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2015年12月2日水曜日

ブログ再始動@Twitterはその時までZzz

久し振りにブログ更新をします。
初めましての方、粘着して頂いている皆様、また宜しくお願い致します。

いきなり唐突ですが、これからラストスパートを走る事になりそうです。
前回のTwitter更新後の11月13日に退院をしましたが11月26日に再入院となりました。
理由は胆管辺りからの出血で血液量(主にヘモグロビン)が減り、立ち上がるだけで全力疾走後のような状態になった為です。
同じ症状で病院に搬送が4回となりました。
また、2015年12月01日21時頃から22日3時頃まで自力で呼吸と意識を保つ事が難しくなり、これからを自分の力で生きていく事は正直なところ厳しいと感じました。

Twitterで細々と報告兼記録をしようとおもっておりましたが、私がブログを始めた理由と何か違う事に気が付き、今後はブログで再発信していく事に決めました。
特にデータを残す事と肝性脳症への対応等、予備知識として欲しくてもなかなか知り得ない部分を中心に、経験者だからこそ綴れる形で、応対や残ったダメージ等を残していこうと思います。
病を患ってからある意味で特殊なブログ及び関連文献に目を通してきましたが、自身が滅びる事を受け止め、どのような過程で死を迎えるのか、という記述がなかなか見当たりません。弱輩者ですが、34歳の私がどの様な思考で死を迎えて行くかを残し、いずれその時が来る方々へ何かしらのメッセージになればブログ冥利に尽きるというものですw


正式な病を伝えられた後に少しでも時間を伸ばしたいと藻掻き続けた代償が何だったのか。
その先に何が待っているのか。
他にどの様な選択肢が他にあったのか。
私が一番大切にしていた治療が何なのか。
一日数行かもしれません。

まもなく4歳になる娘に私を少しでも知ってほしい。娘の為に私の好きなリズムを残したい。
後続者が寄り道をする事なく、残された時間を大切にできる為の道標になってほしい。
今迄の経験を残していきます。
今迄とは違う姿勢でブログを綴る事により、私がここまで生き延びて来れたかロジックを探るツールに成り得るかもしれません。


おセンチな再開だって?
今では焼かないで墓に埋葬された人を掘り起こしてきたような見た目になったorz
2Lのペットボトルを持つ事も精一杯で、排便だけは自力でトイレに行けているが、尿は床で済ませる事が増えてきた。

もう死ぬのか、まだ維持を張って頑張るのか?、まだ頑張るのか?、等と考える方は沢山いらっしゃる事でしょう。
私は病気を患って死に対しての価値観は一切ぶれておりませんのでご心配なく。

まだ手はある、諦めるな、何とかしてやれる頑張れ、という医師達及び私の周りの人達に感謝及び殺意wwwwwwwを抱きつつ、明日には死んでいるかもしれないけれど、ぶちのめされても起き上がる事ができる以上は、最期迄自分らしく情熱的に生きるぜ( ´ー`)y-~~
乞うご期待。
#
どなたからも、SurfacePRO4 - Corei5/メモリ8G/256GB or SurfacePRO4 - Corei7/メモリ8Gor16G/256GBor512GBをプレゼントしましょう、と連絡が来ません。pんpn!!
お礼にH/150/h程しか動いていないステッカーべたべたの、SurfacePRO3(i5-256gb-8GB-TypaeCover英語&日本語有)を献上します。
待っていますサンタさんASAP!!!!!!!
くらえ私節!!





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2015年1月1日木曜日

2015年始まる@まだ生きている

前回の更新から目まぐるしい日々を過ごしている。
ツイッターに触り程度は残したが、アンモニアが脳に回り痴呆症のような症状に陥り、昨日辺りからやっと携帯やPCを触れる程度に回復をした。

病院と私とのやり取りでの大雑把な感触としては、死に向かってのカウントダウンが始まったと捉えて良いかもしれない。
しかし、私と妻は諦める姿勢は微塵も出す気配はなく、26日に退院をしてすぐに化学療法を受けた。
緩和ケア科の入棟面談・バイパスした箇所以外の不良・新たな問題等、もう少し体調が落ち着いてから記録を残す。

後数日で34歳を迎える。
スタート時に半年で死ぬ、と言われた事を考えると長生きをしているものだ。
今年も私を支え続けてくれた方々、本当にありがとうございました。
また、興味を持ってブログを読んでくださっている方々もありがとうございます。
私のこれからの記録が後に役立つ内容になるように、頭をしっかりさせてブログを綴りたいと思います。

皆様が良い一年を過ごせる事を心からお祈りいたします。
今年もよろしくどうぞ!!!!!!!
何事も諦めない事こそが成功の鍵だ!





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2014年12月4日木曜日

狂乱怒涛+余命@しかし心は救われた

体調は乱高下を続けている。
現在抱えている大きな問題は、心臓・高熱(37-40)・胆管炎・胆管炎・骨転移??からくる激痛だ。
前回の更新時はドレナージをする予定だったが、体調を見て見送る事になった。
少し調子が良いと思っていると、あっという間に体調が悪くなり、動けなくなって悶絶する日々を繰り返している。
高血糖はすっかり安定して、私の予想が的中する結果となった。
食事のせいかもしれないと疑っていた医師達は残念だったね。
自分を客観視する大切さがよくわかった2ヶ月だった。
辛かったけれど、とても良い経験をした。
フルコントロール。

12/01の夕方に体が硬直して動けなくなってしまい、同時に経験した事が無い激痛に襲われた。
痛みと硬直でキョンシーのような姿勢のまま横にされて、心拍計等の様々な機器を取り付けてモニターをされながら、症状が収まる30分近くの間を観察された。
医師は心臓を疑ったが、即時行った採血と心拍等のモニターの結果、早々に心臓の懸念は除外された。
十二指腸より少し上辺りが原因の激痛が続いている為、フェンタニルの持続点滴を継続しているのでシバリングも疑ったが、自分で採血結果を見ながら除外診断をすると胆管炎・膵炎の疑いが強いと思った。
12/03・04と同じ症状が出た。
背中右側の一部にギュッと締付けを感じた後に、多汗・硬直・激痛とコンビネーションでいたぶられたが、5分ほどで収まったものの、両日とも痛みのせいで嘔吐した。
現時点で原因不明。
医師は骨転移を疑っているようだ。
今回は私自身も答えに辿り着けていない。
この問題を抱え始めての採血結果は下記になる。


12/2に漢方サポート科と内科の診察を受けた。
漢方サポート科の医師は、医師と患者は情報を共有するべきだ、という素晴らしい概念を持っているので、外科医達が見せてくれないデータを惜しみなく時間も気にせず見せてくれて写真をバシバシ撮らせてくれて、欲しいデータは全て印刷してくれた。
私の質問にも心地良く答えてくれた。
退院が決まり次第、外来予約を入れて早急に来るように、と言われて診察が終わった。
今回、手術をして取り払った部分等もインパクトがあったが、バイパス手術を行った時の写真は参考になると思うので、もっと読む、に残しておく。
#
私の内蔵の画像なので見たくない人はこの時点で閉じるように。
人のブログを勝手に読んで、値踏・妄想をしている下衆イ輩がいるようだ。
私と妻も知らない我が家の内情を知っているそうなので怖いのですけれどwwwwwww
愛の無い人にこのブログは読まれたくないね。
何か言いたい事があれば直接私の居る場所に来る事。

