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2014年7月29日火曜日

御礼 - 日常の一コマ

ブログ読者の現金な皆様、生暖かく出迎えて頂きましてありがとうございました。
応援クリックをして頂きまして心より感謝します。
そして、いつもクリックを続けてくれていたお二方、顔は見えないけれど性別問わず超愛していますwwwラァブwwww
一度の更新でこれだけクリックが続いた事は手術以来。
間もなく死ぬと思い担ぎ上げているのか??
残念!!絶賛回復中!!!!!!!

御礼と言ってはアレですが、日常をブログに残す事を極力控えていたので、今回は誰得出血大サービスで日常の一コマを3日間に渡り残したいと思います。
ブログの性質上、どうしても上澄みをすくい上げての掲載になってしまいますが、私のような状態の者がどのような生活を送っているかは、同病の方には参考になるかもしれません??ならないかな(;´Д`)

7/25
日が昇る前に目覚め、毎朝恒例の水様便。
トイレから出て咳き込むと鉄の味がして胃液がこみ上げてきたので、トイレに戻り血混じりの胃液等を軽く嘔吐する。
筋力の低下が著しく、寝たきり防止策に徒歩移動と筋トレで下半身を鍛えている為、薬を飲んで朝の散歩を兼ねて自宅近くのコンビニに行き、飲む苺ヨーグルトとサラダ巻きと煙が出る棒を購入する。
コンビニから出て、苺ヨーグルトをチューっ、と一気飲みをしながら、ああ今日はブラックフライデーだ、と思う。
気合を入れて帰ろうとするものの貧血でフラフラする。
健康であれば5分の距離を、途中でマンションの隠れ番人と話したり休みながら、30分程掛けて帰宅した。
帰宅してノートPCの電源を入れ、ブログの反応をチェックして歓喜wwwwwww
そのままCNN等のニュースサイトを徘徊し、音楽を聞きながら仕事で使う資料作成をしていると娘が起床した。
起きた瞬間にダッシュをして近寄ってきて、hdちーお水ー、と言われる。
早々にシャワーを浴びて、病院に向けて出発する。

途中で一悶着あったものの、無事に病院に到着する。
午前中から化学療法用の既成事実を作る為にゴニョゴニョして、午後から化学療法を受ける。
化学療法を受けている病院で、8月は予定がある故に積極的な治療を除外する旨を伝えて、その間に使いたい薬リストを伝えて理由等を説明する。
採血結果CA19-9を見ると前回比10%増だった。
その前は400%増だったので、リスクはあるものの狙い通りの結果だった。
他の数値も前回比で満足するもので全て思惑通り。
来月頭のがん研での採血では、腫瘍マーカー以外は健康体に近い数値を叩き出し驚かれる事だろう。
マーカーの推移と体調変化を照らし合わせながら、今日はどうする、次はどうする、と言いながら、月曜日に出社予定なので今日は軽目にしておくと伝え、点滴する薬はAvastin、3週間連続でゼローダ服用をオーダーした。
9月はFOLFIRINOX(少し改造)+Abraxane+Avastinを2週おき、+Xelodaを3週連続のプラン立てをした。
抗CCP抗体(基準値4.5/採血結果98.6U/ml)の数値が高い、今日も打っておきますか?、と聞かれて、リウマチ用のアクテムラも帰り際に注射をする事になった。
化学療法が終わり、アクテムラを打つに際に、私は皮下注射であれば痛いとも思わないのに、いたいよーいたいよーちからぬいてー、と2人の看護師に囲まれる(;´Д`)
帰り際に3名の看護師と立ち話をして、よくここまで回復したね、また9月に会おうね、と言われて病院を後にした。去年も同じような事を言われたような。デジャヴ?

外に出て煙が出る棒に火をつけながら、うはー二度とやりたくねー二度と来たくねー、と思いながら一服すると盛大にゲロ袋に嘔吐した。
まだ煙草吸ってるのかって?
あたぼうよ!!!!!!!惚れた女と好きな事には命かけるぜ!!!!!!!
エレクトと煙草は私の命のバロメーター。

最寄り駅までグーグルマップのナビでは10分の距離だが、30分近くかけて駅まで歩き、ホームで電車を待っていると、会社の先輩から着信があった。
こういう案件があるんだけどどうする?、と言われ、イケイケドンドンガンガン行こうぜ、と話していると電車が来たので、折り返すね、と伝えて電車に乗り、イヤホンをつけてお気に入りのSBTKRT(サブトラクト)を聞きながらアンドロイドのゲームに熱中する。
厨二心を擽る台詞が読みたくてはまってしまった(;´Д`)

