2013年1月30日水曜日

9回目(最後)のFOLFIRINOX / 投与中止決定

心身共に優れない状態で病院に向かった。
前回の経過と体調についての質疑応答があり、投薬をどうするか?と尋ねられた。
オキサリプラチンの投薬量を少なくして、デカドロンも使い慎重に様子を見ながらの投薬になった。
前回と同様でオキサリプラチンに変わった途端にアレルギー症状が出た。
点滴のボトルが半分ほどになった所に医師がきたので、状態を説明して投薬を中止した。
医師が何度も様子を尋ねてくれたおかげで、安心して確認作業を終える事ができた。
腫瘍マーカーは相変わらず下がり続けていたので、CA19-9は次回の投与時には基準値に入るだろう。
今回はアバスチンを追加しなかった。

今回もオキサリプラチンを殆ど投与していないので継続した副作用が少ない。
痛み
抗癌剤理由による痛みや不快感は無し。
投与日以外は酷い倦怠感は無し。
末梢神経障害
指先の自由があまり効かなくなっていたが、オキサリプラチンの投与が少なくなりだしてから徐々に回復を始めている。娘ちゃんの爪を切る程度の作業は難なくできる。
吐き気
吐き気は殆ど無く、日常生活に支障は無い。
便秘・下痢・排尿
水分の摂取量が多いせいか緩めの便が出る。
排尿は問題なし。
頭痛・脱毛
頭痛・脱毛は無し。
精神障害?
特に無し。
立ちくらみ=骨髄抑制
抗癌剤投与日と骨髄抑制のボトムが同じようで、フラつく状態が続いている。
以前に比べると症状は緩やかで倒れる事は無かった。
FOLFIRINOXまとめ
オキサリプラチンに慣れてから(3回目の投与位)の抗癌剤の副作用は、軟便・下痢・立ち眩み・骨髄抑制による体調変化・吐き気・指先の自由が効きにくくなるが主たるものだった。
見た目の変化は、脱毛は気にするほどのものではなく、指先や足等の先端が黒くなり、この時期は色白になるはずだが調子が悪そうさ茶色になった。
水分と鉄分を多目に摂るように気をつけるだけで通常の生活ができた。
気をつけた事は指先を定期的に動かす事だった。
体が慣れるまではきつかったが、この抗癌剤によるメリットは計り知れない。
これでFOLFIRINOXの記録は終わり。

3-4月辺りで抗癌剤の切り替えが必要になるのではと思っていたが、予想より早く残念な結果になってしまった。
腫瘍マーカーの下がり具合も予想に反して早かったのがせめてもの幸いだ。狙っていた数値まで落ち込んだので、次の抗癌剤で思惑通りに事が運ぶ事を願う。
大事な事にチャレンジする時は何時もギリギリのチキンレースだ(;´д`)
少し興奮する//

2013.2.4/AM03:45記

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2013年1月18日金曜日

8回目のFOLFIRINOX / アレルギー反応 + 投与中断 オワタorz

2012.01.16(水)
新年一発目の治療なので万全の体調で挑んだ。
カンファレンスの結果と放射線についての意見を報告すると、大病院ならではの意見だ、というニュアンスで苦笑いをされ、取り敢えず3月末まで治療を続けてCTを撮ってみよう、と診察が終わった。
血液検査の結果はSpan-1も基準値内に収まった。
今回はアバスチンを追加した。

点滴がたくさん
これを3時間程で終わらせる

オキサリプラチンの投与に切り替わった途端に、くしゃみが10回程連続して出て、口の中にハリネズミを突っ込まれたような猛烈な痛みが走り、それが内臓中に広がりだした。
呼吸が苦しくなって茹でダコのように顔が真っ赤になっていると、くしゃみを続ける私の様子を見に来た看護師が慌てて医師を呼びに走った。
他の看護師に大丈夫ですか!?と尋ねられたが、大丈夫ではなさそうです、と答えると血圧を計られ、上が158か178?で呼吸は更に苦しくなり軽い痙攣が始まった。
ここから記憶がはっきりしていないが、医師が中和剤を点滴に注入して点滴のスピードを上げたようだった。
体中が猛烈にかゆくなり、血管が波打っているのが見えたが、この時点で目の前が赤黒くなりはっきり見えなくなっていた。
もうだめぽ、と横になると点滴の針が抜けかけて皮膚の中で漏れてしまい看護師に迷惑をかけてしまった。
10分程すると呼吸が落ち着きだし、別の点滴で30分程流して1時間半程休むと帰れそうな気がしたので病院を後にした。