内科では私が質問責めする形になったが、患者に寄り添ってくれる医師なので真剣に応じてくれた。
今後の治療予定や希望を伝えて、緩和ケア等の話の終わりに余命についての話題が出た。
私の状態であれば普通はもう何も手出しできず見守る段階かもしれない、と前置きをされて、平均的な数値として、今をスタートとして約三ヶ月、貴方は今後も積極的な治療をすると言っているので一年を目標として良いかもしれない、できる事を一緒に頑張ろう、と言われた。
多目に見積もってくれるもんだなー、と思いながら聞いていたが、一年しかないのか、と思う反面、後一年もあるのか、という思いもあり、黙っていると、また病室に行くので今後の治療は都度考えていきましょう、と診察が終わり、複雑な心境で診察室を後にした。
病室まで歩きながら、来月の誕生日で34歳は迎えられそうなので、次は34歳6ヶ月を目指すと決めた。
頭では理解しているけれど、連日の体調不良で滅多打ちにされていた私は、夜に妻にたいしておうちに帰りたいとlineを送った。妻の反応は相変わらず微妙にずれたもので、平常運転の彼女に少し救われ再度頑張ろうと思えた。
まー、私であれば何とかするでしょう('A`)y-~
たぶん。


【食事について】
一回目の術後3日目から3分粥が始まった。
今の食事は5分粥食を更に半分にした量になった。
最初は3分粥(汁食)の1品か2品を良く噛み飲んで腹一杯になっていたが、今では5分粥全品を半分にしてしてもらって一日一回食べきれる程度にはなった。
3分粥食時は味気無くて食欲はなかったが、5分粥食に変わってからは少しずつ食欲が湧き食事時間が楽しみになってきた。
依然、胃と十二指腸間は狭窄しているようで、食後に体を傾けると胃と腸をバイパスした所でゴボゴボという音を立てながら流れていく。
入院前の約1ヶ月は口に入れた物から栄養分を吸い取っては嘔吐をする生活をしていた為か、今の状況ですら有り難い。
取り掛かりは胃の限界値がわからず、食べては吐いてを繰り返していたが、一日二食程度で腹に溜まってきた、と感じる前にストップすれば嘔吐する事はなくなった。
#
日々の体調変化への対応が精一杯で、なかなかお食事日記まで辿りつけない。
食事内容を参考にしている方もいると思う。
写真は撮りためているので後日うpする。


今時点では退院の目処が立っておらず、退院をする条件は下記になる。
1,食事を摂れるようになる事。
上記については、食事量は少ないが慣れの問題である為にクリア目前とする。
2,CL等を安定させて心臓をコントロールする事。
上記については、アーガメイトや内服薬で落ち着かせられると思うのでクリア目前とする。
超まずい。ねるねるねるねを10個位まとめて食べている感じ。
3,採血結果を見てわかる通り、胆・肝を落ち着かせる事。
4,痛みをコントロールする事。
上記については、骨転移・胆管炎なのかはっきりすれば今後どうするべきか枠組みを作っていける。
前者の場合は化学療法や外科任せとなるが、後者の場合は今抱えている問題を繰り返していては落ち着かない。原因を突き止めて数値を安定させて、退院後にすぐ化学療法で抑え込みに入ればもう少し見通しは明るくなると思われる。
原因を突き止める為には、内視鏡でステント部分等を探りにいかねばならないが、術後で胃が落ちつていない事・狭窄がどうなっているか次第になるので、私自身の独自の視点からもアタックしていかねばならない。

今回の入院で医師と看護師と私の距離が縮まった。
緩和・積極的な治療のバランスをうまくとり、少しでもQOLの良い状態が続くように皆で支援してくれる、と多数の方に言われた。
皆さん、自分の仕事に誇りを持ったプロフェッショナルで格好が良い。
癌に対しての治療は他の病院に負けない、という力強い言葉が心地よかった。


詳細は省くがブログを通じて知り合った方が2名、12/03にピンパルさんが再度見舞いにきてくれた。
写真を残しておく。
具合が悪くなってしまい、ピンパルさんを急遽帰してしまったので写真は後日に撮りたい。
MKさんとの会話で残しておきたい事があるので、これについては後日改めて更新する。
女性は遠慮をしないでプレゼントを持ってバンバン来てくださいねwwwwwww
男は面倒だから来ないでください。というか、来るな。
12/01 MKさん お会いしたのは3回目。
お見舞いの品・娘へのプレゼント等、ありがとうございました。
12/02 密会者 初回の手術時にお会いした方で2回目。
娘へのプレゼントありがとうございました。


話はガラっと変わるが、12/03夜に前回更新時のコメントを読んだ大目玉さんから電話が掛かってきた。
第一声が50万用意したぜ。
テラ格好良いっすwwwwwww
私は軽い冗談のつもりで書いた事と、大目玉さん出版まで辿り着いただけで充分です、そもそも以前お会いした時に寄付金にしようと話したではないか、と説明したが、約束は約束だから、と言ってくれて引き下がりそうになかった。
お言葉に甘えて、私は乞食では無いのでお金は頂けない、代わりに記念品を買って頂いて宜しいですか?、と答ると、勿論と快諾してくれた。
今後の事等も話したが、一番胸に響いた言葉は、今のhd君に言うのは適切ではない事は百も承知だけれど、本当なら飲みたかったよ、頑張れ、と言って頂いた事だ。
酒を再度飲みかわせるように懸命に治療に取り組みます。

御礼に今できる事を。
赤字過ぎるそうなので、大目玉さんの格好良い行動を讃え、一冊ポチッとお願いします。
闘病するにあたり大切な情報の一つは、心構えというか、壁にぶち当たった時のバックボーンだと私は思います。こればかりは経験しないと残せないからね。
格好をつけず(多分w)ありのままを記している、数少ない参考書の一つです。



1月に再開する事を約束した。
何をプレゼントして頂くかは、お会いする時のレポートで明かす。
その時は私に驚きと感動を与えてくれた、もう一名の格好良い人のエピソードを交えて更新する。
生きてるだけで丸儲けとはこのような事をいうのでしょか???????wwwwwww
お楽しみに!!!!!!!引っ張るよーwwwwwww

どうしようもない救いの無い数日を過ごしていて、心と体がボロボロの3日の午前中にトドメを刺された日だっただけに、私はとても幸せを感じでいます。
本当にありがとう。

遠くの親戚より近くの他人を痛感した。
ブログ冥利に尽きる(TдT)
#

約束を守る事よりも、自分の口から発した事をやり遂げなければ嘘吐き以下の外道だ。
できない事なら端から言うべきではない。
自分を騙して逃げるような人生に価値無し。


3歳になる娘の誕生日を祝う為に5日から2泊3日の外泊をする。
gdgdの状態且つ点滴をしたままの行動、はじめてのお使いのようでドキドキだ(;´Д`)
CLがこのまま下がらないようであれば、外出しても心肺停止の恐れがあるようなので、明日の採血結果で数値が改善されていなければ外泊ができない。
今後の事を考えてポート留置を検討しているが、外泊までには処置が間に合わず、取り急ぎ腕と別の場所にも皮下に針をさして持続的に点滴を続ける処置を行った。娘さんの誕生日との事なので、できるだけ帰宅できるように協力したい、と申し出てくれたので、多少数値が悪くても今回は外泊させてくれると思うが、救急車で病院に帰還する事が無いように願う。しっかり税金は収めてきた、というか今も収めているので、救急車をタクシー代わりに使いたいくらいだぜ('A`)y-~
ペペローションローターを肌身離さず持ち歩く変態の図。
乳首は見ちゃやーよ(>_<)


#

ブログを頻繁に更新する事は手間なので、これからもっと時間を大切にする為にブログ用twitterを始める事にした。
https://twitter.com/______hd_______ hdの前後はアンダーバーが7個ずつ。
twitter内容は自己紹介通りの内容だが、blogreadersと今を共有し合いたい思いが強くなり、ブログ用twitterを始めようと思ったので、興味のある方はフォローかブックマークをお願いします。
基本的にこちらからは、気が向いた時にしかフォロー・返信はしないのであしからずw
#どこかで暇になると、**にいるのでヤラナイカ発言をするかもしれません('A`)y-~


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2014年11月20日木曜日

入院 + 手術前日@wakemeup!!