たまに顔を上げて見渡すと、学生や女性の綺羅びやかな事。
一言も発する事無く、溢れる生命力を魅せつける姿が眩しすぎた。
最寄り駅から地上に出た瞬間に熱風で気持ちが悪くなり、立ちくらみで座り込みゲロ袋に盛大に嘔吐する。

帰宅してもう駄目ぽ、と座り込むと、殺人鬼のようなオーラをかもしだしているのか、娘があまり近寄らない。
間合いをはかっていた娘に隙を見せた途端に、一緒に遊ぼう、と近寄ってきた。
同時にやっと体の異常に頭が気付いたのか、一気に体の節々が痛くなり、内臓がうねるような感覚と鳩尾をフルスイングされているような状態で、目の前はお星様がたくさん(;´Д`)
娘には、そんなものはお構いなし\(^o^)/
本を読んでくれと催促されて読むも、前後関係がわからない程に頭が混乱して、何の話しをしているかもわかない私に飽きたのか、娘はどこかへ行ってしまった。
お薬投下で現実逃避開始。
ここから記憶が曖昧でよく思い出せないが、最期に交流を持ったのは大目玉さんで、LINEの返信をするも気分がのらない旨を伝えて、早々に寝落ちしたようだ。


7/26
4時頃に目を覚まし、はー体痛い気持ち悪い、と思いながらトイレに向かい水様便を出す。
前夜にアヘンチンキを増量し忘れていた為、歯止めが効かず腸内バランスが崩れて気持ちが悪くなり、トイレを流しながらそのまま嘔吐する。
フラフラしながら冷蔵庫に行き、CCレモンを飲んで、口に薬を放り込み二度寝した。

ルルロロのイベントが川崎市のSCである為、初めてこの手のイベントに行ける為か張り切った娘に8時頃に叩き起こされる。
通常であれば化学療法翌日はほぼ絶食だが、行こうね、と約束をしたので、腹を括って気合を入れて食事を摂る。
LINEで前夜の無礼を大目玉さんに謝り、友人達にも一通り返信をすませる。
妻から今日行けるの?(押し付ける気は無いだろうな(^ム^))、と声を掛けられるが、大丈夫行こう、と伝えて外出の用意をした。

数カ月ぶりに私・妻・娘の3人で、混雑した場所に出かけた。
3人にとって色々と初めての日でもあった。
外に出るとカンカン照りで、普通に歩いているつもりだが、頭が前後にガクガクして視線が定まらず。
日々弱る視力のせいか、暑さのせいか、痛みのせいか、顔が歪む。
目の前にいた子連れのママさん達が私を見るも、妙な顔をして目を背け、歩道を歩いていて目の前からくる男性もあからさまに車道に移った。
妻に、何か変な所あるか?、と聞くと、近寄ってはいけない人の目をしてる、と言われたorz
しっかりしろ、と自分に言い聞かせて、ベビーカーを杖変わりにバス停まで歩いた。
途中に少しだけ坂があるのだがギブアップ。

バス停に着くと同時にバスが到着した。
普段は都心部の移動で公共の交通機関をほぼ利用しないので、初めて娘とのるバスにテンションが上がりだす。
バスの中で年配の女性に娘が話しかけられモジモジしていた。
私はシカト。
目的地に着いてバスを降りると同時に、目の前が歪みグラっとした。
妻に座ってろと促されたが、大丈夫、と伝えてSCに入ると惣菜屋がたくさんあり、美味しそうな物が心をくすぐる。
同時に老若問わず色とりどりの女性が(;´Д`)最近の女性はけしからん、実にけしからんよ。

ルルロロのパンを購入する為にパン屋に行くも、早々に売り切れたようで、娘はルルロロのパン、ルルロロのパン、と御機嫌が斜め下へ。
あざらしの形をしたあざらしパンで手打ちを頼むも、納得してくれず私お得意のたぶらかしトークで、生ジュースで手打ちして頂いた。
駄目だ、このままでは制御できない程にぐずりだす、と思って必死に娘を口説いていた姿を見ていた隣の店舗のお姉さんに、笑顔で話し掛けられてフランスパンブリュレを頂いた。
美味しかったので購入、まんまとやられたぜ。
妻が遅い、と思っていると、いつならパンを買えるか等を質問していたようだった。
娘より君が欲しいのだろ、と思いながら説明をスルー。

生ジュースを買い、イベント開始時間が近付いてきたのでイベント会場の中央広場に移動した。
そこは灼熱地獄だった。
無理、どうやっても無理、でも今更言えない、目の前がグラグラして太陽が3つに見えた。
妻からの大丈夫か?、の問いに、思わず、ええ大丈夫です、と素で答えた。
娘の為だ、死ぬ気で行くぜ、と思い、場所取りをかねてしゃがみ込むも、私の後ろに小さな子がいて可哀想だったので、キャミ姿の可愛いお母さんらしき人に向かって、紳士ぶってどぞー、と譲った。

