上げる男性は私のみ。
構わぬ。隣の人がドン引きする程に、ジャッキーにアピールを続けた。
駄目だ、スルーされる、と思い、中の人頑張れー、と言うと、楽器を手にしたお姉さんが笑いそうになり、ジャッキーに両手で手を降ってもらい満足した。
中の人は、やべー奴いるなー、相手しないと、ジャッキー愛想悪すぎ、と馬鹿ッターされると思っていたりするのだろうか、と思いながら見送った。
その姿を見ながら、もういいや、暑いし帰ろう( ´_ゝ`)、と思った。
が、娘の事を思い出し元の位置に戻る。

ジャッキーの乱痴気騒ぎに私と娘はテンションアゲアゲ。
妻に写真撮ってくれ、と妻そっちのけで、娘を抱き上げる時に体がブチブチブチと音を立てるも、何のそので肩車をして二人でノリノリ。
化学療法翌日で神経ビンビン。
娘はお構いなしで頭をバシバシ叩いた。
アミノ酸を過剰な程に摂取して、2月半ばから髪の毛が15cm程に伸びてワッサワッサ。
前々回の記事に変態青年のような時の画像を追加する。

同時に動画を撮影していたが、あまりの暑さでバッテリー温度が急上昇してカメラが強制終了した。
久し振りにガチギレしそうになった。
中座でジャッキーが休憩の為か舞台裏に戻りそうになったので、娘を速攻でおろして妻に少し休む、と伝えてスネークに行った。
何をしたかは想像にお任せ\(^o^)/

元の位置に戻ろうとするも、入る隙間がなさそうなので断念した。
妻は娘の見る範囲でしかルルロロの知識がないはず、という事は、ヤツラのメイン音楽を撮れば全て許される、と思い、とにかく動画撮影。
途中で子供合唱団のような子供達部隊が混じり、一緒に歌い出したので一気に興醒めしてしまった。
気付くと娘が足元に近寄ってきていて、娘も同じように興醒めしたようで、ポテト食べたい、ポテト食べに行こう、と太陽に照られユデダコのように赤くなった顔で言ってきた。
ジャッキーを見送る為に舞台裏に移動すると著作者が歩いていた。
誰も声をかけない、著作者は何だか寂しそうな表情をしていた、これはチャンス!!!!!!!と思い、妻にペンを持っていないのか?、と聞くも無し。
自分が普段から胸にさして歩いてれば、と言われて、(´・ω・`)としてその場を後にした。

一度だけ妻と入店した事のある店に入り、小腹が空いたからガッツリ行くか、とリブロースステーキ400gとライスと泡がのった黄色い液体を注文した。
夜も一緒にいるであろう女性の前で、昼間に食べる肉は最高だ///////
娘にポテトは殆ど食べられ、ステーキも20g程は食べていた。
約半年振りに飲むビールは味気なく、冷酒飲みてー、と思いながら流し込んだ。
比較。
ペロッとたいらげた。
ビールが口に合わなくなった事は非常に残念無念。

食後にイベントの2回戦が始まり、離れた涼しい所から眺める事になり、その間に私はトイレへ。
その間も娘はテンションアゲアゲで踊っていたようだ。
最近はカンガルーの様に、飛び跳ねまくリング(;´Д`)

私が居ない時に行った、ゲームセンターでクレーン遊びをして楽しかったようで、お金を入れてゲームをする側ではなく、何故かクレーンの動きを真似る娘の実況中継を聞く度に、今度行こうね、と濁していたので、その足でゲームセンターに入った。
爆音で頭が割れそうになる。
化学療法翌日に来る所ではないな、と思いながら、先客に無言の圧力を掛けて、アンパンマンのキャンディーをたくさんゲットした。
妻と義母からチョコレートを食べさせるな!!、と何度も言われて約束までさせられていたが、娘がチョコを食べる幸せそうな顔が見たいが為に、チョコレートもこっそりゲットした。
妻娘と合流して、アンパンマンの飴だけを差し出す。
あっちにあるよ、と伝えて飴を再度ゲットして、もう飴はとれないや、隣はチョコなんだよなーチラチラ、とやると、機嫌の良い妻は、いいよとっちゃいなよ、と言ったのでたくさんゲットして、先に獲得したものの隠蔽工作完了。
ばれなければ結果オーライ。
砂場で遊びたがる娘、爆音に耐えられない夫婦、親の都合一身上の都合で、娘に全てを諦めてもらい帰宅する事になった。