点滴終了直前
発疹が治まり出した頃の写真

今回はオキサリプラチンを殆ど投与していないので継続した副作用が少ない。
今迄の副作用の主犯格がオキサリプラチンだとわかった。
痛み
アレルギー反応で内臓が痙攣したせいか、年明けからの体調不良のせいか、内臓が疼いている。
食後の十二指腸辺りの圧迫感が酷く、適量を超えるとしゃっくりが出て、内臓が揺さぶられて痛い。
他は特に痛まないが、倦怠感が酷くて気怠い日が続く。
末梢神経障害
指先が震える症状と第一関節が動きにくい症状に悩まされる。
指先をこすり合わせて小さな抵抗をしているが、キーボードのタイプがうまくいかなくなってきた。ミスが多い。
吐き気
病院を後にして車に乗り、酷い目にあったぜ、と煙草に火を着けて一服吸い込んだ次の瞬間にダッシュボードに向かって大量に吐いた。
その後も15M程車を走らせては停めて吐くを10回程繰り返した。
翌日も吐き気はあったがいつもより軽度だった。
便秘・下痢・排尿
抗癌剤の投与日から下痢になった。
翌朝から落ち着いているが、水分の摂取に気を使わないと便秘になりそうだ。
投与翌日の朝一の排尿は赤黒く、その後は濃い黄色になり落ち着いていった。
頭痛・脱毛
今迄に経験した事のない頭痛に襲われた。
3日目には回復したが辛かった。
娘ちゃんが我儘で泣いている声が頭にこだましてイライラした。
脱毛は無し。
精神障害?
特に無し。
立ちくらみ=骨髄抑制
立ち眩みの頻度は減り、度合いも軽くなった。
今回の抗癌剤投与と骨髄抑制のボトムのタイミングが同じようで、投与から3日目の今日も朝からフラフラしている。

自分が使う薬剤の副作用や使えなくなる経緯は一通り調べていたので、耐性化の順序等は見当がついていたが、オキサリプラチンのアレルギー反応がこんなに早く出るとは思わなかった。
オキサリプラチンは微量の投与でもいずれアレルギー反応が出て使えなくなる、との記述をどこかで見かけた記憶があったが、まさかのタイミング(;´д`)
今後の方針をどうするか話さないで帰ってきたが、これでFOLFIRINOXは使えなくなったと判断していいだろう。
残された武器はアブラキサンと、頼りない放射線だけだ。
使える抗癌剤が少なすぎる。。。
当日は悲しくて寝ている娘ちゃんをギュッと抱きしめて甘えてしまった。

はー。
波瀾万丈だ。
うまくいかねえなぁorz

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2013年1月16日水曜日

痛み、食事、睡眠について(01月上旬) + バックボーン

食事
食事制限を始めた。
水分の多い食べ物を選び、消化器への負担を考えた食事になった。
甘いものは殆ど食べなくなった。
年末年始に調子にのって飲み食いをして撃沈したが、食事制限をすると急激に体調が戻った。
牛肉は力を得られる反面で消化にかなり負担がかかり、悲しいけどお別れをする事に決めた。牛さんバイバイ。。
摂取量は腹8分を維持している。

水分
摂取量は約1.5L/1dayを維持している。
肉などの消化に負担がかかる物を採っていた為か水分が足りないようだ。
2L/dayを目標にする。

体重
体重は更に2kg増えた。
どこから見ても健康体っ/////
体調を整える準備が完了したので、これから3月迄-4kg/1month設定で更に体調を整える。

排泄
毎日排泄はあったが、水分が足りないせいか気持よく排泄ができなかった。
年明けから7日まで便の量が少なく、腸に溜まって気持ちが悪い日々を送った。
ゼローダの服用が終わった8日から快便だが、消化不良気味の白い便が続く。
排尿は健康時と変わらない。

睡眠
睡眠は5-6時間程になった。
一日5時間程の睡眠で問題なく過ごせているが、6時間は睡眠時間をとりたい。
8時間程寝ると体の回復が大きいように感じる。
私と娘の風邪が治まったので一緒に寝だした。
寝相が悪い彼女に蹴られたり叩かれたりして、夜中に目覚めるがすぐに寝付ける。
彼女を押し潰さないように隅で横向きになり寝ているせいか、肩こりが酷くアバラが痛い。