11/19
入院をする前に会社に立ち寄り挨拶をした。
駅まで歩いて電車に乗ったものの具合が悪くなってしまい、3駅で降りて嘔吐した後にタクシーに乗り換えて病院に向かった。
入院手続きと採血を済ませて病棟に移動。
おかえりなさい、と歓迎?されて病室に案内された。
休む間もなく、あれよあれよという間に、体中が管だらけになった。
車椅子に乗せられて術前の検査を次々に行った。
呼吸テストでは、担当の方にそれで精一杯なの?、と呆れられ、心電図の検査ではXの項目が沢山出ていた。
その後は記憶が定かではなく、誰かのしっかりして、という言葉を最後に、意識がはっきりした時は11/20の朝方だった。
輸液のお陰でチャージ完了、驚く程に頭がしゃっきりwwwwwww

11/20
朝の回診は心臓についての話題になり、午後から専門医が精密検査をすると言われた。
術前説明を受けた時にカンファレンス結果を伝えられた。
体力・技術ともに厳しく難しいようだが、私達夫婦の要望を確認の為に再度伝えた。
場数をこなしてきた医師達も初めての試みのようで、チャレンジしてくれるだけでも御の字だ。
そのお陰か渡された同意書・説明書はは前回の手術時の4倍程ある(;´Д`)

妻同席の術前説明が終わった後に心臓の検査をした。
この調子で普段は過ごしているのか?、と聞かれて、はい、と答えると苦笑いをされた。
夕方に麻酔科の方が全麻の説明と同意書を取りにてくれた時に、フェンタニルが前回足りなかったので今回は多目にお願いします、とオーダーをした。
今回もがっつりキメるぜ(^Q^)
その後に循環器の医師と話して、手術に挑む為のリスクを嫌という程に説明をされた。
お慈悲で翌日の手術の許可を出してもらった。

色々と応対をしていると、仕事で関東に来ている大目玉さんからLINEで連絡があり、急遽お見舞いに来て頂く事になった。
ブログには残せない事を話し、手術が無事に終わった後にチャレンジしたい事等を話した。
私の新お気に入り看護師にお願いをして写真を撮ってもらい、握手をしてお見送りをした。
ありがとうございました!!!!!!!
地獄の沙汰までご一緒しましょう。


膵尾部を切除して再発が懸念された時から狙い続けた、というよりは、術後すぐに狙いを定めた今回の手術。
そんな馬鹿な、何を言っているんだ、と様々な人に何度も言われてきたが、私は今回もチャレンジする切符を手にする事ができた。
肺・肝臓・膵臓・転移したリンパ節・背骨、私を困らせる存在は何もいらない。
開腹をしてもバイパス程度の姑息的な処置しかできない確率の方が高いと思う。
しかし、夫婦で幾度も話し合い、互いが納得するゴールを目指す為に努力してきた。
結果がどうであれ、あの時こうしていれば、という言葉は誰からも出ないだろう。
できる事はやりきったが流石に疲れた。
結果がどうであれ変態を通り越した私はきっと再起するさ。

明日は朝一番で手術室に向かう。
今回の術後報告は自分で行うので、更新待ちをする方は無事を祈っていてくださいorz
これにて術前の更新は終了。
ごきげんよう。


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/Avicii - Wake Me Up 歌詞(和訳)

2014年11月18日火曜日

入院と手術が決まった@ゴリゴリ

今日の診察で明日に入院する事が決まった。
今日は珍しく妻も同行したが、このままでは間もなく死ぬとの事で、今日も医師からすぐに入院をするように促された。
しかし、娘とハグもしないで入院する訳にはいかなので帰宅してきた。
医師は私の心肺能力を懸念しており、体力・時間共に余裕が無いようだ。
入院をして術前検査等を済ませて早々に手術をする事になった。

私は欲しいと思った物は手に入れる。

妥協はしない。
何を欲しててここまで耐えたかは私と神のみぞ知る事だろう。

今更誰とは言わないけれど、私が揺れている時に軌道修正してくれた方々、ありがとうございました。

貴方達が支えてくれたお陰で迷うことなく、自分が望む場所に辿りつけた。
これから怒涛の日々を過ごす事になると思うけれど、私らしいと笑って今後共宜しくお願いします。

>>blog readers
応援クリックありがとうございます。
死ぬ前の担ぎageにはまだ早いぜ('A`)y-~



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/サカナクション - アルクアラウンド 歌詞

2014年9月2日火曜日

黄疸処置@黄疸・入院2日目 - 入院3日目

9/1
体温・朝36.4夜36、血圧・朝115/66夜112/70
6時起床。
身繕いを済ませて看護師の巡回に応じる。
お茶や水等の糖分を含んだ飲料以外を選択するように言われ、再度絶食を伝えられた。
その後、3冊持ってきた内の1冊、伊坂幸太郎著:死神の精度を読みながら、医師の巡回を待った。

伊坂幸太郎氏の殆どの著書に感じる、時間軸を操り伏線を張る事で読み手を引き込む手法はあまり目立たなかったが、他の著書にリンクする伏線はありつつもシンプルで二次元的な短篇集は2時間程で読み終わった。
折角なので、終末のフールも持参すればよかった(;´Д`)
気に入ったフレーズ。
>死ぬことよりも、負けることの方が怖い
>逃げるよりはましだ。本望だよ。

9時頃だろうか、外科医集団と一緒に斎浦先生も来た。
会話内容は伏せるが相変わらずだったw
その後に入れ替わりで内科集団が来て予定等を説明していったが、スローペースのスケジューリングに少しイラっとした。
その後に薬剤師が来て、化学療法内容・薬の服用タイミング・希望する薬の有無等の質疑応答を済ませた。

痒み止めに服用しているアタラックスの作用で一日中眠く、妻や友人からのメール・LINEの着信バイブで寝起きを繰り返した。
11時頃だろうか、師長が訪ねてきて、黄色いわねー、と言いながら私を観察した後に、申し訳ないけど大変な患者さんがいるから個室を開けて頂けないか?、と言われた。
大部屋の窓際(5,000/day)に移動をして、今週中には退院予定の方がいるので差額不要のベッドに移動できるようにします、との事だった。
師長にはいつも我侭を聞いて頂き、融通して頂いているので快諾して、すぐに荷物をまとめていつでも移動できるように準備を済ませた。

準備を済ませてベッドに座るとそのまま眠っていたようだ。
1330頃に看護師に肩を叩いて起こされ、検査及び処置の準備ができたので行きましょうか、と言われ、撮影・処置を行う部屋に移動をした。
検査着に着替えて、検査及び処置をするベッドに座り、喉用の麻酔薬を口に含んだまま点滴用のルート取りを眺めた。
麻酔薬を飲み込むように指示をされて、ベッドに横になりルートから鎮静剤が入っていく様を眺めながら、鼻チューブを出す場合は左側からお願いします、と伝えて返事をして頂いた所迄は覚えているが、いつの間にか落ちたようで、気付くと処置が終わっていた。
あれ?鼻からチューブが出ていない、と思いながら腹部を触るも、穴を開けてドレンチューブが出ている訳でもなく、あーステントか、と思いながらストレッチャーで引越し先のベッドを運ばれた。
看護師にお願いをして、バッグから携帯を出してもらい、妻に終わったよ、と報告しようと思いLINEを開くと、娘が相変わらずの調子で妻が憤慨している内容が送られてきていた。
娘よ、自重しろ、と思った。

