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2014年11月16日日曜日

瀕死@9月下旬~10月中旬まとめ

9/23に会社のBBQに参加して、皆に励まして頂き、まだ必要とされている事を感じた。
愛の告白?をされたり、よーしやるぞー、と思った矢先に撃沈してしまった。
24日から胃の調子が悪くなり、寝ても覚めても胃酸に悩まされ食事量が減り始めた。
9/26に化学療法を受けてからは体調悪化に拍車が掛かり、口に物を入れるだけで気持ちが悪くなりそこからは一気に落ちていった。
化学療法の副作用とは違う症状と眼圧上昇等から高血糖を疑い、糖分・油分を抑えた食事を採用したが何を食べてもすぐに嘔吐して、高血糖由来の喉の乾きで水分を摂っても胃から先に流れていく気配が無く胃は腫れ上がり、胃の限界値を越えては嘔吐を繰り返した。
嘔吐を繰り返すことで胃がやられて吐血と下血が激しくなった。並行して胃の痛みと胃酸過多によるムカつき、各部の痛み等で生きた心地がしない日が続いた。
十二指腸が狭窄していると早々に判断したものの、胆管のステント留置からの経緯を見ると些か疑問点があり、医師に解決を望んでも体力不足で延命の治療に走るか、理屈では納得できない症状にステント及びバイパス手術を適用になる事は容易に想像できた。
自己回復をする意欲と体感がある中では時期早々と思い、自力で原因追求と回復を目指す道を選んだ。

しかし、高血糖由来の倦怠感が酷く、体調の変化についていけず。
後に見た採血結果の通り乱高下を繰り返していたようだ。
意識は朦朧とし、一日中横になり、食事は殆どとれない日々が続き、声はかすれて発する事もままならなくなり、生活が一変した。
自力で立ち上がる事もままならず介助をしてもらっていたが、この頃には娘からは目に映るけれどそこにはいない人のような扱いをされ、妻からは、お願いだから死なないで、と言われる有り様。
高血糖と栄養不良で目の前がかすみ、日を増す毎に衰弱していき、起き上がろうと思って体を起こそうとした瞬間に気を失ったり大変だった。
この間は胃を休める為に必要な時間と思い食事は諦めて、高血糖と体調不良の原因と改善策を考え続けた。
狭窄であれば胃を押す事で多少は流れると思い、食後や水分摂取後は胃を押して無理矢理流そうと試みて反動で吐いてみたり(;´Д`)

試行錯誤する中で、5-7hスパンで狭窄している部分が緩んで流れていく事に気付いた。
このタイミングに合わせて食事時間と水分摂取量を調整して、最低限必要であろう400kca/dayの摂取を目指した。
3日程このサイクルを繰り返す事で、自力で立ち上がり家の中を動き回る程度はできるようになったが、足の筋力が無くなり自宅から出る事が出来なくなっていた。
この時点では確定診断ができず打開策が無かった為、折角の高血糖なので問題を解決する為に過去の採血データ・日記を漁り精査を始めたところ、私のウィークポイントに気付いた。
このウィークポイントを排除し、食事内容や自分の癖を見直して不足分を補う事で、毎食後嘔吐は変わらず体調は安定しないものの、高血糖症状からは少しずつ脱し始め、減り続ける体重は反転してキープ程度はできるようになった。しかし、反動の低血糖症状が日に何度も現れる日が続き、体調不良に覆いかぶさって生き地獄を味わった。
この頃に意を決してコンビニまで歩いたが、帰宅途中の坂を半分程上がった所で足が震えて動けなくなった。
悔しいやら情けないやらでその場に座り込みガン泣きしてしまった。
この悔しさをバネに階段の昇り降りで基礎体力を取り戻し始め、自力である程度は動けるようになった。

10月半ば迄に通院した痕跡はあるが記憶が定かでは無い。
家から出る事が難しく、がん研迄は行く事ができなかったので予約は全てキャンセルしたようだが、誰かと接触して造影CTは一度行っている。
入院を促された時のメモには、長期入院になる事と対処療法しかやらない、ホスピス等と連携を取っていく、となっていて、ああそうか、もう一般的には死ぬ側なのかと思ったが、今までの過程で生じた疑問を解決できておらず納得できない私は帰宅する事を選択したようだ。
この時点では手術の話はまだ出ていない。