外に出た瞬間に、目の前の道が無くなり真っ暗。
おー、おー、と言いながらバランスを保つも、とうとう柵に寄りかかってしまった。
すぐに復帰してコンビニで午後ティーのストレートを購入。
糖分もしっかり補給してバスに乗り込んだ。
私達以外にも子連れがいて、私には若く見えた夫婦がキラキラして微笑ましかったので、降り際に若いっていいねー、と妻に言うと、あの夫婦より貴方の方が年下でしょ、と一蹴りされた。。。。。。。
いつだか、妻と娘と3人でどこかに行った時に、少し離れた場所で私を見ていた妻の元に戻った時に、貴方見た目は若者だよね年の事を忘れていたよ、と言われた事を思い出した。
世間の同年代は仕事遊びに打ち込み人生を謳歌している中、私は治療に打ち込み別路線で謳歌している。
世の中面白いものだ。

寝落ちした娘、久し振りに外を夫婦二人で歩く道がら、世の中の親は凄いね、子供の為に汗だくでイベント楽しんだりするんだもんね、と妻と話しをしながら自宅が近付くと、妻からよく頑張ったね、と言われた。
その時に、自分から勝手にヒーヒーと声が出ている事に気付いた。
ゲームセンターで獲得したチュッパチャップスを、バスで寝落ちした娘から回収していたのだが、玄関を開けると同時に目を覚ました娘は、寝ぼけながら飴を舐める振りをして萌えた。
帰宅してウトウトしていると、娘がパソコンのタッチパネルを触ってブログを弄りまくっていた。
消えたよー、できたよー、と言っていたので、良かったねー、と夢うつつで応えていたが、起きてPCを見ると、何も書いていない記事がアップされていたり、ブログのコメントが消えていたり、さすがだな、と思った。
ここで疲れが出てバッテリー切れ。
それから殆ど動かず一日が終わった。
現状維持が出来るかぎりは、少し危なっかしいけれど日常生活は殆ど送れるようになった。
肉を食べたお陰でエレクトもする///////
ステーキやばいっす、ガチガチっす。うっす。


7/27
寝起きの水便・嘔吐・吐血もなく、寝起きから体調良好。
体は筋肉痛で痛むが、久し振りに気分が良よく、凄まじいスピードで体が回復をしている事を感じる。
抗癌剤万歳\(^o^)/
資料を作りながら、休憩がてらにブログの返信やメール返信をする。
翌日は出社する為、一日資料と睨めっこをした。
相手にしてくれない私を娘は気に召さないようで、チラチラ目線と自分アピールに励む。
反応しない私を見限ると思いきや、妻が時折鼻歌う、可愛い可愛い○○ちゃんママとhdちのたからもの、という歌を口ずさみ、私を誘惑して一殺にした。
昼も夜も食欲旺盛な私の姿に妻は驚く。
特に何か目立った事もなく、ごく普通でありふれた日常だけれど、私にとっては最高の休息日となった。
私の遺伝子を継ぎmusicgirlに成長した。
音が鳴らなくてもヘッドフォンがお気に入りwwwwwww
某県議員のアレに似ていたり似ていなかったり。

7/28
8時頃に起床。
体調良好。
どこか調子が悪そうで、寝起きからぐずる娘をなだめながら朝食を摂らせる。
妻の用事が終わり昼前に帰宅すると同時に、入れ替わりで電車に乗って出社。
歩く、歩く、ひたすら歩き、誰にも負けじと、超高速歩きで、健康時より早く歩いている事に気付く。
夕方から会社に戻ってくる皆に、どうやってきの?、電車だよ、と答えると、公共の交通機関を使うんですか?想像できない、と笑われたり、馬鹿話をする。
私は今後死ぬまで、できるだけ歩き続けると決めたのです\(^o^)/
その後に数人と遅くまで今後について話し合い。
日付変わって1時頃に帰宅して今に至る。
本日一度も吐血・嘔吐無しで、体調良好。