痛みと不快感と薬

他は新しい問題点に記述する。
薬は5FU関連・吐き気止め以外は服用しなかった。

新しい問題点

12月29日からお祭りモードに入り、気兼ねせずに飲み食いをした結果、1月3日から食後に膵臓がパンパンに膨れ上がるような状態になった。
体の中がゴムになったような感じで圧迫感に襲われ、何をするにも背中が痛くて、上半身がだるい日が続いた。
咳き込む度に、風船の中に入れたトゲ付きの鉄球が振動で暴れて何かにあたるような感触があり、頭痛や痺れが発作的に出て悩まされた。
最も酷い状態の時は、肩こりと背中の張りに一日中悩まされ、食後に激痛が走ったり、咳き込むと膵臓辺りが弾けそうな感覚になった。
1月2日に吐血した。
軽く咳き込むと膵臓と肝臓・十二指腸付近に痛みが走り、その後に大きく咳き込むと手の平からこぼれ落ちない量の血が出てきた(´・ω・`)
ドラマチックwwwwwww
1月3日も少し吐血したが、その後は咳き込んでも吐血しなくなった。
吐血はどうでもいい。
内臓のリミットがこんなに近い事にがっかりしたorz
持ち前の適当なノリで乗り切った。
副作用が少しずつだが緩やかになってきている事と、便秘気味になったりと、抗癌剤に耐性がついてきているようだ。
腫瘍マーカーの推移率も低下してきた。
良い方向に考えれば私の細胞は順応しようと動いているようなので優秀と言えるのだろうが、今はその免疫機能を抑えていてほしい。。
断定ができないので、これから1か月後迄の3回行うマーカー値を注視する。

前回の問題点
前回の問題点が悪化したようだが、原因はわかりやすいものなので、1月4日から食事制限を始めた。
消化に負担のならない物、食事量を若干減らす事で回復を始め、炎症が治まったのか?1月10日には元に近い状態に戻った。

娘ちゃん
意地でも立って歩く方針をとっているようで、ハイハイをする事が無くなり、たまにキャッキャと言いながら小走りで追いかける様はチャッキーのようで少し怖い。。
手を使って「いないいないばあ」ができるようになった!!可愛すぎる/////////
椅子の下、棚、玩具箱、箱の中、と色々な所を覗きこんで、考えているような素振りを見せるようになった。
今の彼女にしか感じる事ができない気付きや感動があるようで見ていて面白い。
携帯電話に憧れがあるのか、色々な物を耳にあて電話をしている素振りをする。
娘ちゃんも一緒に遊べるボタン配置の携帯に機種変更をしたが、猫のイヤホンジャックカバーへの喰い付きが凄かった。
携帯電話で遊ぶアプリも、ガラガラ等の単純な物から、キャラクターが踊ったり歌ったりする物に変わってきた。
今までアプリで遊ぶ時は私から少し離れて距離をとって眺めたり、私から取り上げて一人で見ていたが、最近は私の上に座ったり、横になっていると自分も横になって一緒に見る事が多くなった。
歌に合わせて手を叩いたり、踊ったりする姿に萌え死にそう。

猫にはすぐに飽きたようだ

1月13日に上野動物園に行ってきたが、人が多くてベストポジションで動物を見る事ができなかった。
パンダと象とトラとライオンは見れたかな?
想像していたより反応が無かったので、今度は水族館に連れて行ってみようと思った。



パンダはやる気がなかった

私の回復と成長のスピードは、彼女の成長のスピードにぶっちぎられた。
この辺で彼女に依存するのも終わりのようだ。
彼女の姿勢は忘れていた感情を思い出させてくれた。
私も彼女と同じように、生きていく術は誰にも頼らずに自分で得ようと思った。

色々な事を経験して余裕たっぷりの女帝
態度がLL、誰譲りなんだorz

玩具箱に私の腹巻・レッグウォーマー・スリッパ等をしまい込む事が度々あるが、彼女にっとって玩具箱はどんな存在なのだろう。
何でも自分の思うように好きにやり、ゆっくりでいいからのびのびと成長して、人に優しい素敵な女性に育ってほしい。
頑張れ娘ちゃん!!