振り返ると意地でしかなかった約1ヶ月だが、私は標準治療から漏れた時点でレールの上を歩かないと決めた。
このブログを読む娘と後続者には馬鹿で不器用な男に映るかもしれないけれど、命をかけて一度掲げた方針を簡単に変えるような不安定で信頼を置けないような男にはなりたくない。何より妻が愛した男の姿と違う。
例え選択を誤ったとしても、孤独感を募らせてしまう事になっても、自分が一度決めた事。
苦しい時こそ歯を食い縛れ。
これが私の美学。 

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10月半ばから現在迄はもう少し落ち着いてから更新する。
どれだけ痩せたか記念に写真を残しておく。

2014年3月13日木曜日

1月~3月上旬まとめ - 四面楚歌

年明けからここまでは巡り巡る日々で記憶が定かではない為、詳細を省いてブログに経過を残す。
他にも病院通いや治療等もあるが、対膵臓癌ではなく後続者の参考にならないので端折る。

現在の体の状態

術後から片肺しか動いていないようで常に息苦しく、手術前の陸で溺れる魚の状態に再突入した。
マスクをしているだけで呼吸が苦しくてもがきそうになる時もあったが、どこかのタイミングで諦めがつき、肺活量を上げる努力をした結果、娘を抱いたまま早足で1㎞程度の散歩ができるようになったが、睡眠時や横になっている時に突発的に呼吸ができなくなる事が増えてきた。
レスキューに手を出していた時の痛みレベルはとうの昔に通り越してしまい、呼吸ができない状態や、脊髄の神経網及び膵臓部分を圧迫する苦しさ以外は黙って耐えられるようになった。
痛みについては、オキシコンチンを気休め程度に飲む事はあるものの助けにならない。
パッチは入院時に試してみたが全く無意味だったので、背中から直接フェンタニルを入れる事を考慮しても良い状態だが、これも呼吸と同じく諦めの姿勢を自分に見せて耐え続けた結果、慢性的に痛みはあるものの、今の所は余程の痛みではない限り動けなくなる事は回避できている。
肝臓に明らかなる転移は見つかっていないようだが、膵胆肝に関する数値は悪化を始め、CAR・AL-P・CRPの上昇と食後の詰まり感等から、ステント留置を検討したが良いのでは?、と助言をされた。
膵体尾部切除術を行った後に体験をした低血糖症状は改善される事がなく、メントスや甘い物を持ち歩き、体が重たくなり眠気を感じ始めると糖分を補給してリカバリーしている。
胃腸の状態は術後よりは少しマシになった程度だ。
水溶便→下痢への変化はあったが、それ以降は殆ど改善されておらず、食事内容が便にすぐに反映されて流れ出ていく為、便を見て体の状態を予測する事ができない。
一年程で元の状態に戻るだろう、と言われたのに。嘘つき(TдT)
荒治療が功を成して腫瘍マーカーは基準値に近付いたが、代償で白血球が基準値以下に下がってしまい、これに対する治療を行い、白血球が62(62000(基準4-9))前後から基準値付近に近付く乱高下の状態となった。
滅多に出た事が無い鼻血が出て何時間も止まらなかったり、慢性的なふらつきと目眩が更に酷くなったり、短時間に何度も突発的な発熱を繰り返したり、気付くとヨダレを垂らしていたり、おかしいと思っていると上記の状態だった。
急性骨髄性白血病か癌転移の疑いを告げられ入院を勧められたが、入院してしまうとこのまま終わってしまうと思い、様子見をさせてください、と告げて帰宅して1週間を耐えて基準値付近に戻した。
しかし、赤血球関連とFEと血小板は常に基準値以下で、このままでは輸血に頼る生活を選択しなくてはならず、今迄のように積極的な化学療法ができない体になった事と、自分の体が壊れてしまった事をを痛感させられた。
膵臓の裏にある神経網とリンパ節にある招かざる客が大宴会をして、そのまま隣の部屋に雪崩れ込むような歓迎しない状態に陥っている可能性が高い。
羅列したが、一日に数回起きる突発的な発熱が一番辛い。
3分程の間に40度近くまで上昇をして一気に体温が下がり全身汗まみれになる状態が1ヶ月ほど継続している。
体力の消耗が凄まじい。
2014年03月12日、会社で下血した。