看護師にステント留置ですか?、と尋ねると、そうみたいです、他に詳しい事はわかりません、今から3時間は安静にしていてください、トイレに行きたい場合もナースコールを押してください、と言われた。
妻には、簡易的なステントを入れたようだ、と報告をして、少しのやり取りの後に寝落ちしたようだ。
移動開始から部屋に戻るまでの時間は1.5h程だった。

1750頃に内科の医師が来て説明を受けた。
胆道のカーブがきつくて、ドレンではずれる可能性がある為、取り急ぎ黄疸を解消する為にプラスチック製のステントを入れた。
翌日にカンファレンスを行い、今後どうするかを検討します、と言われた。

その後にブログを修正してブログ村の設定をいじっていたと思うのだが、記憶が曖昧過ぎる。
LINEを見ると妻とはやりとりをしていたようだが、私からの返信時間に開きがある。
一日中寝起きを繰り返していたので、麻酔が効いて眠っているのか?、と妻からの問に、私から20時頃、肝不全の心配が無くなり安心したようだ、このまま寝ます、と返信をして終わっていた。

1時頃に足の先から首元まで虫が這いずりまわるような痒みで目が覚めた。
今迄で最高の痒みだったorz
特にマイサム自身というかゴールデンボール周辺の痒みが。。。どうにもできないジレンマwwwwwww溜まっている筈は無いのだが(・∀・)ニヤニヤ
タイミングよく巡回時間が重なってベッドを訪れた看護師に、トイレの付き添いと、薬の服用許可をお願いした。
同室の方達から発せられる、痛い、熱い、眠れない、熱がまた上がった、お腹が張って苦しい等の言葉を聞く度に体のどこかが痒くなり、ヘッドフォンをしてお気に入りの音楽を聞きながら眠った。


9/2
体温・朝35.8夜36.4、血圧・朝104/68夜121/74
6時起床。
黄疸が酷くなるにつれて感じていた、ヘソから指2本分の高さ・背中右側中心部分の奥から押し出すような鈍痛が無くなっていた。
その代わりに、腹部から喉元まで細い異物で押されているような感覚がある。

看護師の朝の巡回に時に話していると、差額無しのベッド移動へある事と、新任の内科医が、がん研で採用していない化学療法をしている私を煙たがっている事を知った。
消化しきれなかったので、統括している責任のある立場の方に意見を伺った。
結果:貴方の主治医は外科医、気にしないでスルーしてください。担当医とよく話し合い事情説明に伺わせます。
#宇宙にたった一つの受精卵からできた命を蔑ろにする軽率な発言は控えろ、と言いたい。

10時に部屋移動をした後に、ビカネイト輸液の投与を開始。
同時に採血結果が出て食事制限解除となった。
結果は上々。
どうよ、この回復力!!

その足でコンビニに行き、ゆかりと手巻寿司を購入してベッドに戻った。
その後に外科医が二人来て問診をされ、昼食が運ばれて来るまで座ったまま眠っていた。
折角買った、ゆかりを使う隙間も無かったΣΣ(゚д゚lll)ズガーン!!
完食!!

昼食後も座ったまま眠り続け、1430分頃に点滴が終わりルートを外してもらい、一時の自由を味わう為に散歩の許可を貰って、ワシントンホテル方向に歩いた。
デイリーに売っているカニ竹輪を味わい、ビッグサイトから歩いてくる人を眺めつつ、太陽の光で体を消毒した。
太陽が暖かくて眩しくてとても心地が良かった。
写っているビル1階の
サイゼのドリアを食べてみたい。
竹輪(゚д゚)ウマー

17:10に主治医が来て、今後の治療方針について話し合いをした。
#主治医とは基本的に定期的なCT撮影と診断結果を伝えられる時以外は関わっていない。
画像上で明らかに大きな異常・異質?は認められないが、極めて大きな問題が起きている事は間違いない。
問題が生じた部位に対して先手を打って治療をしていたと受け止めているが、◯◯さんが、どこまで原因追求をしたいか、どのように解決をしたいかを汲み取ってカンファレンスを行いたい、と言われた。
大まかに述べると2つの課題に分けられるが、この会話には朝の衝突の問題も含まれているものだった。
私はこれに対し、好んでエビデンスの存在しない化学療法を受けている訳ではなく、許可を得た上で治療をして経過観察をして頂いている。
リスクは全て自分で受け止めて消化しているが、今後は内科医とどのように接する事が望ましいのか知りたい。
使う薬は尽く耐性が付いていき、結果は腫瘍マーカーと体調に反映されている。
まずは、どこにどのような問題があるのか、解決するアプローチ策があるのか知りたいが、処置した結果から想像はつくので無理は言わない。
と伝えた。

その後は、夕食までLINEやメール等の返信・ブログ綴り・投稿されたコメントを読んだりして、夕食後に看護師の巡回に応じた。
芋のレモン煮がなかなか美味しかった。
味噌汁がぬるい!!おじいちゃんみたいw
完食!!
今回はよほど美味しそうな物が無い限りはお任せをする。
何でも食べられるか実験中成。

20:30頃に主治医が病室に来て、21:15頃まで別室で話した。
貴方は知識があり、何事も受け止められる方と思うので、今回の黄疸に限った意見を率直に言います、と前置きをされて、貴方のような患者をたくさん見てきたが、再発をして根治を目指す外科的切除適応者は数万人に一人しかおらず、現状ではバイパス程度の姑息的治療しかできない。
無理に外科的切除をしても悪い結果を招く可能性のほうが高い。
新任の内科医と関係性を深めて、今後の治療方針を決めた方が良いと思う、と言われた。
今付き合っている病院での積極的な治療を捨てて、緩和及び姑息的治療に励め、という事ですか?、と質問をすると、そういう訳では無く、内科医と密になるべきだと思う、という何とも的を得ない返事をされた。
他にも色々と話したが、私は今の関係性を望ましく思っている・何故に別の病院でエビデンスの無い化療をしているか、今迄の経緯を含めて建設的な話ができるように内科医と再度カンファレンスを行い、3歳に満たない子供を抱えている事を踏まえて、今後どうするべきか明確に教えてください、お手数をお掛けしますが宜しくお願いします、と言って話が終わった。
日本最古の専門病院の歴史を誇り、ある程度の自由がある病院でこの有り様。
この横の繋がりの無さ、医者独特の縦割り感、簡単に言うとチグハグ感、全てに疑問を感じた時間だった。
異動時期のポジションを守る為であれば、患者に支離滅裂と思われても良いというスタンスなのか?
よくわかんねー(;´Д`)
結果:現状は打つ手無く、化学療法頼みとなった。

先行きは不透明だが不安感は無く、恐怖は常に無知から生じる、を実感している。
振り子の原理で、悪い方向に振れた後には、必ず良い方向にも触れる。
再度、数%入りを果たせばいいだけの話だ。

感謝すべき方は沢山いるけれど事始めに、私が不安にならないように一日中気を掛けてくれる妻へ心から感謝する。
医療従事者のくだらない縦割り社会に振り回され、人間の尊厳を守る基本姿勢すら見受けられず、幾度も暗礁に乗り上げてきたが、私は今回も乗り越える、多分。
私は何事にも屈する事無く、自分が納得する勝利は自分で掴む、気でいる。
泥船に乗った気分でいて欲しい。
約束できる事は、途中で投げだなさい・諦めない・自分に負けない。
今はこれだけしか言えない、以上。