/大切をきずくもの - CHARA


あとがき
andoroido4.0になり便利になったので、今年から思い出になりそうな行動の写真を残していく。

年末は先輩の実家で、鰤を頂きながら紅白を見て年越しをして、そのまま神社に初詣をしてきた。
会話の中で先輩のお母さんの口から何気なくでた、命あればこそぞ、という言葉が耳に残った。

甘酒と豚汁が美味しかった(^ρ^)

1月14日は新年会の予定だったが、雪の為にキャンセルになった。
娘ちゃんは初雪なのでスノーボード用に履いたスタッドレスと4WDを活かしてブイブイ走って海の景色を見せに行こうと思っていると、上司からレスキュー依頼があり昼過ぎから外出した。
社員が雪で立ち往生していたので、休みの先輩も呼び出してレスキューに向かったが、到着目前に自力で脱出したと連絡があり、途中でスタッドしている車を押したりと、渋滞を避けながら奉仕ドライブをしただけになった。
夜は誕生日祝い?で上司にお寿司をごちそうになり、先輩にもお祝いをしてもらい、たくさん飲んで食べて幸せだった。
ありがとうございました!!
最後かもしれないのに地味な誕生日だw

1月14日 初めての雪
東京でこんなに積もったのは初めて見た

1月7日から出勤を再開した。
自分の体調に合わせた勤務時間にして、抗癌剤の投与から数日と、診察日以外はできるだけ出勤する事にした。
フルタイムで毎日出勤できないのなら、居てもいなくても同等で申し訳なく思うが、自分にできる事をこなして、他の人達とは違う目線で価値のある目標を設定してクリアしていこうと思う。
鈍った感覚の取り戻し、新たな問題点の打開策の模索等、仕事がたくさんあって面白い。
娘ちゃんと離れ離れになるのは少し寂しいが、家に篭っているより気分が良い。
しかし、電話口で彼女の泣き声が聞こえると、居ても立ってもいられない気持ちになってソワソワしてしまう。どうしよう。。。
割り切って自分がやるべき事をこなさないと。。。

自分で招いた災だが、普通の体ではない事を再認識した。
少しはマシになっていると思っていたのにつД`)・゚・。・゚゚・*:.。..。.:*・゚
会話や文章ではポジティブで、少し頭が弱いから気にしていないのかなと思われそうだが、吐血や内臓の限界値が低かったり、懸念される抗癌剤の耐性化等で、内面はかなり複雑で今後の身の振り方をどうするか何時も考えている。
このままだと自分がイナイイナイしてしまいそうだ。
先日32歳を迎えたが、33歳がバーをしてくれるように、気持ちを引き締めて3月末迄ストイックな日々を送りたいと思う。

ギリギリのラインで責めるのも責められるのも興奮するから大好きだ。
頑張ろう。

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2013年1月13日日曜日

診察 カンファレンス結果 / 腫瘍マーカー先月比65%減 + 寄道

2012.01/11

早めに起床したが寝起きから気怠く、午前中の予定は全てキャンセルして、予約より早めに病院に向かった。

受付をして採血をしていると予約時間より早く外科医からの呼び出しが鳴った。
空き時間に差し込んでくれる気遣いは有難かったが、採血中なので行けないと看護師が伝えると、予約より40分遅れの診察になった(;´д`)
互いに久しぶりと挨拶を交わしてCTを見ながら外科医ならではのポイントを抑えた説明を受けた。
キーポイントは9月のCTと比べて殆ど変化が無く、手術をする事は現時点でも厳しい事に変わりはない。
画像だけで完璧な判断ができない事から、手術の可否を問われると手術ができない訳ではないが、開腹する事が無駄になる確立が高いので、抗癌剤が効いているようなので継続して経過を見たい。
あと少しだけ腫瘍がずれてくれると手術ができるのだが、画像だけでは判断がつきにくいのが正直な意見と言いながら別のCTを表示して、本音を言うと画像に写っている全ての影が悪性の腫瘍かも開腹しないとわからないが、血管の上に点状に散らばった物を見ると厳しい状態と言える。
放射線については、放射線を当てるチャンスは1度しかなく、腫瘍の場所が場所だけに手術をする事になれば、もろくなった血管を理由に余計に難しくなる可能性が高まるので、外科医の意見だが使える手がある内は避けたい、と返答された。
腫瘍マーカーが基準値内に入るように、4月まで抗癌剤を使って積極的な治療をしていくので、4月頃にまた診察をお願いします、と伝えると、またお会いできる事を願っています、と言われて診察が終わった。