服用中の薬と検討中のサプリメント関連

現在の常用薬は、アヘンチンキ・アコファイド・カナマイシン・コレバイン・ロペミン・リパクレオン・アリナミンF・フェロミア。
前回のブログ更新から色々な添加剤を服用したが、常用薬とはならなかった為、今回は省略する。
漢方は飲みにくいので勝手に休止、これまで漢方を飲んで感じた事は、体を温めて血流を改善する程度かな、というものだ。
前向きに検討しているサプリメントは、下痢を改善する為に、キチンキトサンとタウリン。
検討理由は蟹を食べた翌日は消化及び吸収促進を体感し、下痢がかなり緩和され便が若干硬化する事が多々あり、服用中の薬と相乗効果で吸収率が高まると思った為。
漢方が得意な某著名医師に話すと、蟹の甲羅を揚げて食べてるか、似たようなものだとゴキブリの漢方があると言われた(´д`)
キチン・キトサンは調べると面白いので、消化器系統不調者で下痢の症状を抱えて手詰まりの方の人柱レポートを求む。

食事と体重の変化
2人分は食べられるようになった。
できるだけたくさん食べるように努めているが、体重は下げ止まり程度だ。
体重は一時期40kg中盤になったものの、今は51kg~54kgの間で落ち着いている。
糖分と脂肪分の多い物を食べるように気をつけた賜物か、少しずつ脂肪が付きはじめた。
肉6割:炭水化物4割:野菜1割:魚1割位の分配で肉食男子真っ盛りだ。
ステーキ300g、白米2人分、サラダ1人分、サワー1杯、これ位は楽にこなせるぜ('A`)y-~
#普段は飲酒していない。

化学療法

1月から3月12日迄の化学療法は2回となった。
是正で2週間に1回のスパンの治療を続けていたが、体力が回復しないままに化学療法を受けて致命的なダメージを受けた。
これまでは投与後約1週間で娘の相手が出来る程度に回復をしていたが、2週間経っても嘔吐、目眩、化学療法による焼けるような痛みで満足に日常生活を送る事ができなくなった。
最後の投与から約3週間で回復を感じ始め、4週間目で動き回れる程度になったものの、これではまともに生活を送れないと思い、1月末をもって化学療法を休止した。
また、これまで化学療法での脱毛は皆無に等しかったが、最終の化学療法2日目から髪の毛が抜け始めた。手櫛で髪が束で抜けてしまいシャンプーの止め時がわからず面倒に思い、翌日にはひいきにしている散髪屋に向かい、バリカンの2mmで刈ってもらった。
いつでも出兵できる坊主頭になって自宅に戻りポストを漁っていると、マンションの管理人から何か御用ですか?、と声をかけられた。
妻にはどうせならもっとお洒落に切ってもらえばよかったのに!!、と言われる始末だ。
高校入学時に坊主になり、それから髪を伸ばし続け、ジェルでオールバックのように固めてイワトビペンギンのような風貌だった自分とお別れになった。
鏡の前に立つ事は殆どない自分だが、最近は写真を撮られる事が増えたので自分を客観的に見る事が増えた。
面影はあるものの、痩せ細り本当に自分なのか?、と思う。
どこからどう見ても世間に浸透している癌患者のイメージそのもので、且つ私の場合は、山奥の田畑で若い女性の農作業をニヤつきながら覗き見をしている欲求不満の変態青年です。ありがとうございます。


7/29後付。
がん研で声掛けられまくりなので、顔を隠しても意味がないのか('A`)y-~


化学療法を受けている病院に行き、医師に一連を伝えてどうするべきかを話しあった。

化学療法、陽子線、IPS以外の既存の治療について懐疑的な私達が導きだした答えは、積極的な治療を諦める事、化学療法ができるまで体調と腫瘍マーカー値を良い状態でキープできる骨髄抑制が少ない治療を行う事。
今の投薬スパンをキープしたいのはやまやまだが。。。これ以上積極的な治療は。。。
後は自分で考えてサイクルを変化させる等の答えを出してくれるのであれば協力はする、というニュアンスの言葉を投げかけられた。
当面の間は体調の悪化と腫瘍マーカーの変化を読み、鳩尾や背中の痛み等の直感を判断基準として、今の状態をキープできる化学療法(現時点では(irinotecan+Abraxane+状況によりTrastuzumab(Herceptin他同系統薬))で対処する事になりそうだ。
せめてもの救いは、1ヶ月半近く化学療法を受けていないにも関わらず、腫瘍マーカーは減少を続けていた事だ。
過去形の理由:腫瘍マーカーを計測していない為。
私は腫瘍マーカーさえ基準値付近に近づけていれば、劇的な悪化が無い事を確信した。

客観的にみた私の振るべき道?
その後に外科・内科・緩和の3名の医師と看護チームと話す機会を設けられ、私にレールを敷こうとしてくれた。
有難い申し出だったが、私は最後まで自分で考えて体感をして自分が望む時にしかるべき処置をお願いしたい、と伝えた。