身心共に傷だらけの穴だらけ。
少し前までは、病院やマンションの階段を昇り降りするだけで苦しくて全てが億劫だったけれど、最近ではその辺の人と同じ歩行速度を保てるようになった。
一月前は消化不良・胃酸多可・胆汁逆流・食後の痛み・吐血・下血・腹水等で、茶碗一杯分の食事量で精一杯だったものの、今では食欲旺盛で、私が最も重要視している消化器も回復を始めてきた。
特にこの半年はきつかったが、やっと術後の安定を手に入れたのかもしれない。

このままでは血を求められる不死身のアレになりそうだ(;´Д`)


目の前真っ暗でシャットダウン寸前の立ち往生する状況は脱したものの、毎日地獄の一丁目にいる気分で釈然としない右往左往する日々は続く。
そのような中でも、娘はお構いなしで成長を続け、少しずつ世界が広がり始め、歩幅を大きくとり始めた。
貴方なら何とかできるから、頑張ったね、というたまに気味の悪い言葉を発し、私を信用してやまない斬新な主張ばかりするツンデレ妻。
一緒に寝る時は、私の頭を撫でてくれる娘。
私の居場所を確保してくれて、応援してくれている、私の周囲の方々。
天邪鬼で頑固な私と、妻から娘へ継承した、大丈夫、という言葉。
私の周囲の方々の、お前なら大丈夫だよ、という言葉。
この言葉に私がどれだけ励まされた事だろうか。
これだけで、自分のリミッターが解除される、そんな馬鹿で安い駄目ンズの日常の一コマでした。
おしまい。

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反応薄いとブログの更新がまたとry なんてねwwwwwww



/しまじろうのわお! op オープニング曲 「しまじろうと いこうよ」

>行こうか行かまいか迷っている君へ

7/31追記

2014年3月13日木曜日

1月~3月上旬まとめ - 四面楚歌

年明けからここまでは巡り巡る日々で記憶が定かではない為、詳細を省いてブログに経過を残す。
他にも病院通いや治療等もあるが、対膵臓癌ではなく後続者の参考にならないので端折る。

現在の体の状態

術後から片肺しか動いていないようで常に息苦しく、手術前の陸で溺れる魚の状態に再突入した。
マスクをしているだけで呼吸が苦しくてもがきそうになる時もあったが、どこかのタイミングで諦めがつき、肺活量を上げる努力をした結果、娘を抱いたまま早足で1㎞程度の散歩ができるようになったが、睡眠時や横になっている時に突発的に呼吸ができなくなる事が増えてきた。
レスキューに手を出していた時の痛みレベルはとうの昔に通り越してしまい、呼吸ができない状態や、脊髄の神経網及び膵臓部分を圧迫する苦しさ以外は黙って耐えられるようになった。
痛みについては、オキシコンチンを気休め程度に飲む事はあるものの助けにならない。
パッチは入院時に試してみたが全く無意味だったので、背中から直接フェンタニルを入れる事を考慮しても良い状態だが、これも呼吸と同じく諦めの姿勢を自分に見せて耐え続けた結果、慢性的に痛みはあるものの、今の所は余程の痛みではない限り動けなくなる事は回避できている。
肝臓に明らかなる転移は見つかっていないようだが、膵胆肝に関する数値は悪化を始め、CAR・AL-P・CRPの上昇と食後の詰まり感等から、ステント留置を検討したが良いのでは?、と助言をされた。
膵体尾部切除術を行った後に体験をした低血糖症状は改善される事がなく、メントスや甘い物を持ち歩き、体が重たくなり眠気を感じ始めると糖分を補給してリカバリーしている。
胃腸の状態は術後よりは少しマシになった程度だ。
水溶便→下痢への変化はあったが、それ以降は殆ど改善されておらず、食事内容が便にすぐに反映されて流れ出ていく為、便を見て体の状態を予測する事ができない。
一年程で元の状態に戻るだろう、と言われたのに。嘘つき(TдT)
荒治療が功を成して腫瘍マーカーは基準値に近付いたが、代償で白血球が基準値以下に下がってしまい、これに対する治療を行い、白血球が62(62000(基準4-9))前後から基準値付近に近付く乱高下の状態となった。
滅多に出た事が無い鼻血が出て何時間も止まらなかったり、慢性的なふらつきと目眩が更に酷くなったり、短時間に何度も突発的な発熱を繰り返したり、気付くとヨダレを垂らしていたり、おかしいと思っていると上記の状態だった。
急性骨髄性白血病か癌転移の疑いを告げられ入院を勧められたが、入院してしまうとこのまま終わってしまうと思い、様子見をさせてください、と告げて帰宅して1週間を耐えて基準値付近に戻した。
しかし、赤血球関連とFEと血小板は常に基準値以下で、このままでは輸血に頼る生活を選択しなくてはならず、今迄のように積極的な化学療法ができない体になった事と、自分の体が壊れてしまった事をを痛感させられた。
膵臓の裏にある神経網とリンパ節にある招かざる客が大宴会をして、そのまま隣の部屋に雪崩れ込むような歓迎しない状態に陥っている可能性が高い。
羅列したが、一日に数回起きる突発的な発熱が一番辛い。
3分程の間に40度近くまで上昇をして一気に体温が下がり全身汗まみれになる状態が1ヶ月ほど継続している。
体力の消耗が凄まじい。
2014年03月12日、会社で下血した。