内科の予約まで2時間程空いていたので、院内のコンビニで値段の割に美味しい握り寿司を買って人の少ない中庭で食べた。
この日も鳩に遠目で狙われながらの食事となったが、気怠さを感じとってくれたのか近寄ってこなかった。


このピアニストのタッチが大好きだ
演奏を聞くのは3回目

14時からロビーで始まった演奏を聞いていると内科医の呼び出しが鳴った。
外科医から説明された事を内科医の意見を交えて再度伝えられた。
腫瘍マーカーのチャートと血液検査の結果がデスクに置いてあり、たくさんの患者さんを診てきたが、こんなにマーカー値が下がる人は初めてだ、と言われた。
血液検査の結果は健康体と殆ど変わらない状態になったが、正月明けから体に起こった不調を伝えると、予想されるのは膵炎だが血液検査の結果を見ると今は問題が無さそうなので経過を見ましょう、と言われ、翌月の診察を予約して診察が終わった。

帰りに会社に寄って結果を報告した。
今回の結果はポジティブなものとして受け入れたので、見通しは暗くないニュアンスで結果を伝えた。
新年会を焼肉屋で行う事になったようで、行っても食べられない!と先輩と話していると、上司から新年会の前に上司のお気に入りの店に行こうと誘って頂いた。
当日は店をチョイスした子をチクチクいじめてやろうと思う。
気怠さが残っていたので報告だけして帰宅した。

素人目でも見えた結果だったので気持ちが落ち込むような事は無かったが、医師からの私への気遣いの言葉を痛々しく感じてしまった。他の患者さんならへこむような事なのかな、と思いながら励ましのような言葉を聞いた。
多少は目の前が開ける意見を聞けたので、まずまずの結果として受け止める事にした。
何より気になったのは外科医の、あと少し、あとちょっと、という言葉だった。
それは私が女の子に使う十八番の言葉だYO
この言葉を使う時の結果はろくでもない事が多いが、目標に対して自分ができる事をするのが私の今の仕事なので、取り敢えずは3月末までに腫瘍マーカーを基準値内に持って行く事に専念しようと改めて決意した。
新年会の日は私の32歳の誕生日だ。
通年は気にも掛からない日だったが、年取る事を噛み締めるのは初めての経験だ。
祝杯をあげよう。

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2012年12月31日月曜日

痛み、食事、睡眠について(12月下旬) / 御挨拶

食事
ストレス??季節的なもの??
とにかくモリモリ食べた。
揚げ物、肉、寿司、お菓子と高カロリーの物をたくさん食べた。
何を食べてもどこも痛まない。
白米とおかずだけで何とかなるようなので、12月27日から糖分の摂取制限を始めた。
年明けから3月迄は厳重な食事制限をしていく。
摂取量は腹8分を維持している。

水分
摂取量は約1.5L/1dayと少なくなった。
あまり飲み過ぎると下痢になるので、心が勝手に調整をしているようだ。

体重
体重は3kg程増えた。
CTを見ても脂肪が増えた///////

排泄
便秘は無いが、水分の摂取量減少と比例する便になった。
毎日排泄がある。
排尿は抗癌剤投与翌日以外は健康時と変わらない。

睡眠
睡眠は8時間程になった。
寝起きは改善された。
たいして疲れもしていないはずなのに、疲労感がとれにくいように感じる。
消化に負担がかかると疲れるようだ。

痛みと不快感と薬

抗癌剤投与日と翌日以外は強い痛みはなかった。
他は新しい問題点に記述する。
薬は5FU関連・吐き気止め以外は服用しなかった。

新しい問題点

抗癌剤の耐性化が懸念される。
咳き込んだり鼻を啜ると、膵臓付近に痛みが走る。
独特のみぞおち辺りの不快感がたまに出る。
対策は抗癌剤の投薬量を増やすか、別の抗癌剤への切り替え?
増やした体重を有効活用して+αの対処をしていきたい。

前回の問題点
十二指腸付近の違和感は解消された。
スノーボードに行く前日に食べた焼肉で調子を崩したのを引き摺っていたのかもしれない。
塩気の多い物を食べると十二指腸辺りがしみる事があったが翌朝には改善された。
CRP値と比例する結果となった。
経過を観察する。