PET-CTの結果

誕生日に受けたPETCTの結果は、目立った転移は見つからなかった半面で、先日のCT結果を覆すような事も無かった。
現時点である治療方法ではどうにもならない部分の浸潤に頭を悩ませる日々が続く。
体調の悪化に拍車が掛かり始めた1月下旬から今日までCTを撮っておらず、3月末に予約しているCT結果を想像するだけで萎えてしまう。

この記事の締め

膵臓癌の疑いを告げられスタートした闘病生活も2年半が経過した。
間もなく術後1年、stage4aスタートから3年だ。
手術に持ち込む、体を回復させて人並みの生活を送る、とショートスパンの目標は自分の糧となり、周りから見ると遅いペースながらもクリアしてきた。
次は何を目標にして気力を持たせればいいのか。
外科的なアプローチ?、化学療法や先進医療で治癒を目指す?、答えはNO。
白雪姫にまとわりつく小人達の一員のように、絶対に手が届かない娘の成長を見守る事が気力になる?、答えはNO。
妻が死に絶えるまで側にいる事が気力になるのか、答えはNO、化け物のように年をとらない妻に敵うわけがない上に、できる事ならごめん被りたい案件だ。
仕事?、これもNOに近くなった。信用が欠落した自分が第一線に立てる事はなくなり、せいぜい後方射撃部隊の一員程度になってしまった。盛り返すけどね。
何もかも先を想像するだけで果てしなく遠くて、自分の体調をトレースすると何をするにも億劫になってしまう。
では、何を目標にして明日を望み生きていくのか。
私を渦巻く葛藤にどう向かえばいいのか。
妻と妻の親族、上司と仕事仲間も私が死ぬとはたぶん思っていないだろうが、私を取り巻く他の者達は私が間もなく死ぬ、と思い始めたようだ。
端から諦めろ、と言いのけた者もいれば、最近になって掌返しをして諦めろのポーズをとりはじめた者もいる。
その半面で、お前は死なないと笑ってくれる人もいれば、絶対に死なないで、と言ってくる者もいる。
声を大にして言いたい。
自分がやり残したと思う事があるからこそ、生きたい、と思い、自分と向き合う事がいけない事なのか、何故に私の命について第三者が意見をして、且つ押し付けがましくレールを敷こうとするのだ???????
私にとってはとても複雑な葛藤を抱えて悩み続け、答えを出す迄に10日程かかった。
もっとたくさんのものを見たい。もっとたくさんの事を経験したい。まだ娘から離れたくない。まだ死ねない。
今後、私の命に対して押し付けがましい意見をしてくる者には関わらない。
しつこくするなら豆腐を投げつける。
当たり前で単純過ぎる答えを出した自分を鼻で笑ってしまった。
同時に、このクソゲーが新しいステージに進む度に、殺さないで下さい、と歎願する死刑囚のように、惨めで空虚な何かと、少しずつ単純化していく自分に気付き始めた。
よくわからないけれど、まだ死というものは現実味はないが、そう遠くない内に私は死ぬ、と自分が発する何からのシグナルを捉え始めたのだろうか、とも思う。

内心を文字に起こして、ここまでの稚拙な文章を読み返したが、どうにも弱々しく感じる。

ただのポジショントークにしか過ぎず、全然面白くもない上、自分の参考にすらならない。
このブログを読む識者には崖っぷちに立たされているのに、まだ威勢を張るか、と思う者もいるだろう。
このような状況下でも精神不安定になる事は無く、相変わらずマイペースながらも淡々と目の前の課題をクリアしている。
体がどのような状態に陥ろうとも、抜山蓋世の如く常に強気でポジティブ・シンキングだ。
突然バッテリー切れになるボロ玩具のように不調を抱えているものの、体か心のどちらかが割り切ってくれているので、至って普通に生活をしている上に、マイペースながらも社畜真っ盛りの通常運転だ。
私を観察している人でない限りは、私がどのような状況かを想像もできないだろう。