服用中の薬と検討中のサプリメント関連

現在の常用薬は、アヘンチンキ・アコファイド・カナマイシン・コレバイン・ロペミン・リパクレオン・アリナミンF・フェロミア。
前回のブログ更新から色々な添加剤を服用したが、常用薬とはならなかった為、今回は省略する。
漢方は飲みにくいので勝手に休止、これまで漢方を飲んで感じた事は、体を温めて血流を改善する程度かな、というものだ。
前向きに検討しているサプリメントは、下痢を改善する為に、キチンキトサンとタウリン。
検討理由は蟹を食べた翌日は消化及び吸収促進を体感し、下痢がかなり緩和され便が若干硬化する事が多々あり、服用中の薬と相乗効果で吸収率が高まると思った為。
漢方が得意な某著名医師に話すと、蟹の甲羅を揚げて食べてるか、似たようなものだとゴキブリの漢方があると言われた(´д`)
キチン・キトサンは調べると面白いので、消化器系統不調者で下痢の症状を抱えて手詰まりの方の人柱レポートを求む。

食事と体重の変化
2人分は食べられるようになった。
できるだけたくさん食べるように努めているが、体重は下げ止まり程度だ。
体重は一時期40kg中盤になったものの、今は51kg~54kgの間で落ち着いている。
糖分と脂肪分の多い物を食べるように気をつけた賜物か、少しずつ脂肪が付きはじめた。
肉6割:炭水化物4割:野菜1割:魚1割位の分配で肉食男子真っ盛りだ。
ステーキ300g、白米2人分、サラダ1人分、サワー1杯、これ位は楽にこなせるぜ('A`)y-~
#普段は飲酒していない。

化学療法

1月から3月12日迄の化学療法は2回となった。
是正で2週間に1回のスパンの治療を続けていたが、体力が回復しないままに化学療法を受けて致命的なダメージを受けた。
これまでは投与後約1週間で娘の相手が出来る程度に回復をしていたが、2週間経っても嘔吐、目眩、化学療法による焼けるような痛みで満足に日常生活を送る事ができなくなった。
最後の投与から約3週間で回復を感じ始め、4週間目で動き回れる程度になったものの、これではまともに生活を送れないと思い、1月末をもって化学療法を休止した。
また、これまで化学療法での脱毛は皆無に等しかったが、最終の化学療法2日目から髪の毛が抜け始めた。手櫛で髪が束で抜けてしまいシャンプーの止め時がわからず面倒に思い、翌日にはひいきにしている散髪屋に向かい、バリカンの2mmで刈ってもらった。
いつでも出兵できる坊主頭になって自宅に戻りポストを漁っていると、マンションの管理人から何か御用ですか?、と声をかけられた。
妻にはどうせならもっとお洒落に切ってもらえばよかったのに!!、と言われる始末だ。
高校入学時に坊主になり、それから髪を伸ばし続け、ジェルでオールバックのように固めてイワトビペンギンのような風貌だった自分とお別れになった。
鏡の前に立つ事は殆どない自分だが、最近は写真を撮られる事が増えたので自分を客観的に見る事が増えた。
面影はあるものの、痩せ細り本当に自分なのか?、と思う。
どこからどう見ても世間に浸透している癌患者のイメージそのもので、且つ私の場合は、山奥の田畑で若い女性の農作業をニヤつきながら覗き見をしている欲求不満の変態青年です。ありがとうございます。