ルルロロの姉御分のジャッキーが遠くから行進してきて、妻のテンションが一気に上がった。
娘もテンションアップ。
しかし私が一番テンションアップ!!!!!!!
ルルロロに興味はないが、ジャッキーの人間??性は大好きだ!!!!!!!
娘にごめん、と言い、勇ましく行進するジャッキーの元へフラフラしながら近寄り激写した。
ジャッキー!!!!!!!、と声を上げる男性は私のみ。
構わぬ。隣の人がドン引きする程に、ジャッキーにアピールを続けた。
駄目だ、スルーされる、と思い、中の人頑張れー、と言うと、楽器を手にしたお姉さんが笑いそうになり、ジャッキーに両手で手を降ってもらい満足した。
中の人は、やべー奴いるなー、相手しないと、ジャッキー愛想悪すぎ、と馬鹿ッターされると思っていたりするのだろうか、と思いながら見送った。
その姿を見ながら、もういいや、暑いし帰ろう( ´_ゝ`)、と思った。
が、娘の事を思い出し元の位置に戻る。

ジャッキーの乱痴気騒ぎに私と娘はテンションアゲアゲ。
妻に写真撮ってくれ、と妻そっちのけで、娘を抱き上げる時に体がブチブチブチと音を立てるも、何のそので肩車をして二人でノリノリ。
化学療法翌日で神経ビンビン。
娘はお構いなしで頭をバシバシ叩いた。
アミノ酸を過剰な程に摂取して、2月半ばから髪の毛が15cm程に伸びてワッサワッサ。
前々回の記事に変態青年のような時の画像を追加する。

同時に動画を撮影していたが、あまりの暑さでバッテリー温度が急上昇してカメラが強制終了した。
久し振りにガチギレしそうになった。
中座でジャッキーが休憩の為か舞台裏に戻りそうになったので、娘を速攻でおろして妻に少し休む、と伝えてスネークに行った。
何をしたかは想像にお任せ\(^o^)/

元の位置に戻ろうとするも、入る隙間がなさそうなので断念した。
妻は娘の見る範囲でしかルルロロの知識がないはず、という事は、ヤツラのメイン音楽を撮れば全て許される、と思い、とにかく動画撮影。
途中で子供合唱団のような子供達部隊が混じり、一緒に歌い出したので一気に興醒めしてしまった。
気付くと娘が足元に近寄ってきていて、娘も同じように興醒めしたようで、ポテト食べたい、ポテト食べに行こう、と太陽に照られユデダコのように赤くなった顔で言ってきた。
ジャッキーを見送る為に舞台裏に移動すると著作者が歩いていた。
誰も声をかけない、著作者は何だか寂しそうな表情をしていた、これはチャンス!!!!!!!と思い、妻にペンを持っていないのか?、と聞くも無し。
自分が普段から胸にさして歩いてれば、と言われて、(´・ω・`)としてその場を後にした。

一度だけ妻と入店した事のある店に入り、小腹が空いたからガッツリ行くか、とリブロースステーキ400gとライスと泡がのった黄色い液体を注文した。
夜も一緒にいるであろう女性の前で、昼間に食べる肉は最高だ///////
娘にポテトは殆ど食べられ、ステーキも20g程は食べていた。
約半年振りに飲むビールは味気なく、冷酒飲みてー、と思いながら流し込んだ。
比較。
ペロッとたいらげた。
ビールが口に合わなくなった事は非常に残念無念。

食後にイベントの2回戦が始まり、離れた涼しい所から眺める事になり、その間に私はトイレへ。
その間も娘はテンションアゲアゲで踊っていたようだ。
最近はカンガルーの様に、飛び跳ねまくリング(;´Д`)

私が居ない時に行った、ゲームセンターでクレーン遊びをして楽しかったようで、お金を入れてゲームをする側ではなく、何故かクレーンの動きを真似る娘の実況中継を聞く度に、今度行こうね、と濁していたので、その足でゲームセンターに入った。
爆音で頭が割れそうになる。
化学療法翌日に来る所ではないな、と思いながら、先客に無言の圧力を掛けて、アンパンマンのキャンディーをたくさんゲットした。
妻と義母からチョコレートを食べさせるな!!、と何度も言われて約束までさせられていたが、娘がチョコを食べる幸せそうな顔が見たいが為に、チョコレートもこっそりゲットした。
妻娘と合流して、アンパンマンの飴だけを差し出す。
あっちにあるよ、と伝えて飴を再度ゲットして、もう飴はとれないや、隣はチョコなんだよなーチラチラ、とやると、機嫌の良い妻は、いいよとっちゃいなよ、と言ったのでたくさんゲットして、先に獲得したものの隠蔽工作完了。
ばれなければ結果オーライ。
砂場で遊びたがる娘、爆音に耐えられない夫婦、親の都合一身上の都合で、娘に全てを諦めてもらい帰宅する事になった。