四面楚歌の状況に叩きこまれたが、私は一秒でもこの世に居座る為に、体が壊れた・体力が回復しない、どんな御託も甘えと捉えて、高村光太郎の、僕の前に道はない、僕の後に道はできる、を地で行くのみだ。
様々な治療があるものの、下手な鉄砲を数打てど的の中心を射る事は難しいだろう。
今は力の限り弓を引き絞り、まだだ、まだだ、とその弓を放つ時を待つ。
前後左右に道が無いのであれば、上下のどちらかに進むか、チートを使いどこでもドア宜しくをするしかない。
同病者が歩んだ事がない、更に上の何かを目指す事にした。
格好いい事を言ってみたけれど、万が一死のうものなら妻と娘に悪態つかれるのが目に見えている上に、若さ故か心体が生きようとして死ぬに死ねないのだ。
痛い・辛いなんて言おうものなら怒られちゃうし(´・ω・`)
ただね、痛みは我慢出来ても苦しい思いはどうにもならない。
いつも手詰まりのギリギリでもう疲れちゃった。。。。。。。
何も考えないで落ち着いていられる環境が欲しいよパラトラッシュ。。。。。。。
と、言いたい所だが、まだまだ踏ん張るぜ('A`)y-~
大和男子の私ならできる。
駄目なら駄目で派手に逝くのみだ。

統括
力は山を抜き、気は世を蓋う。

時、利あらず、騅、逝かず。
騅の逝かざるを奈何にす可き。
虞や、虞や、若を奈何んせん。

orz

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/Skrillex - Summit


>>blog readers
ご挨拶が遅くなりました。
相変わらずマイペースの私ですが、今年もどうぞ宜しくお願い申し上げます('A`)y-~

2013年11月19日火曜日

生存競争リスタート / 漢方サポート科の診察 / 再発の疑いorz

2013/11/15
がん研の漢方サポート科の診察を受けた。
病院に到着してカードを受け付機に通すと採血の予約が入っていなかったので、担当の窓口に言って腫瘍マーカーを含む採血の手配をお願いした。
採血のある時は診察予約時間の1時間半前に到着するようにしているので、採血が終わりブラブラしていると見知らぬ女性からhdさんですか?と声を掛けられた。ええそうです、と答えると、応援しています!!、と握手を求められた。ありがとうございます、と答えると、親族の方?だろうか、その方に会釈をされ、女性は共に去っていった。電話番ryorz
(今まで数人の女性から声を掛けられたが、公開している写真だけでよくわかるものだと改めて感心した。女性の嗅覚は怖ヒ。。。下手な事はできないwwwwwww)
小腹が空いたので実験がてら、1階のレストランで食事を取りながら、中庭で遊ぶ娘ちゃんと同年代の子供を微笑ましく見ながら食事をとった。
食事が終わり読書をしていると、珍しく時間通りにPHSの呼び出し音が鳴ったので、急いで会計を済ませて診察室に向かった。

診察室に入ると、医師から顔色が良くなったね、と言われ、経過の質疑応答を済ませて、栄養状態等のチャートを見ながら改善している事を確認した。
君の身長なら最低でも60kgは欲しいね、筋肉をつけなさい、といつも通りのバックボーンを見ようとしない会話が続いた。
筋肉を付けたいのは山々ですが、それを維持するカロリーを摂取できない、と伝えると、私の本を読みなさい、と言われた。またかorz
採血結果はどうでしたか?、と問うと、思い出したかのように採血結果を画面に開いてくれたが、一瞬で画面を閉じられた。
何の項目かわからなかったが、私は際立った異常値を見逃さなかった。
医師から、また呼び出しをするので少し外に出てもらっていて良いか?、と言われた。

診察室から外に出て考えた。
いつも見ていた画面のあの場所にある数値は何だ、と思い出そうとしたが確定ができず、自分のブログの採血結果の該当項目を探した。
あの位置は腫瘍マーカーしかない、しかもCA19-9だ。
先月は基準値内だったのに桁が違った、何でだ、何が悪かった、と考え続けた。
10月は諸事情でTS-1しか服用できなかった。
全く効果が無かったという事か?、しかし、それだけではこれ程な急激な上昇は無い筈だ。
手術後に癌細胞が取りきれなかった、と言われた事はずっと頭から抜け落ちなかった。
肝臓?骨?膵臓?腸?どこだ?どこだ?
ひたすら考え続けた。

1時間程してPHSが鳴り、再度診察室に入った。
いつも自信に満ちた上から口調の医師が初めて見せる表情と声色だった。
これは間違いないな、と思い、CA19-9ですか?、と問うと、率直に言う、再発を強く疑う、と言われた。
君の噂は聞いているよ、君なら自分が置かれた状況はもう理解しているでしょう、と言われて、腫瘍マーカーのチャートを開いてくれた。
確かに緩やかに上昇をしていたが、先月は基準値内だったのに、今月は先月比10倍以上だ、これは再発したと思ったほうが良い。
原発を探そう、と言いながら、骨シンチ、造影CT、PETとこちらの予定も聞かずに次々に予約を入れだした。
ここで私が待ったを掛け、PETは最後の砦だと思うのでゲン担ぎに誕生日にしてくださいwと言うと、その日は予定が詰まっているんだよ、と言いながら小馬鹿にしたような苦笑いをされた。