娘ちゃん
音の鳴る玩具をたくさん持っているが、どこを押したら何の音楽がなるか覚えたようで、玩具箱で音楽を鳴らして踊ったり手を叩いたりして、音が鳴り止むとまたボタンを押しに戻る姿はDJのようだ。
今迄はアンドロイドのプレイストアでDLしたガラガラ等のアプリを起動して、彼女に渡していれば勝手に飽きるまで遊んで、飽きると放りっぱなしてどこかに行っていたが、最近は一緒に遊ぼう、というニュアンスですぐに手元に返してくる。
練乳チューブ等のキャラクター付きの遊べそうな物は何でも私に渡してくるが、彼女の望む行動を選択しないと、癇癪を起こして叩いたり泣いたり忙しない上にしつこい。ネタがないんだ、これ以上どうしろと言うのだ。。
バイバイと手を振ったり、指を使ったサインが沢山できるようになってきた。
重要な作業や急ぐ時の1割だけハイハイをして9割方は歩くようになった。
転びそうになっても、しゃがみ込んでグッと堪えて立ち上がり、自信を持って歩く姿を見て、自分が恥ずかしくて情けなく思った。
格好良すぎるぜ娘ちゃん!!
私は危険だったり意味がないからと言って、彼女が興味を持った物を取り上げる事をしていない。
彼女にとっては三色ボールペン1本でも新しい出会いだ。
彼女の可能性を限りなく広げてあげたい。
気持ち悪かったり、体調が良くなくて座り込んでいると、満面の笑顔で下から覗き込んでくれる事が度々あった。
動物園や遊園地のようにワクワクさせてくれ、シナモンのように甘辛く、ソルのように暖かく明るい彼女の存在に感謝する。
/dunkelbunt - Raindrops & Elephants (Full Album)


あとがき
体調を整えて健康時に近い状態で、一区切りになるこの日を迎える事ができた。
膵臓癌と余命を伝えられてから、医師の消極的な姿勢、緩和ケアの案内、貰った当日に破り捨てた妙な冊子、自分の弱さ、何もかもに腹が立った。
何とかしてやると意気込んで、少し寄道はしたものの、早々に標準治療から落ちこぼれた割りには良い舵取りができたと思う。
たくさんの方に迷惑をかけながらも、食事と寝起きが当たり前にできて、期待通りではないが娘と遊んでやる事もでき、来年からは社会復帰しようと思える状態まで立ち直る事ができた。
手術に持ち込む為に治療をするナンセンスな事に励む馬鹿らしい日々は終わりを見せてくれない上に、この半年の途中結果は厳しいもので、このままだと残された時間は決して多くはないはずだ。
新しい事に挑戦をして上手くいかない事は今まで何度も経験をしてきた。
それでも諦めずに挑戦し続けて、大きくない目標だが達成し続けてきた過去に恥じない行動をしていきたい。
怯む事無く、前へ進み続け、望む結果を手に入れてやる。
頑張るぞヽ(´ー`)ノ

御挨拶
月なみの挨拶になりますが、献身的に支えてくれる家族、回復すると信じて待ってくれている仕事仲間、心配して生存確認をしてくれる友人、ブログを見てくださる方々の反応、僕に関わる全ての方々に心からお礼を伝えたい。
特に、今迄を肯定してくれたI夫妻の心遣い、生きるチャンスを与えてくれた義母の手助け、信じ続けてくれる妻の思いは、僕の大きな活力となり助けられました。
ありがとうございました。

十分に休ませて頂き、自分が出来る限りの治療を行う事により、体力を取り戻して先がある程度読めました。
年明けから社会復帰をして、恩返しの意味を含めて、次世代へのみちしるべを作っていきたいと思います。

国内の膵臓癌を抱えるブロガーは網羅しており、皆様の経過を日々追わせて頂いています。
沈む淵あれば浮かぶ瀬もあり、と言います。
厳しい局面に立たされている方々を始め、同じように不安を抱える皆様が、一時でも安らぐ瞬間を得られる事を切に願います。

幾度となく励まされたHONDAのCMで今年を締め括りたいと思います。
皆様、良いお年を。



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2012年12月28日金曜日

7回目のFOLFIRINOX / 医師(意気)消沈?