外に出た瞬間に、目の前の道が無くなり真っ暗。
おー、おー、と言いながらバランスを保つも、とうとう柵に寄りかかってしまった。
すぐに復帰してコンビニで午後ティーのストレートを購入。
糖分もしっかり補給してバスに乗り込んだ。
私達以外にも子連れがいて、私には若く見えた夫婦がキラキラして微笑ましかったので、降り際に若いっていいねー、と妻に言うと、あの夫婦より貴方の方が年下でしょ、と一蹴りされた。。。。。。。
いつだか、妻と娘と3人でどこかに行った時に、少し離れた場所で私を見ていた妻の元に戻った時に、貴方見た目は若者だよね年の事を忘れていたよ、と言われた事を思い出した。
世間の同年代は仕事遊びに打ち込み人生を謳歌している中、私は治療に打ち込み別路線で謳歌している。
世の中面白いものだ。

寝落ちした娘、久し振りに外を夫婦二人で歩く道がら、世の中の親は凄いね、子供の為に汗だくでイベント楽しんだりするんだもんね、と妻と話しをしながら自宅が近付くと、妻からよく頑張ったね、と言われた。
その時に、自分から勝手にヒーヒーと声が出ている事に気付いた。
ゲームセンターで獲得したチュッパチャップスを、バスで寝落ちした娘から回収していたのだが、玄関を開けると同時に目を覚ました娘は、寝ぼけながら飴を舐める振りをして萌えた。
帰宅してウトウトしていると、娘がパソコンのタッチパネルを触ってブログを弄りまくっていた。
消えたよー、できたよー、と言っていたので、良かったねー、と夢うつつで応えていたが、起きてPCを見ると、何も書いていない記事がアップされていたり、ブログのコメントが消えていたり、さすがだな、と思った。
ここで疲れが出てバッテリー切れ。
それから殆ど動かず一日が終わった。
現状維持が出来るかぎりは、少し危なっかしいけれど日常生活は殆ど送れるようになった。
肉を食べたお陰でエレクトもする///////
ステーキやばいっす、ガチガチっす。うっす。


7/27
寝起きの水便・嘔吐・吐血もなく、寝起きから体調良好。
体は筋肉痛で痛むが、久し振りに気分が良よく、凄まじいスピードで体が回復をしている事を感じる。
抗癌剤万歳\(^o^)/
資料を作りながら、休憩がてらにブログの返信やメール返信をする。
翌日は出社する為、一日資料と睨めっこをした。
相手にしてくれない私を娘は気に召さないようで、チラチラ目線と自分アピールに励む。
反応しない私を見限ると思いきや、妻が時折鼻歌う、可愛い可愛い○○ちゃんママとhdちのたからもの、という歌を口ずさみ、私を誘惑して一殺にした。
昼も夜も食欲旺盛な私の姿に妻は驚く。
特に何か目立った事もなく、ごく普通でありふれた日常だけれど、私にとっては最高の休息日となった。
私の遺伝子を継ぎmusicgirlに成長した。
音が鳴らなくてもヘッドフォンがお気に入りwwwwwww
某県議員のアレに似ていたり似ていなかったり。

7/28
8時頃に起床。
体調良好。
どこか調子が悪そうで、寝起きからぐずる娘をなだめながら朝食を摂らせる。
妻の用事が終わり昼前に帰宅すると同時に、入れ替わりで電車に乗って出社。
歩く、歩く、ひたすら歩き、誰にも負けじと、超高速歩きで、健康時より早く歩いている事に気付く。
夕方から会社に戻ってくる皆に、どうやってきの?、電車だよ、と答えると、公共の交通機関を使うんですか?想像できない、と笑われたり、馬鹿話をする。
私は今後死ぬまで、できるだけ歩き続けると決めたのです\(^o^)/
その後に数人と遅くまで今後について話し合い。
日付変わって1時頃に帰宅して今に至る。
本日一度も吐血・嘔吐無しで、体調良好。


身心共に傷だらけの穴だらけ。
少し前までは、病院やマンションの階段を昇り降りするだけで苦しくて全てが億劫だったけれど、最近ではその辺の人と同じ歩行速度を保てるようになった。
一月前は消化不良・胃酸多可・胆汁逆流・食後の痛み・吐血・下血・腹水等で、茶碗一杯分の食事量で精一杯だったものの、今では食欲旺盛で、私が最も重要視している消化器も回復を始めてきた。
特にこの半年はきつかったが、やっと術後の安定を手に入れたのかもしれない。

このままでは血を求められる不死身のアレになりそうだ(;´Д`)