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/LA・LA・LA LOVE SONG - 久保田利伸 with Bank Band LIVE 歌詞

2014年8月28日木曜日

8/23 好き者で語らnight???in品川のレポートetc

大目玉さんのブログで弄って頂いたので、その過程から帰宅する迄の、私目線のレポートを残したいと思う。また、レポートを読む方は折角の日を台無しにされるような感じで気分が良くないかもしれないが、当日の体調の変化も添えて綴る。
私以外は、キノシタさん大目玉さんがレポートを残しているので、左記の名前欄をクリックすると別枠で開いて見る事ができる。

今回、大目玉さんの読者会と銘打って、私のブログでも参加者を募らせて頂いた。
その際に、立場上の理由で、興味心だけで参加する方を排除したかった為、大目玉さんにお願いをして、参加者の病状・年齢・立場、これらを参加者に証明できるようにして頂いた。
18名の方と連絡を取る手間と心労は、相当のものだったと思う。
お疲れっしたwwwwwww

私が東京在住という事で店舗チョイスは私の仕事とした。
皆様が集まりやすい場所・コースの中で一つだけでも美味しいと思い、気兼ねなく食べられるように食事レパートリーも重要事項として店舗を探した。
利用した店舗情報と食事内容は下記。

響(ひびき)コース改 8,000円(税込)-品川和食-
山形牛せいろ蒸しと桜海老炊き込み飯を食す宴
「島根県奥出雲仁多米コシヒカリ」と「佐賀県限玄界灘直送の天然真鯛」で作る鯛飯に変更+魚等をグレードアップして頂き、飲み放題付き・TAX・部屋料金等を込みにして頂いた。
佐賀県唐津市「川島豆腐店」ざる豆腐
佐賀県山領ファーム 夏野菜冷やし鉢
佐賀玄海漁協 刺身三種と生鮪の盛り合わせ
山形県 山形牛リブロースの土鍋蒸し 野菜味噌ダレ
長崎県 伊佐木 塩麹焼き
穴子あおさ揚げ 天草天日塩添え
秋田県 じゅんさい酢
島根県奥出雲 仁多米こしひかり石釜炊き 
  釜揚げしらす 川海苔 香の物 味噌汁
甘味

大目玉さんとのやり取りで座席配列をどうするのか、と気になっていたのだが、ブログに残されていらっしゃるような感じで、大目玉さんと私が適当すぎると思われてはシャクだ、大目玉さんに恥をかかせてはならぬと思い、色々な大人の事情の思惑があるので嫌がるだろうが私が仕切ろう、と思い、大目玉さんから送られてきた座席表のレイアウトを極力崩さないように、座席配列をある程度決めさせて頂いた。
大目玉さん側は大目玉さんのブログ読者と、女性に多い病を抱えられている方。
私側は情報を求められている方と、私のブログでコメントを頂戴して頂いている方。
その中間に、癌患者のマストとなっておられる癌闘病の根底についてアドバイスができるキノシタさんと、多数の情報を持っておられる眞島さん
キャンセル者分を訂正した当日の座席配列
私も色々な用事や状況がありながらも、自分が納得するまで朝方になろうともお構い無しで、シツコク大目玉さんに確認作業をした。
これが大目玉さんの、私は負けた、というブログの背景ですw
ご対応ありがとうございました。
当初、15名を上限に募集を掛けていたが締め切り日前に到達しそうだった為、事前に店舗に連絡をとって20名迄収容できる部屋をお願いしておいた。


8/23当日
私のブログで私目的の方を募集をしたのだが、当日集まった方は、某会2団体の責任者2名、某テレビ局2名、某出版社1名、と純粋に私に興味がある女性3名。
場所は新宿パークハイアットのジランドールを利用した。
こちらは写真と会話内容の掲載を断られたので写真と詳細は残さない。
もう二度と出版及びテレビ出演の関係で、私に近寄る事が無いだろうwwwwwww
以前に関係を持った、私の時間を無駄にしたがんサポートと、体調不良の中、真摯に対応したにも関わらず都合の良いように編集をした朝日テレビ、人の良心につけ込む身勝手さに嫌気がさしているのです。
事前に殺伐とした雰囲気になる事は伝えていましたが、同席して頂いた女性陣、申し訳御座いませんでしたorz
お土産を頂戴しましてありがとうございました。

その後、大目玉さんの読者会に当日キャンセル者が発生したとの連絡を受けて、すぐに店舗へ連絡を入れて無事にキャンセル処理が終わった。

16:30品川のワイアードカフェ大目玉さんと少し早めに待ち合わせをして、久し振りの再開の挨拶と握手を交わし、経過やゴニョゴニョを話した。
ここで私はカルーアミルクを一杯飲んだ。
目の前で一生懸命ノートと睨めっこをしている可愛らしいお嬢さんに、敢えて写真撮影をお願いして一枚撮って頂いた。
女性に声掛けする事は私の得意分野wwwウハwwww
約9ヶ月ぶりの再開
17時頃だろうか、新潟から参加されたすずさんが早めに着いた、との事で私達の居る場所に来て頂いて合流をした。
御挨拶と雑談を済ませ、お父様の経過等を聞きながら、私ならどうする、という事を伝えさせて頂いた。
娘宛へのお土産ありがとうございました。

17:40頃に会場の響へ移動をした。
お姉様が来ている筈だ、と思っていたが、誰よりも早く到着していたのは、私のブログにコメントを度々くれるMKさんだった!!
コメントと同じ口調で、初めてお会いした気がしなかった。
MKさんの、私への接し方が芸能人のような扱いで恐縮したが、それだけ本気でブログを読んで、コメントを頂く通りの受け方をしてくれているのだろうと思い、心から御礼をさせて頂いた。

本に判子を押したり会話をしたりと、忙しそうな大目玉さんの代わりに、受付に行き参加者をお待ちしていたが、それっぽい人達にお声掛けをするも全てアテが外れる失態ぶり(´Д)
個室に戻り、到着される女性達へ座席案内と着席のエスコートをしながらご挨拶と握手をしていると、手に負えない位に人が集まりだした為、無言で大目玉さんに丸投げをしてその場を放棄したwwwwwww
お姉様・かんなさん・まさるさんはお会いした事があったので入り口で待ち続け、再会できた喜びを伝えてご挨拶とエスコートをした。
相変わらずお二方はお綺麗で、前にお会いした時よりも艶が増していた。
まさるさんは前回お会いした時に、何かやばいのでもキメてんのかな?、というような目をしていたが、今回は晴々としていた印象を受け、後に理由がわかった。
そして、私がある意味で本日の目玉として見ていた新潟の中年男さんが、こちらの不手際で入り口で手間取っていたので、店員からかっさらってご挨拶を済ませて案内をした。

集合時間前には殆どの方が集まり、17:50頃に膵臓癌ブロガーのドンことキノシタさんがキタ━()━!
妻からくれぐれも失礼のないようにと念を押されていた事と、宜しくお伝えください、と言われていたので、脇目もふらずご挨拶をして妻からの言付けを済ませると、やっと君に会えたよ、前回のオフ会にも参加したかったが出張が重なって参加できなかった、といったニュアンスのお言葉を頂戴して、力強い握手をして頂いた。
そして妻から、お会いしたらすぐに写真撮影をして送るように、と命令されていたので写真撮影をお願いして、貴方にならひれ伏す、とまで妻が言っております、とお伝えした。
写真は送り忘れて深夜になってしまった。。。。。。。