今まで薬、食事、漢方と色々と私に教えてくれた医師が新手の提案をしてくれた。
(特に、アコファイド(新薬・食欲不振用に処方)・コレバインカナマイシン(下痢と胆汁逆流阻止用に処方)・ツムラ半夏瀉心湯エキス顆粒ツムラ芍薬甘草湯エキス顆粒(TS-1の下痢を低減の為に処方)の提案は素晴らしかった)
・肝臓の為に、油はシソ油・亜麻仁油・荏胡麻油を使う事。
・癌に効果的とされる漢方で保険が適用される、ツムラ十全大補湯エキス顆粒ツムラ牛車腎気丸エキス顆粒
・癌に効果的とされる漢方だが保険が適用されない(月6万円程)、カイジ顆粒:日本漢方創薬を20gを3回/1day(採用予定無し)。
・樹状細胞・血管内治療・ラジオ波・温熱療法等(現時点では化学療法一択なので、左記を採用する予定は無い)
体力低下も今回の結果を招いた原因だと思っているのだが、免疫療法等は焼け石に水ですか?、と問うと、お金が掛かり過ぎる上に、君の場合はそんな事をやっている暇は無いと言われた
何かの修正を加えようと私の電子カルテを探していたが見当たらなくなってしまったようで、助手と唸りながら必死に探していたが見つからなかった。雲行きが怪しいorz
翌週の金曜日に骨シンチをして同日に診察をするので今日は終わりにしましょう、と言われ診察室を後にした。





診察室を出た瞬間に、目の前がオレンジ色になった。
また目の前の色が変わった。
いずれこの時が来る事は想定していたが、あまりにも早すぎる。
膵臓癌を伝えられた時よりも衝撃が強い。
あの時は何も知らなかった。
しかし、今は知りすぎている。
再発??どうしよう、というより先に、私と同じように知り過ぎている妻に対して、何と言えば良いのか、とすぐに頭を過ぎった。
失望・落胆させてしまう事が怖かった訳ではなく、また悲しませないといけないのか、と思うと、私の心はどうしようもないやるせさなに包まれた。
人様並とは言えないが、やっと社会生活を送れる迄に回復したと思ったらこの始末だorz

会計を終わらせて地下駐車場に降りる為にエレベーター乗り場に向かった。
エレベーターのドアが空いていないのにドアに思いっきりぶつかってしまった。
どれだけ自分が動揺したのかがわかる。
駐車場に戻りエンジンを掛け出発しようとすると、採血結果や予約表等を入れたファイルを自動精算機の上に置き忘れていた事を思い出して慌てて戻った。
顔馴染みの受付嬢がエレベーターを出ると笑顔で渡してくれた。
駐車場を出て車を止めて、自分が何をしたと言うんだ、何で??、どこで選択ミスをした?、と考え込んだ。
あれだけ苦しくて辛い思いをしたのに、以前よりもっと分が悪い状態に身を置く事になってしまった。

その足で会社に立ち寄り、上司に再発したかもしれない、と言うと、一難去ってまた一難か、と悲しんだ表情で言われた。
35歳まで生きられるのなら十分ですよ、と言うと、50位迄は頑張れよ、と言われた。
老後の面倒を見ろ、と解釈しました!!!社畜精神で頑張ります!!!
何とかするんだろ?、ここまでやってきたんだから何とかしろよ、と言われた。
当たり前です、自分ならどうにかできると思っていますから、と答えて、雑談をして会社を後にした。

妻に何て言えばいいのだろう、ここまま黙っていた方が絶対に良い筈だ、しかし隠し事をしてもばれるのは明白でその時は信頼を失ってしまう、それをいつ言うかのタイミング???、どこに癌が再発したか確定するまで黙っているか??、と考えていると、タイミングが悪く妻から着信があった。
少しの雑談の後に話があるんだけどいい?、と言うと、ぶっきらぼうな感じで何?、と言われた。
ごめんなさい、再発したようです、本当にすみません。と言うと、あなたのせいではないでしょ?、と言われ、普段通りの妻だった。