7/29後付。
がん研で声掛けられまくりなので、顔を隠しても意味がないのか('A`)y-~


化学療法を受けている病院に行き、医師に一連を伝えてどうするべきかを話しあった。

化学療法、陽子線、IPS以外の既存の治療について懐疑的な私達が導きだした答えは、積極的な治療を諦める事、化学療法ができるまで体調と腫瘍マーカー値を良い状態でキープできる骨髄抑制が少ない治療を行う事。
今の投薬スパンをキープしたいのはやまやまだが。。。これ以上積極的な治療は。。。
後は自分で考えてサイクルを変化させる等の答えを出してくれるのであれば協力はする、というニュアンスの言葉を投げかけられた。
当面の間は体調の悪化と腫瘍マーカーの変化を読み、鳩尾や背中の痛み等の直感を判断基準として、今の状態をキープできる化学療法(現時点では(irinotecan+Abraxane+状況によりTrastuzumab(Herceptin他同系統薬))で対処する事になりそうだ。
せめてもの救いは、1ヶ月半近く化学療法を受けていないにも関わらず、腫瘍マーカーは減少を続けていた事だ。
過去形の理由:腫瘍マーカーを計測していない為。
私は腫瘍マーカーさえ基準値付近に近づけていれば、劇的な悪化が無い事を確信した。

客観的にみた私の振るべき道?
その後に外科・内科・緩和の3名の医師と看護チームと話す機会を設けられ、私にレールを敷こうとしてくれた。
有難い申し出だったが、私は最後まで自分で考えて体感をして自分が望む時にしかるべき処置をお願いしたい、と伝えた。

PET-CTの結果

誕生日に受けたPETCTの結果は、目立った転移は見つからなかった半面で、先日のCT結果を覆すような事も無かった。
現時点である治療方法ではどうにもならない部分の浸潤に頭を悩ませる日々が続く。
体調の悪化に拍車が掛かり始めた1月下旬から今日までCTを撮っておらず、3月末に予約しているCT結果を想像するだけで萎えてしまう。

この記事の締め

膵臓癌の疑いを告げられスタートした闘病生活も2年半が経過した。
間もなく術後1年、stage4aスタートから3年だ。
手術に持ち込む、体を回復させて人並みの生活を送る、とショートスパンの目標は自分の糧となり、周りから見ると遅いペースながらもクリアしてきた。
次は何を目標にして気力を持たせればいいのか。
外科的なアプローチ?、化学療法や先進医療で治癒を目指す?、答えはNO。
白雪姫にまとわりつく小人達の一員のように、絶対に手が届かない娘の成長を見守る事が気力になる?、答えはNO。
妻が死に絶えるまで側にいる事が気力になるのか、答えはNO、化け物のように年をとらない妻に敵うわけがない上に、できる事ならごめん被りたい案件だ。
仕事?、これもNOに近くなった。信用が欠落した自分が第一線に立てる事はなくなり、せいぜい後方射撃部隊の一員程度になってしまった。盛り返すけどね。
何もかも先を想像するだけで果てしなく遠くて、自分の体調をトレースすると何をするにも億劫になってしまう。
では、何を目標にして明日を望み生きていくのか。
私を渦巻く葛藤にどう向かえばいいのか。
妻と妻の親族、上司と仕事仲間も私が死ぬとはたぶん思っていないだろうが、私を取り巻く他の者達は私が間もなく死ぬ、と思い始めたようだ。
端から諦めろ、と言いのけた者もいれば、最近になって掌返しをして諦めろのポーズをとりはじめた者もいる。
その半面で、お前は死なないと笑ってくれる人もいれば、絶対に死なないで、と言ってくる者もいる。
声を大にして言いたい。
自分がやり残したと思う事があるからこそ、生きたい、と思い、自分と向き合う事がいけない事なのか、何故に私の命について第三者が意見をして、且つ押し付けがましくレールを敷こうとするのだ???????
私にとってはとても複雑な葛藤を抱えて悩み続け、答えを出す迄に10日程かかった。
もっとたくさんのものを見たい。もっとたくさんの事を経験したい。まだ娘から離れたくない。まだ死ねない。
今後、私の命に対して押し付けがましい意見をしてくる者には関わらない。
しつこくするなら豆腐を投げつける。
当たり前で単純過ぎる答えを出した自分を鼻で笑ってしまった。
同時に、このクソゲーが新しいステージに進む度に、殺さないで下さい、と歎願する死刑囚のように、惨めで空虚な何かと、少しずつ単純化していく自分に気付き始めた。
よくわからないけれど、まだ死というものは現実味はないが、そう遠くない内に私は死ぬ、と自分が発する何からのシグナルを捉え始めたのだろうか、とも思う。