そして最後にパンキャンジャパンの眞島さんが到着した。
失礼は百も承知で残すが、第一印象はその辺に居そうな上品な男性だったが、後である意味でどんでん返しを喰らった。

皆が集まり談笑が弾む中、大目玉さんの挨拶から皆様の自己紹介に移り、普段は表に出せない言葉や感情で自己を表現する皆様一人一人の紹介が終わる度に、心から拍手を送らせて頂いた。
全て大目玉さんに丸投げしていた筈なのに、私に回ってきた乾杯の音頭取りΣΣ(дlll)ズガーン!!
大目玉さんの出版を祝して乾杯、とさせて頂いたが、キノシタさんから、そこは奇跡の言葉を含めた方が良いだろう、とツッコミをされて、現実主義なので、とご本人に聞こえる程度のトーンで返す相変わらずの私っぷり\(^o^)

皆様とお話をしていると、まさかの痛み止め(イーフェンバッカル)切れが発生した(´Д)
そして、同時に黄疸の症状らしき物が出始め、少しずつムズムズし始めた。
普段は痛み止めを飲んでおらず、長時間移動・長時間同じ姿勢を取る事を想定した時だけ痛み止めを飲むようにしている。
私は通常一人か私をよく知る少人数の者としか行動をしないので、大人数の場所で雰囲気を乱す事を考えると血の気が引くような感じがした。
店舗が用意した箸も痛みと震えで上手く扱う事ができず、鞄からマイ割り箸投入。

新潟の中年男性へ治療内容についてアドバイスをする時にペンを走らせるも、手先が震えてしまうので力が入ってしまいゴシック体のような子供の字を書く有り様だった。
酒断ちをしていたであろうに、悪魔の誘いをしてしまい申し訳ありませんでした。
心から美味しいという言葉を聞け、最高の表情をされていたので結果オーライです。

その後も何のそので食べ続けた。
少量のアルコールで痛みを緩和しつつ、食べられる時に食べたいと思ったものを食べるのだ、の姿勢を崩さず、これ食べられないからどうぞ、と言われると遠慮無く頂戴してモリモリ食べた。
ただ、この時に私に食事を譲り続けてくれた千葉県さんが、この会に参加表明された時の文章を思い出し気になって仕方がなかった。
看護師経験があるとの事で、私が重要視している想像力についての話題が出来て、看護に携わる者の身勝手さというか、向上心の無さというか、何とも表現のしようのない意見を伺える事ができた。
落ち着いてお話が出来る雰囲気ではなく、突っ込んだ話ができなくてとても残念だったので、この場を借りてアドバイスを、と作成中にメールが来たので後日メールで返信をします。
べた褒めメールありがとうございます、折角なのでコメントに入れてくださいwwwwww

皆様と話していると、キノシタさんが私の右隣に来てくれた。
まさるさんが席を離れようとしたが、折角なので座って聞いていて欲しい、と着席を促してキノシタさんとの会話が始まった。
作成されたアプリの事を聞いたり、お仕事の話を聞いたり(私と密な企業も関連)して、ブログの話に移った。
キノシタさんと私のブログは治療以外の話題について、私は結果的にキノシタさんを追っている事、膵臓癌ブログではなく、癌ブログのマストになる為の必要要素等を話した。
キノシタさんと私のブログスタイルを起承転結の言葉で表現すると、キノシタさんのブログは起転結、私は起承転とするとわかりやすいかもしれない。
最後に、妻がキノシタさんに会いたくてたまらないと言っている事、ひれ伏すとまで言っておりますので、チェロのライブ等を催す予定があればお誘いして頂けないか?、と聞くと、蒲田の小料理屋にでも行こう、と言ってくれた。(後日、妻に伝えた所、何を着て行けばいいのだろう!?、と舞い上がっていましたので、折り合いを見て食事をお願い致しますw)
#キノシタさんはブログへのコメントが無くて寂しそうだった。可愛ゆすwwwwwwwアップロードされた内容に関係のある事でしたら、遠慮なく質問や意見のコメントを送ってみてほしい。私もそれを見て勉強したい。この方は本物のツンデレですw

そして、私のブログを一番ストーキングwをしてくれているであろう、まさるさんと少し話す時間ができた。
まさるさんは結果的に膵炎という形で現在も経過観察をされている。
相変わらずコメント欄と同じように私を武神と表現してくれていたが、私の立場から見れば、リスクを長期間に渡り抱えている方こそ私の武神だと思う、前回と比べて目も血色も活き活きとしているように感じるがどうですか?、と投げかけると、前回のOFF会に参加した事で色々と変化した、ある意味吹っ切れた、あれからお酒も飲むようになった、と嬉しい言葉を頂戴した。
前回は漫喫に泊まったそうですが今回は?、と聞くと、今回も漫喫を予定している、と言われたのでご一緒して良いか、と尋ねたが冗談だと思われたようだった。

入れ替わり立ち替わりで色々な病状を抱えた方とお話をしていると、眞島さんが近くに来ている事に気付いた。
質問があるのですが宜しいですか?、とお声掛けをして、私のような治療をしている者が、医師や医師会がグレーとする部分を公表し、もっと沢山の方に選択肢がある事を知ってほしい、と思っている事について意見を伺った。
白黒なんて無い・全てグレーのようなものだ、ゴニョゴニョと意見を頂き私の中で何かが吹っ切れた。
どんでん返しだったw
年間約38,000人(が、死亡する?)中で情報を発信している人が何人いると思う?(0.35%私調べ)、君のような人が増える方が魅力的だ、というようなニュアンスの意見も頂戴した。
眞島さんがパンキャンに携わった経緯を見ると、私のような者が生まれてくるのも自然の摂理という解釈をした。
後に続かせて頂きます。

この頃から黄疸の症状が明らかになり、上半身を始め顔周りが痒くなりだすと同時に、背中の痛みが激痛に変わり姿勢を保っていられず背中を丸め始めた。
箸で料理と掴む事もままならなくなり、焼き魚を頂戴して別皿に移そうとして何度も落とした(´Д)

この辺りで遠方から来られていた方達が退席を始めた。(開始から2.5h程)

千葉県さんと記念撮影をして出口まで見送りをさせて頂いた。

MKさんと記念撮影をして出口まで見送りをさせて頂いた。
と思ったら、優しそうな御主人と一緒に戻って来られた。
御主人も膵臓癌で手術をした方との事だったが、実際に見て話した感じで、大丈夫な部類の人間違いなし、と思ったw
御主人とも握手をしてその場でお見送りとさせて頂いたが、せっかくなら写真をお願いすれば良かったorz

すずさんが新幹線の時間間近で帰るとの事で記念撮影をして頂いた。

同時に、かんなさん・眞島さん・すずさんと記撮影をして頂いた。

すずさんを出口まで見送って席に戻る途中で、自分の状態を計る為に目の写真を撮ると、白目が黄色くなっていた。黄疸で間違いありません、ありがとうございます。
また芯まで届かない痒みに耐えなければならないのか、と思うとうんざりした。
目は口ほどに物を語ると言うので隠蔽工作w
その流れで、眞島さんキノシタさん大目玉さん・私・ぴんぱるさんの5名で記念撮影をした。(ぶれていて掲載できない(;´Д`))
大目玉さんの立ち姿が新宿の二丁目にいそうな人っぽくて気に入った写真を掲載しておくwwwwwww
大目玉さんが指でハートマークを作っている真意は??
眞島さんとキノシタさんから君は偉い、と言われたが、必然なんだ!、と返せなかったw