目の前真っ暗でシャットダウン寸前の立ち往生する状況は脱したものの、毎日地獄の一丁目にいる気分で釈然としない右往左往する日々は続く。
そのような中でも、娘はお構いなしで成長を続け、少しずつ世界が広がり始め、歩幅を大きくとり始めた。
貴方なら何とかできるから、頑張ったね、というたまに気味の悪い言葉を発し、私を信用してやまない斬新な主張ばかりするツンデレ妻。
一緒に寝る時は、私の頭を撫でてくれる娘。
私の居場所を確保してくれて、応援してくれている、私の周囲の方々。
天邪鬼で頑固な私と、妻から娘へ継承した、大丈夫、という言葉。
私の周囲の方々の、お前なら大丈夫だよ、という言葉。
この言葉に私がどれだけ励まされた事だろうか。
これだけで、自分のリミッターが解除される、そんな馬鹿で安い駄目ンズの日常の一コマでした。
おしまい。

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反応薄いとブログの更新がまたとry なんてねwwwwwww



/しまじろうのわお! op オープニング曲 「しまじろうと いこうよ」

>行こうか行かまいか迷っている君へ

7/31追記

2013年1月30日水曜日

9回目(最後)のFOLFIRINOX / 投与中止決定

心身共に優れない状態で病院に向かった。
前回の経過と体調についての質疑応答があり、投薬をどうするか?と尋ねられた。
オキサリプラチンの投薬量を少なくして、デカドロンも使い慎重に様子を見ながらの投薬になった。
前回と同様でオキサリプラチンに変わった途端にアレルギー症状が出た。
点滴のボトルが半分ほどになった所に医師がきたので、状態を説明して投薬を中止した。
医師が何度も様子を尋ねてくれたおかげで、安心して確認作業を終える事ができた。
腫瘍マーカーは相変わらず下がり続けていたので、CA19-9は次回の投与時には基準値に入るだろう。
今回はアバスチンを追加しなかった。

今回もオキサリプラチンを殆ど投与していないので継続した副作用が少ない。
痛み
抗癌剤理由による痛みや不快感は無し。
投与日以外は酷い倦怠感は無し。
末梢神経障害
指先の自由があまり効かなくなっていたが、オキサリプラチンの投与が少なくなりだしてから徐々に回復を始めている。娘ちゃんの爪を切る程度の作業は難なくできる。
吐き気
吐き気は殆ど無く、日常生活に支障は無い。
便秘・下痢・排尿
水分の摂取量が多いせいか緩めの便が出る。
排尿は問題なし。
頭痛・脱毛
頭痛・脱毛は無し。
精神障害?
特に無し。
立ちくらみ=骨髄抑制
抗癌剤投与日と骨髄抑制のボトムが同じようで、フラつく状態が続いている。
以前に比べると症状は緩やかで倒れる事は無かった。
FOLFIRINOXまとめ
オキサリプラチンに慣れてから(3回目の投与位)の抗癌剤の副作用は、軟便・下痢・立ち眩み・骨髄抑制による体調変化・吐き気・指先の自由が効きにくくなるが主たるものだった。
見た目の変化は、脱毛は気にするほどのものではなく、指先や足等の先端が黒くなり、この時期は色白になるはずだが調子が悪そうさ茶色になった。
水分と鉄分を多目に摂るように気をつけるだけで通常の生活ができた。
気をつけた事は指先を定期的に動かす事だった。
体が慣れるまではきつかったが、この抗癌剤によるメリットは計り知れない。
これでFOLFIRINOXの記録は終わり。

3-4月辺りで抗癌剤の切り替えが必要になるのではと思っていたが、予想より早く残念な結果になってしまった。
腫瘍マーカーの下がり具合も予想に反して早かったのがせめてもの幸いだ。狙っていた数値まで落ち込んだので、次の抗癌剤で思惑通りに事が運ぶ事を願う。
大事な事にチャレンジする時は何時もギリギリのチキンレースだ(;´д`)
少し興奮する//

2013.2.4/AM03:45記

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2013年1月18日金曜日

8回目のFOLFIRINOX / アレルギー反応 + 投与中断 オワタorz

2012.01.16(水)
新年一発目の治療なので万全の体調で挑んだ。
カンファレンスの結果と放射線についての意見を報告すると、大病院ならではの意見だ、というニュアンスで苦笑いをされ、取り敢えず3月末まで治療を続けてCTを撮ってみよう、と診察が終わった。
血液検査の結果はSpan-1も基準値内に収まった。
今回はアバスチンを追加した。