診察室に入るなりCTの結果を尋ねられ、コメントと画像のプリントとデータの入ったディスクを渡して、2名の医師と話した内容と自分の意見を伝えた。
あまり余計な事を言わない医師なので顔をよく見ながら話していると、参ったなという心象が見て取れる表情を浮かべた。。
膵臓と腫瘍の影が思ったより綺麗な形をしている事と、壊死している可能性が無いともいえない事から、腹腔鏡で見てみたいね、と言われる。
オペや放射線について何か言われたか?と尋ねられ、年明けに外科のカンファレンス結果を聞きに行くので、その特に放射線治療について意見を伺おうと思っている事を伝えた。
取り敢えず今日はFOLFIRINOXをやりましょう、と言われて診察が終わった。
部屋を出る際に、体の調子が良い状態で正月を迎えられる事に礼を述べると、何を言ってる?次の正月も迎えてもらいますよ、と言われ、ポジティブな発言が嬉しかった。
年末最後の営業日?だけあって患者でごった返していた。
個室で投与を受けて1/3は寝ていた。

痛み
投与日の夜から翌朝まで膵臓と肝臓の背中側に激痛が続いた。
特に帰宅してからの痛みが酷くて、どこまで痛みに耐えられるかチャレンジしていると、知らぬ間に産卵時のウミガメのように涙が出ていた。
久しぶりに堪えたorz
痛み止めは飲まないで乗り切った。
末梢神経障害
指先の震えは少なくなってきたが、硬直するような状態が続く。
油切れのロボットみたいだ。
書物をする時に意識しないとペン先が震える。
吐き気
抗癌剤の投与が終わって車に戻る間に2回吐いた。
いつもより吐き気が強く、3日目の今日も吐き気で気分が優れない。
便秘・下痢・排尿
抗癌剤の投与日から下痢になるが、腹痛で苦しむ程ではない。
投与翌日の朝一の排尿は真っ赤だった。
2回目の排尿は赤黒く、3回目の排尿は濃い黄色になり、
3日目から少し濃い程度の尿になった。
初日の真っ赤な尿を見て、小さい事を気にするのは野暮と思い見なかった事にした。
頭痛・脱毛
脱毛と頭痛は無し
精神障害?
特に無し。
立ちくらみ=骨髄抑制
今回は酷い立ち眩みはなく、へたり込む事はあっても復帰が早い。
以前より倒れる回数は減った。
鉄分ウェハースのお陰??

今回の一連の結果は、改めて厳しい現実を突きつけられるものだった。
腫瘍が壊死している可能性があるという意見は、CTを読んでも線維化及び石灰化した部分が見当たらない上に、壊死している割には綺麗すぎる濃い色を見せている事から期待は抱かない事にする。
早々に使えなくなったGEM、効果の薄かったTS-1、期待していたFOLFIRINOXの途中結果、加えて大きな希望として見ていた腫瘍マーカーの鈍くなりだした推移から、来年は更にシビアな舵取りが必要になりそうだ。
確信は得られていないが、最近の体調の変化を見ていると、以前の状態に戻りたがりそうな動向を感じている。前回と今回の抗癌剤投与まで少し日が開いたのだが、以前に感じた事のある痛みや違和感に襲われた。これは抗癌剤VS腫瘍がイーブンになってきたと判断してもいいのかもしれない。
若いと進行が早い=耐性がつくのも早く、癌細胞の進化も早いという事なのだろうか。
FOLFIRINOXで腫瘍マーカーを3月迄に基準値内に持って行き、放射線治療→腹腔鏡で確認→可能であればそのまま摘出、の算段を取っていたが、年明け早々にも腫瘍マーカーの結果をもって、別の抗癌剤に切り替える等の効果的な治療を検討せねばならないようだ。
6月頃を思えばここまで復活できただけでも御の字だ。
まだ勝算はあり積極的な治療は意味があるはずなので、患者のプロとして細かくデータを分析し、最善の道を選択して良い結果を出したい。

これで年内の病院通いは終わり。
清々した。
2012.12.30/16:50

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2012年12月27日木曜日

イケイケ医師の診察 +がん研の診察 + 寄道 / リンパ節転移??