席に戻り、話しに夢中で食べられなかった料理を掻き込んだ。
目出度い席なので、敢えて鯛飯をチョイスしたのだ。お米が美味しかった。
そして飲み続けて痛みの緩和を促進する。
場の雰囲気はお開きモードで、残った者で記念撮影をした。
左上から、
新潟の中年男さん、ぴんぱるさん、ねこまたぎさん、キノシタさん、まさるさん
私、かんなさん、capeさん、ムクムクさん、さかなさん
眞島さん、お姉様、大目玉さん、りかさん、smoochymaniaさん
違っているようでしたらご指摘をお願いします(;´Д`)

大目玉さんに二次会の場所を探すように頼まれたので、Google先生から朝方まで営業をしている近場のバーを紹介してもらった。
会費は約3,000円位になりそうだけどOKですか?、と聞いて承認して頂き予約を済ませた。
その後、新潟の中年男性さんを出口まで見送る際に、大目玉さんに目配せをして二人で見送った。
ご自分の納得される治療を手中に収められるように、と深々とお辞儀をして見送りをした。
◯◯君はビジネスマンだね、そんなに俺は腰を曲げられない、と言われたが社畜の賜物です\(^o^)
席に戻り、デザートにがっついていると、そろそろ行くよ、と言われた。
この時にはキノシタさん眞島さんはすでにいなかったorz
和食が美味しかった。


二次会に利用した店は下記。
Bar segredo(バー セグレド)
参加者
ねこまたぎさん・smoochymania さん・かんなさん・りかさん・お姉様・大目玉さん・さかなさん・私・まさるさん
店内が暗かった為、写真撮影は断念した。名前の配列は私から見てソファー奥から私の右まで。

店に着くまで皆様を先導して、空になった一升瓶を持ち歩く。
品川駅前を一升瓶を持って女性陣を先導する怪しい男性。
後ろからは、どんだけw、のようなニュアンスの言葉がw
周りから見れば、タチの悪い酔っぱらいに映っただろうが、記念にボトルシップを作ろうと思っていたのです。二次会が終わると一升瓶が無くなっていたけど(TдT)
お店につくとhdさんっぽい、と後ろから声が聞こえた(;´Д`)
店舗に入ると見たことがある風景で、いつだかベロベロに酔い潰された時に年上の女性に連れ込まれたbarだったorz

barでは並んで二席に別れたが、私側に座った方達の飲み物に迷い、面倒だったので大目玉さんがカードで払うはずと思い、遠慮無くシャンパンのボトルをオーダーさせて頂いたw
女性の力強さを感じながら会話をしていると、痛みがMAX+黄疸の症状で倦怠感が酷くなってしまい、まともに座っていられなくなってきた。女性陣を前にして非常に申し訳ないと思ったが、背中が痛くないように体制を崩して、どこぞの社長張りの態度で会話をした。
お気遣いして頂いた方、すみませんでした。このような背景があったのですが、強がりな私は女性の前で痛いとは言わないのです(‘A`)y-~
途中から、私のバックボーンの話をしたり、命に限りがある者として配偶者にどう接するべきか、等のお話というか私が一方的な質問をするに近い形だった。

さかなさんから、ブログに対して第三者からの批判の声等についてどう思うか?、と問われたが、別に気にしない・同じ立場になれば嫌でもわかるだろうから放置している・同じ土俵に立った時に私と勝負をして勝てる訳が無いと思っています、とお答えをしたが、さかなさんの話し方や姿勢にツボってしまった///
私、女性の年齢や外見はあまり気にしないのですが、声と姿勢にめっぽう弱いのですwwwwwww
真っ直ぐに綺麗な姿勢の女性は勿論の事、会話の際に投げかけをする時、猫のように体を柔らかくしならせて話されるとたまりませんwムハーw

終電時間が近付き、その場で立って皆様のお見送りをした。
姉様に、また近いうちに会うから今日は抱擁をしませんね、と言われて萌えたw
皆様、出口までお見送りができず申し訳ありませんでした。

女性陣で最後まで残ったメンバーは、かんなさんとsmoochymaniaさん、男性陣は大目玉さんとまさるさんと私だった。
ここで衝撃の出来事があった。
smoochymaniaさんの本名の読み方が想定外で、自分の学の無さを痛感したorz
手術後に腫瘍マーカーが上昇した並の衝撃だったw
ここから、私が皆様に人生相談というまさかのターン。
私が話下手でバックボーンを上手く伝える事ができず、結果的には納得する答えが出なかった。
これを題材にして、私のブログでオフ会募集を近々してみたいと思った。
女性陣が帰り、大目玉さんとまさるさんと私の3名になり、自分達が何をしたいのかと話したり、まさるさんが我々を武神と表現をするが、私からすると貴方の方が長期に渡りリスクと戦っている先輩だ、と伝えてまさるさんを讃えたり、私と男として感性が似ていて面白いと感じたりと、気付くと時刻は3時近くになってお開きとなった。
当日、着用していたネクタイはまさるさんにお守りとして差し上げた。
ここまでが大目玉さんの、今日も、私は負けた。東京読者会、初日。というブログの背景。


漫画を読みたい事と、まさるさんに聞きたい事があったので、予定通り漫喫で朝までご一緒させて頂く事にした。
タクシーに乗り込み途中で大目玉さんを見送り、まさるさんが利便性の良い大森に移動をして漫喫に入店をした。
入会手続き等を済ませて、フリードリンクのコンポタージュを持って、まさるさんとソファー席のカップルシートにレッツギョー。
古谷実の漫画で読んでいないものをピックアップして、漫画を読みながら小一時間眠って、6冊を40分程で読破するとまさるさんが目を覚ました。
まさるさんに、娘が親離れをするタイミングはいつですか?、等の質問をして回答を頂き、他は特に喋りもせず、何かの御縁で時間を共有できている事を嬉しく思った。
男は無駄口を叩かない事が一番だw。
始発時間が来たのでチェックアウトの手続きを済ませて、店主らしき人に記念撮影をお願いした。その後、大森駅までまさるさんと歩き、力強い握手をして頂いて見送りをした。


その後、小腹が空いた事もあって、大森の信濃炉に久し振りに足を向けた。
病気がわかってから基本的に酒断ちをしていて、約1年半振りに訪れた店だが、おやじさんは私を覚えていてくれた。
たくさん荷物を抱えて結婚式か何かの帰りかい?、肝臓悪い色してるなー、と言われた。
相変わらずレトルト感満載のカツカレーを頼むと、ビタミンCたくさん取れよ、と酒が殆ど入っていないレモンてんこ盛りのレモンハイをご馳走してくれたw
朝まで飲んでいたであろう駄目な大人達の話に耳を傾け、皆様と撮った写真を眺めながらカツカレーを完食した。
チューハイを頂く前に写真を撮ったので、飲み物の写真は無し

帰宅したのは8時近くだった。
独り言第一声は、握手をし過ぎて掌が痛い、だった。
シャワーを浴びて、一眠りした後に妻の親族の葬儀に参列させて頂いた。
精進落としの料理も感謝の意を込めて完食した。
#同日に娘と死について話をした事、8月中旬から妻と死生観について話した事を後ほどブログにまとめたいと思う。
後日談だが、久し振りにお会いした私の病気を知らない妻の親族から、指先は黒い上に肌は黄色いから病院に連れて行った方がいい、と言われたそうだ(;´Д`)