内心を文字に起こして、ここまでの稚拙な文章を読み返したが、どうにも弱々しく感じる。

ただのポジショントークにしか過ぎず、全然面白くもない上、自分の参考にすらならない。
このブログを読む識者には崖っぷちに立たされているのに、まだ威勢を張るか、と思う者もいるだろう。
このような状況下でも精神不安定になる事は無く、相変わらずマイペースながらも淡々と目の前の課題をクリアしている。
体がどのような状態に陥ろうとも、抜山蓋世の如く常に強気でポジティブ・シンキングだ。
突然バッテリー切れになるボロ玩具のように不調を抱えているものの、体か心のどちらかが割り切ってくれているので、至って普通に生活をしている上に、マイペースながらも社畜真っ盛りの通常運転だ。
私を観察している人でない限りは、私がどのような状況かを想像もできないだろう。

四面楚歌の状況に叩きこまれたが、私は一秒でもこの世に居座る為に、体が壊れた・体力が回復しない、どんな御託も甘えと捉えて、高村光太郎の、僕の前に道はない、僕の後に道はできる、を地で行くのみだ。
様々な治療があるものの、下手な鉄砲を数打てど的の中心を射る事は難しいだろう。
今は力の限り弓を引き絞り、まだだ、まだだ、とその弓を放つ時を待つ。
前後左右に道が無いのであれば、上下のどちらかに進むか、チートを使いどこでもドア宜しくをするしかない。
同病者が歩んだ事がない、更に上の何かを目指す事にした。
格好いい事を言ってみたけれど、万が一死のうものなら妻と娘に悪態つかれるのが目に見えている上に、若さ故か心体が生きようとして死ぬに死ねないのだ。
痛い・辛いなんて言おうものなら怒られちゃうし(´・ω・`)
ただね、痛みは我慢出来ても苦しい思いはどうにもならない。
いつも手詰まりのギリギリでもう疲れちゃった。。。。。。。
何も考えないで落ち着いていられる環境が欲しいよパラトラッシュ。。。。。。。
と、言いたい所だが、まだまだ踏ん張るぜ('A`)y-~
大和男子の私ならできる。
駄目なら駄目で派手に逝くのみだ。