点滴がたくさん
これを3時間程で終わらせる

オキサリプラチンの投与に切り替わった途端に、くしゃみが10回程連続して出て、口の中にハリネズミを突っ込まれたような猛烈な痛みが走り、それが内臓中に広がりだした。
呼吸が苦しくなって茹でダコのように顔が真っ赤になっていると、くしゃみを続ける私の様子を見に来た看護師が慌てて医師を呼びに走った。
他の看護師に大丈夫ですか!?と尋ねられたが、大丈夫ではなさそうです、と答えると血圧を計られ、上が158か178?で呼吸は更に苦しくなり軽い痙攣が始まった。
ここから記憶がはっきりしていないが、医師が中和剤を点滴に注入して点滴のスピードを上げたようだった。
体中が猛烈にかゆくなり、血管が波打っているのが見えたが、この時点で目の前が赤黒くなりはっきり見えなくなっていた。
もうだめぽ、と横になると点滴の針が抜けかけて皮膚の中で漏れてしまい看護師に迷惑をかけてしまった。
10分程すると呼吸が落ち着きだし、別の点滴で30分程流して1時間半程休むと帰れそうな気がしたので病院を後にした。


点滴終了直前
発疹が治まり出した頃の写真

今回はオキサリプラチンを殆ど投与していないので継続した副作用が少ない。
今迄の副作用の主犯格がオキサリプラチンだとわかった。
痛み
アレルギー反応で内臓が痙攣したせいか、年明けからの体調不良のせいか、内臓が疼いている。
食後の十二指腸辺りの圧迫感が酷く、適量を超えるとしゃっくりが出て、内臓が揺さぶられて痛い。
他は特に痛まないが、倦怠感が酷くて気怠い日が続く。
末梢神経障害
指先が震える症状と第一関節が動きにくい症状に悩まされる。
指先をこすり合わせて小さな抵抗をしているが、キーボードのタイプがうまくいかなくなってきた。ミスが多い。
吐き気
病院を後にして車に乗り、酷い目にあったぜ、と煙草に火を着けて一服吸い込んだ次の瞬間にダッシュボードに向かって大量に吐いた。
その後も15M程車を走らせては停めて吐くを10回程繰り返した。
翌日も吐き気はあったがいつもより軽度だった。
便秘・下痢・排尿
抗癌剤の投与日から下痢になった。
翌朝から落ち着いているが、水分の摂取に気を使わないと便秘になりそうだ。
投与翌日の朝一の排尿は赤黒く、その後は濃い黄色になり落ち着いていった。
頭痛・脱毛
今迄に経験した事のない頭痛に襲われた。
3日目には回復したが辛かった。
娘ちゃんが我儘で泣いている声が頭にこだましてイライラした。
脱毛は無し。
精神障害?
特に無し。
立ちくらみ=骨髄抑制
立ち眩みの頻度は減り、度合いも軽くなった。
今回の抗癌剤投与と骨髄抑制のボトムのタイミングが同じようで、投与から3日目の今日も朝からフラフラしている。

自分が使う薬剤の副作用や使えなくなる経緯は一通り調べていたので、耐性化の順序等は見当がついていたが、オキサリプラチンのアレルギー反応がこんなに早く出るとは思わなかった。
オキサリプラチンは微量の投与でもいずれアレルギー反応が出て使えなくなる、との記述をどこかで見かけた記憶があったが、まさかのタイミング(;´д`)
今後の方針をどうするか話さないで帰ってきたが、これでFOLFIRINOXは使えなくなったと判断していいだろう。
残された武器はアブラキサンと、頼りない放射線だけだ。
使える抗癌剤が少なすぎる。。。
当日は悲しくて寝ている娘ちゃんをギュッと抱きしめて甘えてしまった。

はー。
波瀾万丈だ。
うまくいかねえなぁorz

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2012年12月28日金曜日

7回目のFOLFIRINOX / 医師(意気)消沈?

診察室に入るなりCTの結果を尋ねられ、コメントと画像のプリントとデータの入ったディスクを渡して、2名の医師と話した内容と自分の意見を伝えた。
あまり余計な事を言わない医師なので顔をよく見ながら話していると、参ったなという心象が見て取れる表情を浮かべた。。
膵臓と腫瘍の影が思ったより綺麗な形をしている事と、壊死している可能性が無いともいえない事から、腹腔鏡で見てみたいね、と言われる。
オペや放射線について何か言われたか?と尋ねられ、年明けに外科のカンファレンス結果を聞きに行くので、その特に放射線治療について意見を伺おうと思っている事を伝えた。
取り敢えず今日はFOLFIRINOXをやりましょう、と言われて診察が終わった。
部屋を出る際に、体の調子が良い状態で正月を迎えられる事に礼を述べると、何を言ってる?次の正月も迎えてもらいますよ、と言われ、ポジティブな発言が嬉しかった。
年末最後の営業日?だけあって患者でごった返していた。
個室で投与を受けて1/3は寝ていた。