大目玉さん東京オフ会26日分にも参加させて頂き、その際に23日に日付違いでキャンセルとなったアンリさんともお会いする事ができた。
食事を済ませて、二次会にアンナミラーズを利用したが、私とTさんはケーキを食べた。おじさん二人でシュールw
別れ際に力強い握手をしてくださったTさん、不安で一杯になったであろうKさんを始め、大目玉さん、アンリさん、この度は同席させて頂きありがとうございました。
ホテルまで大目玉さんを送り、また会おうね、本当にありがとう、と言われ、握手をして、またお会いしましょう、とお別れをした。
大目玉さんからは、物事を達成する力強さ、何かに挑戦しようという姿勢、おおらかさ等、たくさんのものを見せて頂き学ぶ事ができた。
こちらこそ、本当にありがとうございました。
これにて、232526大目玉さんと約束をしていた事も全てクリアしてやっと一息がついた。

今回のオフ会を終えて。
癌患者の集いは、ある種の品定めで、自分の状況の方がマシだ、と思う為のものでもあり、結局は闘争心・競争心が根底にあり、あまり良いものと感じていなかった。
しかし今回、23日・26日と出席をして、私の価値観が大きく変わった。
辛い気持ちを共有できるのは、癌患者本人達と、その家族達でしかなく、故にそこに場数を踏んだだけの医師や何とかサポート係員などには、到底達する事ができない意見交換の場となる事がわかった。
病状や立場上、あまり表立つ事はできないけれど、今の病状を抱えている私だからこそ募集ができるオフ会等を開催してみたいと思った。
性格上、ディープな内容で参加者を絞ってしまうと思うが、興味があれば是非参加して頂きたいと思う。
普段は無口に近いので、よく喋ったものだ、と自分でも感心したのが最終的な感想だw
引き出しだけは沢山あるぜ('A`)y-~

8月上旬から発生した黄疸について。
情報を求められている方と真剣にお話したいと思っていた事と、妻の親族の葬儀が控えていた事もあり、翌日にお酒が残らないように気をつけていた。
少し前に花火を見に行ってチューハイを飲んでから特に黄疸の気配を感じていたので、自分なりに自制をして酒を楽しんだが、たまには飲みたいと銘打って募集した今回の件で、酒が飲めなくなった事を実感して、また出来なくなった事が一つ増えた。
大目玉さんとの待ち合わせでカルーアミルクを1杯。
読者会では、おちょこ4杯程と、まさるさんが持参してくれた、朝日酒醸の洗心をコップ1杯位。
二次会では、シャンパン1杯とカルーアミルク2杯を飲んで、後はひたすら水を飲み続けて代謝を考えた。
私の治療への取り組み姿勢や、バックボーン・性格を良く知らない方は、自分と家族の為に酒量も自制できないのか、と思うだろうが、現状の限界値の判断や不具合箇所の早期発見の為の意味合いも含めて自分の状態を計っている。
社会に携わっている男には相手に合わせて酒を嗜め無いと触れる事ができない領域というものもある。
自分を分の悪い場所に置いて問題を解決してきたからこそ、医療従事者には考えつかないような回復をしてきたのだ。
周りから見ればくだらないかもしれないけれど、これが私の美学だ。
このような事を述べているものの、メールで
息子のように心配して頂いた皆様方、本当にありがとうございます。
これで私が酒を飲む姿も見納めとなる事だろう。しかし、カルーアミルクはジュース扱い也。
黄疸の理由は酒・取り置きされていた食材の細菌・ステントを促されていた胆道の詰まり、出ては消えてを繰り返す肝臓の影等、様々な理由が考えられる。
8月に入り、アヘンチンキを服用しなくても良い状態になったのだが、それまで抱えていた胆汁のアンバランス感は解決できておらず、手術後からこの部分は殆ど改善されなかった。
上記のアヘンチンキが不要になった事で、今迄は下痢で強制的に排泄されていた胆汁が体内に留まり、飲食に反応をして黄疸反応が出たり治まったりの日々が続いた。
肌色と症状から閉塞性黄疸と急性肝炎を疑ったが、閉塞性黄疸の症状が持続している。
あと4日、幾ら掻いても芯まで届かない痒みと倦怠感と頭がはっきりしない状況が続くようであれば、入院をして処置したいと思う。
これがクリアできないようであれば、今後の積極的な治療を断念せねばならない。
閉塞性の黄疸であれば、そう遠くないと思っていた最期も現実視せねばならない。
そうでないとしても、化学療法の予定日までに間に合うといいのだが。。


最後に。
私は手術後から、自分の本当にやりたい事をやる、と決めた。
というより、今回の一連で、やっていいんだという事にとうとう気付いてしまった。
ごめんなさい、誰にも私を止められませんwwwwwww
達成できるかわからないけれども、声を上げる事で誰かが意思を引き継いでくれるかもしれない。
皆様にクリックをお願いしている、おとなチャレンジプロジェクト、と題した、知る権利を誇示できる、何かしらの団体をこの世に登場させる事(できれば既存の団体に任せて私は資金集めや、ポジションゲットで終えたい)、私以外にも表面化していない情報を持っている方に声出しをして頂き、生きる為の知る権利をアピールしたいと思う。
8月25日に国立がん研究センターが、がん診療連携拠点病院等院内がん登録全国集計を出したが、私達ブロガーが残すような本当に知りたい軌跡を辿る術は無く、化学療法に対する信頼できるエビデンスや、稀な奏功例を示すだけで明確な対照性データが掲示されていない。
何故、もっと情報を細分化して、患者自身に選択肢を与えないのだろうか。
いずれは開示されていくだろうが、今でしょ、の精神で取り組んで頂けるように動きたいものだ。

その前に、厳しい状況の中でも誰かを助けようと動いている、パンキャンjapan眞島さんを称える行動及び恩返し(恩売り?)から始めたいと思う。
第一弾として、寄付金受付ページのコメントにマーキングコメントを入れて、妻に生活費用に持たせているクレジットカードの今月ゲットしたポイント分(1,300円+1,700円)を寄付した。
他にもブログ伝で寄付者がいるようなら、私のカードのポイントゲット分を寄付してみたいと思う。
少なすぎるって?
リターンがあってこそ投資金額も増えるってものです(´д`)

追い金分






    


私のブログフリークの方で、クレジットカードのポイント分などを寄付しても良い、と思われる方がいらっしゃいましたら、眞島さんを称えるテロ募金をお願いします。 
パンキャンジャパン@寄付についてのページ。
#寄付者に対して税制上の優遇措置がある、認定NPO法人を目指しているようなので、一人辺りの年間寄付額は3,000円以上が望ましそうです。

癌患者であっても、欺瞞に満ちた社会を修正して、正しい道標を作る事ができるはずだ。
病気になると自分に目線が行きがちだが、私は日本国家を構成する一員として、社会貢献をする事で、自分の生のエピローグに花を添えたい。
やりたい事ばかりで達成できるのかわからないけれど、私は思いを達成して形にできるまで挑戦し続けるのみだ。
まー駄目なら駄目で今の時代であれば、きっと波紋のように共鳴して広がるさ('A`)y-~

#
今回のオフ会は、私がブログを始めたからこその皆様との出会いだったと思っております。 
お会いできた皆様から、新しい視点・感情・疑問を吸収できた事を心から感謝致します。
また、娘と私(妻も含め)への多数のお土産を頂戴致しまして、誠にありがとうございました。
皆様にお渡したお守りは、妻と結婚式を挙げる前から参り続けている、赤坂の日枝神社まさる守というものです。
知力、治癒力・運等、何事にも勝るように、との思いで選択して、娘とお祈りをして参りました。
皆様の御健闘と御健勝を心からお祈り致します。
この度はありがとうございました。

賽銭箱左の方に御守が入った袋がある。
娘の祈祷料をいつか徴収に伺いますwwwwwww
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#参加者で、写真削除希望者・集合写真を希望する方は、氏名をご連絡頂ければ対応致します。
その際は右袖のメールフォームから、メールアドレスを添えてご連絡ください。