体調不良と諸事情でTS-1以外は90日近くストップしていた。
取り敢えずアドバイスを頂こうと思い、化学療法を受けている病院に電話をした。
月曜日に相談に行く事になった。
次に、医療関係に従事している友人に電話をした。
電話をしてきたって事は良い話しじゃないな??、と言われ、実はryと話すと、今はうちの病院も予約一杯でフルコースの検査は差し込めないから、近隣の病院で検査をしてデータを集めろ。
また表沙汰にできない事があればいつでも相談してくれ。
いつでも歓迎するよ、頑張れ、お前なら大丈夫だよ、と言ってくれた。

妻の実家に娘ちゃんを迎えにいく為に自宅に荷物を取りに戻り、余計な事を頭に入れずに考えたかったので床掃除を始めた。
作業に集中して無駄な事を考えず、今後どうするべきか答えを探すも、どうにもこうにも考えがまとまらなかった。
ワックス掛け迄終わらせて、すっきりした気分で小雨の降る中、車に荷物を積み込み高層道路に乗った。
八つ当たり?、一時的にでも現実逃避をしたかったのか?、理由はわからないが、好きな音楽を最大音量で掛け、退院時にプレゼントされたイタ車の限界までアクセry新幹線\(^o^)/
渋滞にはまり、夕焼けに照らされた富士山を見ながら、去年の今頃に先輩と見た富士山と気持ちを思い出した。


遠すぎて綺麗に写らなかったが、しっかり目に焼き付けた。

数日ぶりに会う娘ちゃんはニヤニヤしながら恥ずかしそうに私に抱かれた。
見れば見るほど自分にそっくりで笑ってしまった。
娘ちゃんに土下座をして、ごめんなさい、と言うと、頭をポンポンされた。
その後は今後の直近の予定を話し、夕飯を頂いて自宅に戻った。

ここ連日の行動で疲れていた私は帰宅してすぐに眠りについた。
起きると妻からLINEでメッセージが送られてきていた。
一部抜粋(~は前後省略)
>>~例えば、あなたが怖いなら私も怖い。どうしたら共有できますか?~あなたなら乗り越えていくと思っています。~私は泣かずに頑張ろうと思います。~それと、新たな場面をきっかけに。。いつも、ずっと、優しく思ってくれてありがとう。そしてごめんなさい。あなたが私にとれば命みたいなものです。今度こそ、私は貴方と一緒に乗り越えていきたいです。。困難の先には何が見えるのか、あなたと一緒に見たいです。~
起床してメッセージを読み、泣き言なんて吐くものか、絶対に何とかしてやる!と決心した。
手術前は体調不良や体の辛さが妻にばれないように、悪く言えば嘘をつき、妻の質疑をノラリクラリとヒラヒラかわしていた。
術後もだけどwwwwwwwごめんなさいwwwwwww
MMK過ぎるぜwwwwwww私はw貴女にw愛されていればw何もwいりましぇんwウハwwwwwww

自分のブログを最初から読みなおした。
読みにくい。。。と思いながら、その時その時の自分の気持ちを思い出し、軽い鬱状態になりながら読破した。
このブログの冒頭にある、火の無い所に煙は立たぬ、妻から送られてきた、いっしょにがんばろう必ず、乗り越えられるよ、だいじょうぶ。のコメントを心に刻み込んだ。
予後が悪い?、使える薬がもう間もなくなくなる?、そんな事は自分に関係無い。
標準治療から早々に落ちこぼれてFOLFIRINOXに挑戦した時のように、有効とされる薬を探してモルモットになりながら、延命できる治療が出てくるのを待ち続けるだけだ。
病気が発覚してから長生きしたいなんて微塵も思った事がない。
一秒でも長くこの世に居座ってやる。

医師に余命らしきものを伝えられながらも何とかクリアしてきた。
しかし、今回はたくさんの人に頼らないとクリアできない事は明白だ。
私の周りにいる友人・知人、そして家族、迷惑を掛けるかもしれないが、後生だと思ってあと少しだけで良いので手を差し伸べてください。
私が死んでしまうと困る方はたくさんいらっしゃるでしょうwwwwwww
そして、この駄文を読んでくださるインターネットのお友達へ。
食事内容、薬、治療等、以前より情報をオープンにしていくので、私が誤った道を歩んでいると感じれば軌道修正のアドバイスをお願いします。
#食事療法・化学療法の話題はお腹いっぱいなので不要です(;´Д`)

また長くて暗いトンネルに再突入だ。
今回の第一目標は4ヶ月後に生存している事だ。
私ならきっと巧くやるさ。
何とかして次のステップを踏んでやる。
きっとそうなる事を信じて。