痛み
投与日の夜から翌朝まで膵臓と肝臓の背中側に激痛が続いた。
特に帰宅してからの痛みが酷くて、どこまで痛みに耐えられるかチャレンジしていると、知らぬ間に産卵時のウミガメのように涙が出ていた。
久しぶりに堪えたorz
痛み止めは飲まないで乗り切った。
末梢神経障害
指先の震えは少なくなってきたが、硬直するような状態が続く。
油切れのロボットみたいだ。
書物をする時に意識しないとペン先が震える。
吐き気
抗癌剤の投与が終わって車に戻る間に2回吐いた。
いつもより吐き気が強く、3日目の今日も吐き気で気分が優れない。
便秘・下痢・排尿
抗癌剤の投与日から下痢になるが、腹痛で苦しむ程ではない。
投与翌日の朝一の排尿は真っ赤だった。
2回目の排尿は赤黒く、3回目の排尿は濃い黄色になり、
3日目から少し濃い程度の尿になった。
初日の真っ赤な尿を見て、小さい事を気にするのは野暮と思い見なかった事にした。
頭痛・脱毛
脱毛と頭痛は無し
精神障害?
特に無し。
立ちくらみ=骨髄抑制
今回は酷い立ち眩みはなく、へたり込む事はあっても復帰が早い。
以前より倒れる回数は減った。
鉄分ウェハースのお陰??

今回の一連の結果は、改めて厳しい現実を突きつけられるものだった。
腫瘍が壊死している可能性があるという意見は、CTを読んでも線維化及び石灰化した部分が見当たらない上に、壊死している割には綺麗すぎる濃い色を見せている事から期待は抱かない事にする。
早々に使えなくなったGEM、効果の薄かったTS-1、期待していたFOLFIRINOXの途中結果、加えて大きな希望として見ていた腫瘍マーカーの鈍くなりだした推移から、来年は更にシビアな舵取りが必要になりそうだ。
確信は得られていないが、最近の体調の変化を見ていると、以前の状態に戻りたがりそうな動向を感じている。前回と今回の抗癌剤投与まで少し日が開いたのだが、以前に感じた事のある痛みや違和感に襲われた。これは抗癌剤VS腫瘍がイーブンになってきたと判断してもいいのかもしれない。
若いと進行が早い=耐性がつくのも早く、癌細胞の進化も早いという事なのだろうか。
FOLFIRINOXで腫瘍マーカーを3月迄に基準値内に持って行き、放射線治療→腹腔鏡で確認→可能であればそのまま摘出、の算段を取っていたが、年明け早々にも腫瘍マーカーの結果をもって、別の抗癌剤に切り替える等の効果的な治療を検討せねばならないようだ。
6月頃を思えばここまで復活できただけでも御の字だ。
まだ勝算はあり積極的な治療は意味があるはずなので、患者のプロとして細かくデータを分析し、最善の道を選択して良い結果を出したい。

これで年内の病院通いは終わり。
清々した。
2012.12.30/16:50

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2012年12月12日水曜日

6回目のFOLFIRINOX / GEMとFOLFIRINOXの副作用比較

腫瘍マーカーは下がり続けており、体調と気分の良い状態で投与を受けた。
イリノテカンの点滴が始まると同時に手に汗をかき、吐き気がこみ上げた。
今回はアバスチンを追加した。

痛み
痛みは無し
末梢神経障害
指先が震えてタイピングや細かい作業が難しい日が続いた。
投与から5日程経つと改善される。
吐き気
抗癌剤を投与中から吐き気がして帰宅中に何度か吐きそうになるが持ちこたえる。
帰宅して盛大に吐いた。
それ以降は吐き気止めが無くても大丈夫そうだった。便秘・下痢
便は緩いが腹が痛くなるような事はなかった。
水分摂取量の調整でクリアできる事がわかった。
便秘は無し。
頭痛脱毛
脱毛は止まり、健康時と見た目は変わらない。
滴投与後から翌朝まで頭痛が続き、痛み止めを飲もうと思うほど酷かった。
精神障害?
帰宅して時計を見ても時間がわからなかった。
家族に時間を聞いても意味がわからず理解できなかった。
テレビに映る18:40の数字を見ても何の事か意味がわからなかったが、気にしても仕方がないと思い食事をしていると回復した。
食後に休憩をして横になると酷い頭痛が始まり、頭の中で走馬灯のように記憶がグルグル回り、船酔いのような状態になり辛かった。
アバスチンの投与を受けた時だけこの手の事が起こるようだ。
立ちくらみ=骨髄抑制
点滴の投与6日目から立ち眩みと腰の痛みと背中の張りが増えてきた。
同時に風邪もぶり返して体調は悪くなった。
10-13日周期で繰り返している。
これなら食事と鉄分とアスピリンで乗り切れそうだ。