統括
力は山を抜き、気は世を蓋う。

時、利あらず、騅、逝かず。
騅の逝かざるを奈何にす可き。
虞や、虞や、若を奈何んせん。

orz

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/Skrillex - Summit


>>blog readers
ご挨拶が遅くなりました。
相変わらずマイペースの私ですが、今年もどうぞ宜しくお願い申し上げます('A`)y-~

2013年12月30日月曜日

2回目のイリノテカン+アブラキサン - 他12月まとめ

12月11日 - がん研:漢方サポート科
体調不良で前回の診察をドタキャンした為、次回の予約が入っていなかったので、診察予約と採血と処方箋を求めてがん研に電話をした。
担当の医師は休診日で処方箋を出せない、と言われたが、私のカルテに何かが記されていたようで、すぐに医師に連絡をとって折り返します、と言われた。
外科の連中に適当に診察をされるのかな、と思っていたが、折り返しの電話で漢方サポート科の医師が午後から会議に出席するので待たせるかもしれないがお会いしたい、と言っていると伝えられた。
指定時間前に受付と採血を済ませて、入院患者を検査へ運ぶ看護師に声を掛けられながら、温かい場所でホットレモンを飲んで時間を潰した。
予定時間通りに診察室に呼ばれ入室してみると、いつも従えている研修生の姿はなく、漢方サポート科の医師だけだった。
質疑応答を済ませて今後の方針を尋ねられ返答をした。
君のこの採血結果の良さは何なのだろうね、趣味は何なの?、どこでそんなに知識を蓄えたのか?、等と普段はしないラフな雑談をしていると、話の途中で、化学療法に恵まれている環境が羨ましいよ、と言われた。
くだらない決まりのせいで、医師が歯がゆい思いをするのはどなたでも同じなんだな、と思いながら、医師からのアドバイスに耳を傾けた。
次回の予約表と採血結果を渡され、頑張りなさい、と言わて診察が終わった。
処方箋ゲット!!!!アヘンチンキが無い3日間はなかなか辛かったぜ。




12月13日 - 化学療法
採血結果は良好。
腫瘍マーカーに大きな変化は見られず歓迎しない方向に走りだしている。
前回の化学療法から2週間が経過したが、化学療法後の3日だけ痛みが和らぎ再燃した。
医師にこの旨を伝え、体調の変化を伝えた。
イリノテカンをベースにアブラキサンは維持する事になったが、投薬量を増やして様子を見ることに自分で決めた。
投薬後の3日程は今までに無い吐き気と倦怠感に悩まされ、起き上がる事もままならずほぼ寝て過ごした。
長時間横になる事で消化液が逆流してくる事と、化学療法の副作用??で吐いては横になるを繰り返した。
4日目に気分転換に体を動かし始めると緩やかに治まりだした。
この記事をタイピングしている18日も痛みは無いが、体調は思いもよらない方向に傾き始めた事を感じる。



- 途中経過省略 -


12月24日-25日
ショートケーキ2個とモンブランとチーズケーキを1個ずつ買って帰宅した。
娘は誕生日ケーキのロウソクを上手く消す事ができなかったけれど、その後に一人で懸命に練習を重ねた成果で、クリスマスケーキのロウソクは自分で消す事ができた。苺のショートケーキが気に入ったようで1個近くを食べてしまった。
寝る前に玩具をお片付けしないとサンタさんが家に入ってこれないよ、と言うと、ハイッ!!と良い返事をしてお片付けを頑張った。
クリスマス=サンタ=賑やかな歌と踊り=楽しそう=好き!!、程度の認識のはずなのに、何が彼女を駆り立てたのか考えたが答えが見つからなかった。
日付が変わった25日に邪魔で片付けていた本部プレゼントを仕込んだ。
久しぶりに見た本部の中に何かがあるのがわかったようで寝起きからソワソワしていて可愛かった。
残念ながらまだ早かったようでプレゼントにあまり関心を示さなかった。
(絵本+ディズニー鉄板映画のDVD9枚)
私の妹からシルバニアファミリーの人形と家のセットが届いた。
これにはがっつり喰い付いた、負けたぜ。

自分には・・・。。。。。。。
今年もサンタつかえねー。
おまけに、楽しみにしていたモンブランが起床すると消えていたorz
幼少期から困らせるような我侭を言った覚えは無いのだから一度位はサプライズを届けて!!!!!!!

/DJ BL3ND - WINTER MIX

Dear Santa Claus, 
wassup? I never understand wassu are doing! Try not to make waves, up to u. May the force be with u...
regards. hd
ps, a little bird told me, he's the Best mazafacka.