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#18日~22日まで相談や検査の旅をするので次回更新予定は来週早々です。
ブログの更新及び返信が遅くなってしまったので、お詫びがてら女性にサービスショット(上半身裸///)を公開します。
私の1年半前の状態を知っている人は驚く事でしょう。
栄養、食事についても記載がありますが、私の偏見による記載内容なので参考にしないでください。自分の覚書としての意味も含めて記載しています。
人によっては画像がちょいグロなので観覧注意。


2012年7月28日土曜日

春ウコン


癌の三大療法(手術治療、抗癌剤治療、放射線治療)プラスα第二弾
ガンは癌にあらず --春ウコン免疫賦活剤が制する成人病--覚書

7月27日から摂取を始める。

上記を元に摂取量及び回数を算出する。
私は75kg=9.75g(約10g)、07:00起床23:00就寝+1h=17h=1回辺りの摂取量約0.6gと設定をして、500mmのペットボトルで溶液を作り8等分にして2時間に1回飲む事にした。


酒飲みなのでウコンの力はじゅうぶんに身にしみている。
これで癌が治るとは思わないが、免疫力向上の後押しにはなるはずだ
2日程は嗚咽しながら飲んだ。
相変わらず泥水にしか見えない。。
しかし私の命を救うスペシャルドリンク!
良薬口に苦し。信じますよ先人!


秋ウコンは、胃潰瘍、胃酸過多、胆道閉鎖症の人は、禁忌
肝機能障害がある場合は摂取をやめた方がいい?
という記事があるので、体調をみながら調整したい。

/追記
飲み始めてすぐ感じたのが、水虫が急速に改善された事

/追記
飲用していても肝臓の数値の上限には関係ないようだが、肝臓の痛みが日々酷くなり、AL-Pに問題があるので、念のために2012.9/10より休止。
飲用を中止しても肝臓の痛みが軽減する事はない。

/追記
風邪を引いてインフルエンザのような状態に陥る。
炎症はロキソニンで回避したが、治る見込みが全く立たなかった。
肝臓に負担がかからないように、5mg/dayを2日飲み、3日目に全快したので、念の為に休止。

/追記
肝臓の数値が安定したので2012.10.21より再開。
今飲んでいる春ウコンは生産量が安定しない為に年内で販売終了するようだ。
飲みきったら仲善のウコンに移行予定。

/追記
飲用していると傷の治りがいつもより早い事に気付いた

/追記 11/9
家族が風邪で全滅。普段熱を出さない者が熱を出している。
私も体温が上がったので、予防の為に殺菌力を求めて春ウコン7mg/dayを飲む。
夜中に珍しく腹が減る。胃腸の動きが活発している。

2012年6月26日火曜日

ヤクルトとR1ヨーグルトとビール酵母 - 腸の活性化 - 食事療法諸々

癌の三大療法(手術治療、抗癌剤治療、放射線治療)プラスα第一弾

癌の疑いを伝えられ、普段は見ないテレビを放心しながら眺めていると、NK細胞について放送されていた。
便秘に悩み、腸を活性化させる方法を調べている時に、千鳥学説や森下博士(森下式の説明)の血球は腸の壁で作られるという腸造血説の記述を読んだ後だったので、何かの縁と思いNK細胞を活性化させる食品を調べる。
ヤクルト中央研究所 -  NK細胞 

アガリクス、フコイダン、ヨーグルト、ヤクルトetc
ベータグルカン????これについては後で調べよう。
(抗がん情報ネット - 末期がんを諦めない!@がん細胞への免疫攻撃を活性化する健康食品)
取り敢えず動かなくては気が休まらない。
根拠は仮定できるが、結果(事実)を捻じ曲げる事はできない。
怪しさ満点のものばかりで、自分が体感した事のある物を効果的に取り入れる事にした。
効果を体感した事があり、一番手軽に気持よく継続できるものは・・・
ヤクルト400LTとついでにR-1ヨーグルト採用した。

とにかく排便を何とかしないと体が必要以上に傷んでしまう。

どちらかが効果的に働いてくれるはずだ。
活性化される細胞の数も考えると微々たる効果だろう。
しかし塵も積もれば山となる!

6月末日から摂取を始める。


/2012.11.25
R-1ヨーグルトから、MEGMILK プルーンFe 1日分の鉄分 のむヨーグルト 190gに変更
理由:
今は鉄分が必要な事と、プルーンに期待したい為
R-1を飲んでいない日が続いているが排便がクリアできるので不要と判断する

/2013.11.22
手術前迄続けていたもの。
ヤクルト400LT、市販の野菜ジュース(繊維を摂る為)
術後は下痢で排泄に問題が無くなったので全て休止にした。
ヤクルトありがとう。