病気が発覚してから初めてアラームがなる前に目が覚めた。
シャワーを浴びて09:30にイケイケ医師の元を訪ねた。
順番待ちは3人だけだったが、待ち時間が異常に長く感じ、Sっ気の強そうな医師に焦らされているのか、とイライラしながら待った。
診察室に呼ばれて席に着くと経過の質疑応答があり、撮影技師の見解を聞きながらモニターに映されたCTの結果を眺める。
腫瘍の大きさは軽度の縮小が認められ、臓器に目立った転移や胸水・腹水は認められなかった。
リンパ節に1cm程の影があり、腫瘍か炎症かはっきりしないが、前回と前々回の画像には写っておらず、腫瘍の可能性が高い事を伝えられた。
正月を迎えるのは難しいと思っていたので、それだけでも十分だ、と言うと、そうだねと返事が返ってきた。
足の早い病気が縮小傾向に転じて、体調が良くなっているだけでも良い結果と受け止めましょう、希望が無くなった訳ではないから、と言われた。
次回の予約をどうするか尋ねられたので、がん研のカンファレンス結果を聞いて今後を相談したいと伝えた。
**さんのお陰で無事に正月を迎えられそうだ、ありがとうございます、と礼を言うと、僕は本当に何もしていないから、と胸キュンする返事が返ってきて、CTのデータが入ったディスクを渡された。
診察室を出てPCにデータを取り込み、CTの結果をじっくり見ながら残念だと独り言が出た。


昼食と連絡等を済ませて、がん研付近で車内を片付けながら時間を潰した。
予約の1時間前にデータの入ったディスクを受付に渡して、人気の無い席に座ってミルキーを口の中に放り込み続けて15:10の診察を待った。
予約時間より30分近く早く呼ばれて診察室に入ったが、医師の表情はぱっとしたものではなく、低いテンションで経過の質疑応答が始まった。
体調は良く、何も気にせずに食事をしており、痛みも殆ど無い事を伝えた。
CTの結果を見ながら、消滅に近い状態か、手術に持ち込める可能性の高い結果を想像していたが、中学生が小学生に変化した程度で残念だ、外科医にデータを渡して、手術をする気があるか聞いてみるので時間を下さい、と言われた。
リンパ節に転移の疑いがあるそうです、と伝えると、そんな小さな事を気にするな、というような空気が流れた。
何か薬を持って帰る?と尋ねられ、何もいらないと答えると、リパクレオンも?と聞かれて、薬は何も飲んでいません、と返事をすると驚いた表情でそれは素晴らしい、と言われた。
1月11日に血液検査と外科と内科の予約をして、正月を迎えられる事に礼を言って診察が終わった。


病院帰りの足で会社に行き、上司に結果を伝えた。
今後はどうなるんだ?と聞かれ、今使っているFOLFIRINOXからアブラキサンに変更するかもしれないが、GEMとの併用なので肝臓をまた悪くする可能性があり難しい局面ですと伝えると、体ごとassy交換してもらえよ、と言われた。
サンタクロースは来なかったし、メーテルが迎えに来てくれて、家族ごと小旅行に連れて行ってくれないかな。。と思いながら、目前にある課題を聞いた。
電話が鳴り続けて慌ただしかったので、次の予定があるので明日来ます、と伝えて会社を出た。
昨日は午後から出社して、上司の夢が叶った現場に立ち会った。
忙しくて叶った夢を楽しむ余裕は無さそうだが、おめでとうございますと心から言えた。
夢に共感して叶える為に一緒に歩めた事を誇りに思うと供に、叶った夢に着けられた数字に込められた上司の気持ちが憎くて、素直に格好良いなと思えた。


淡い期待は抱かず、悪くなっていなければいい、と思う程度で今回の結果を待ったが、画像を見て落胆したのが正直な意見だ。
贅沢なのはわかっているが、悔しくてたまらない。
前回9月のCTでは不変で、その時のマーカー値は初期から半分程下がったものだった。
今回のCTは前回のマーカー値と比較して約1/100になっているので、腫瘍は最低でも半分位にはなっていると思っていた。
CTの撮影したタイミングが多少違うようだが、15-20%程度しか減少していない。
同じタイミングなら5%-10%程度の変化しかないように思う。
四の五の言っても仕方がない。
結果がどうであれ、自分にできる事を続けていくだけだ。

煙草を吸いにマンションの屋上に上がり、雲一つ無い空を眺めたが月が霞んで見えた。
出口の見えないトンネルはまだ続くようだ。
夜は長い。
考えよう。。

/Chopin - Nocturne op.27 No.1 - Vestard Shimkus

(リンク先 - youtube - Arthur Rubinstein - Chopin Nocturne Op. 27, No. 1 in C sharp)


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