12月27日 - がん研:CT
CT結果は黒々としたグレー。
来月のPETで他に転移があるかを調べて今後の身の振り方を考える。
その半面で、採血結果は良好。
腫瘍マーカーは前回の約半分になり、手術前は効果が定かではなかったが、イリノテカンとアブラキサンの有効性が明らかになった。
肝臓が弱い自分にとってジェムザールの代わりになるイリノテカンは有難い。
約一ヶ月の休薬期間を設ける次回の採血結果で、イーブン=不変になれば前回の投薬量で早い段階に基準値内に持っていく事ができ、別の薬か次回の採血結果を元に算出できる最低限(大凡標準の20%程度??)の投薬量でも維持できるかもしれない。
外科の医師とはかなり話が脱線してしまったが、3月にまたお会いしましょう、と内科にバトンを渡された。
漢方サポート科の医師は私と話す事が楽しみのようだがちっとも嬉しくないorz
ワクチンについて医師を紹介して頂く事になった。
*メモ:そろそろ便を固める薬を飲み始めてもいい頃だと思うので次回の診察時に相談をする。
同日に予定していた化学療法は諸事情で休薬した。
前回の化学療法から13日で痛み襲来。




おまけで約半年の採血結果のチャートを残す。






統括
4月に手術をしてからは、元の状態に戻す為に試行錯誤を重ね、新たな問題にモグラ叩きを繰り返しているが、まずまずのコンディションで33歳の誕生日を迎える事ができそうだ。
採血結果は健康体に近い状態を維持しているが、消化器を筆頭に全身の機能が衰えだしている事を実感し始めた。
今使っている化学療法のアブラキサンは間もなく使えなくなるはずだ。
その時迄に良いポイントに持ち込めていなければ、自分に残された化学療法は武器どころか盾にすらならないだろう。
医師達と先駆者が残してくれた情報とGoogleのお陰で取り返しがつかなくなる一歩前で軌道修正をできているが、あと2-3ヶ月で次の手を踏まないと一気にあの世行きの去年と同じ状態だ。。。。
化学療法以外の治療で、自分に該当する効果的な治療と論理的で目新しい治療は見当たらない。
強いて挙げるのであればワクチンで、年明けにワクチン摂取について意見を伺う場を設けて頂いているが、これを使う時期や付随する問題を熟考した上で行動せねばならない。
痛みが酷い時は自分が満足できる生活レベルを保てる量のオキノームやオキシコンチンでは対応が追いつかなくなってきた。だが、レスキューに頼る事をやめてみると、慣れたのか諦めたのか定かではないが、一見普通に生活はできている。
これ以上の痛みレベルに行くとポートからフェンタニルを注入する事も検討せねばならない。
幸いにも食事は人並みに摂れて体重は維持できている上に筋肉もついてきたので、便通と血流に気をつけ、秋にはToulouseへ行けるように頑張って生きたい。
今年は守備に徹した一年だったように感じるが、失敗しても諦めないで何度も挑戦を続けて、自分の知恵と力で掴みとった一年であるようにも思う。
この調子でやっていれば今まで通りきっと何とかなるさ('A`)y-~

今年も沢山の方に支えて頂いた。
生きてくれていればそれでいい、と何人かに言われたが、この言葉が一番ありがたかった。
ブログを通じてコンタクトをとってくれる方々と、実際にお会いした方々には、私が何より欲している心の拠り所を頂いた。
特に嬉しかった事は、大目玉さんにカロリーの高い美味しい物を食べたい、と冗談で伝えた時に、すぐに近所で評判のお店に出向いてくれてホールのチョコレートを送って頂いた上に、その後のLineのやりとりの過程で、君の役に立ちたい、というニュアンスの言葉を頂いた事だ。
これは代わりがない素晴らしいプレゼントだ。
膵臓に関する病気を共有する者として戦友であり、どちらが長生きできるかのライバルでもあるが、悪い言い方をすれば接点はそこだけだ。
しかし、互いに深く素性を知ろうとせず、純粋にこの接点でリンクできている事に感謝する。
彼を始め私に関わる方々に対しても言える事だが、どのような感謝の言葉を並べようともそれは単なるキャリアでしかないので、原点に戻りもっと概念的でプリミティブな何かで表現をできないか考えたい。

>>blog readers
今年も拙い駄文を読んで頂いた上に、バナークリックとコメントでも応援をして頂き、まことにありがとうございました。
明けない夜はない、そうです。
良いお年を!!!!!!!

今年も励まされ続けたHONDAのCMで今年最後の更新を締め括る。


HONDAのどなたか!!!!!!!新型NXの直管仕様をプレゼントしてください!!!!!!!

/[Jazzy Hip-Hop] ~ Moon Escape ~ mixed by HaruYahMan from JP Osaka



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