FOLFIRINOXの3回目の投与から副作用は安定しているようで、アバスチンの投与時以外は特に目新しい副作用はなく、抱えている問題が酷くなる事はない。
ジェムザールの標準量の投薬に比べると副作用はかなり楽な事がわかった。
腫瘍マーカーの推移と倦怠感の軽減が比例している。
倦怠感は抗癌剤理由ではないのか?
・FOLFIRINOXの副作用の辛さ
吐き気>物忘れ>手足の痺れ>腹下り>点滴当日のキマった感の辛さと倦怠感
吐き気は点滴後数日でクリアでき、ゼローダの調整と吐き気止めで全く気にしなくて済む。物忘れは精神的ショックが大きいだけで日記を付ける事でクリアできる。手足の痺れはご愛嬌程度で血流を良くすると楽になる。腹下りは便秘に比べると心身共に楽だ。倦怠感はジェムザール時の1/10程度しかなく寝込む事は無い。
・ジェムザールの副作用の辛さ
倦怠感>肝臓の負担>便秘>点滴当日のキマった感の辛さと激痛と倦怠感
倦怠感がある時は全く動く気にならず、寝込む事で床擦れにも悩まされた。肝臓は投薬中止になった程なので致命的だった。便秘は心身共に弱らせた上に体の回復を遅らせた。点滴当日の激痛は相当なもので、帰宅してすぐに寝込んでいた。
FOLFIRINOでQOLが上がる理由が不明確だったが、薬剤の組み合わせにより便秘が無い事と肝臓への負担が少ない事が大きな理由なのだろうか。
ゼローダの恩赦が大きいように感じる。

腫瘍マーカーの推移と体調、吐き気等の一過性の副作用が強くなってきた事から、CTの結果を持ってメリットとデメリットを再確認して投薬量を調整していきたい。
物忘れが酷くなってきた事と、手足の痺れや色素沈着から血流がキーポイントのような気がする。
若さに任せるのもここまでのようなので、細かい部分まで突っ込んで対処をして、抗癌剤を継続していきたい。
2012.12.22/23:50

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2012年11月30日金曜日

5回目のFOLFIRINOX / 体調不良

体調が優れない為に初めて自ら抗癌剤の投与を延ばした。
風邪で体調が崩れ、体力の回復が間に合わなかった。
28日→30日に変更したが、当日の朝は気分が優れず、行きたくない。。。。と思った。
血液検査の結果は良好だったが、ふらついていて顔色が悪いとの事で、初めてベッドに横になり投与を受けた。
いつもより点滴のペースが早く、脈が上がり手にあせをかいた。
医師に体調が良くない事と症状を伝え、今回はアバスチンをパスした。

痛み
当日と翌日に腹痛
他は抗癌剤によるものは特に無し
末梢神経障害
病院の駐車場が満車で徒歩5分程の離れた所に車を停めた。
抗癌剤の投与が終わって歩いていると、手に汗をかいていたのが急に冷えて、指先だけ氷を触っているような感覚になる。
吐き気
抗癌剤を投与して駐車場に戻るまで3回吐く。
翌日も吐き気が強かった。
後は薬でコントロールできそうだ。
便秘・下痢
全く問題無し。
脱毛
脱毛は止まった。
頭痛
無し
精神障害?
当日は娘の笑い声や、新しく聞く音が頭の中でこだました。
立ちくらみ=骨髄抑制
風邪で思うように体力が回復しなかったようだ。
25日から酷い立ちくらみがあり、28日の朝は腰や背中が痛くて動けなかった。
29日の夜にかなり回復して、30日は軽くふらつく程度になった。
全快ではない状態で抗癌剤の投与を受けたので、今回は万全な対策で挑みたい。

当日の夜は異常な寒気を感じで、布団の上に毛布をかけて寝たが、夜中に脱水症状気味になり目が覚めた。
抗癌剤の副作用か?
2日目の夜には動けるようになるまで回復した。
腫瘍マーカーは良いペースで下がり続けているので、算出した目標値まで予定通り後4ヶ月で到達できそうだ。
腫瘍が原因であろう痛みはほぼ無くなってきたが、抗癌剤の副作用に悩まされだした。
副作用で抗癌剤の投与ができなくなると元も子もない。
前日の夕飯を思い出せない事や、鞄等を置いた場所が思い出せず、ほんの数分前の自分の行動すら覚えていない事が増えた。
5-FUの重い副作用:白質脳症に該当する項目が多いので、次回の診察時に相談をして投薬量を検討する。
アバスチンの投与に本能が拒否感を示したので、これも次回によく相談する。
2012.12.02/03:30記


/追記
12.3AM01:40
若干の腹痛と吐き気はあるが体調は戻った。
いつもよりペースが早い。
FOLFIRINOXを初めてから、投与前後3日間が最もきつい週だった。

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